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某月某日、  作者: 銀月
3.そして、某月某日
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3.溜め込んでる。

「ずいぶんと溜め込んでいますね」

 眉を(ひそ)めながら(こう)に言われて、(もとい)はいったい何のことかと首を傾げる。


 目の前ではイシュカとクラレンスが模擬戦だと木刀で打ち合っている。ふたりとも剣道用の防具をつけてはいるが、その流儀は剣道などとは全く似つかない、おそらくは彼らのもともとの剣技での打ち合いなのだろう。ルールや細かい決まりのある剣道とは違い、ひと言で言って“なんでもあり”の本気で、ただ真剣を使っていないだけの激しい打ち合いだ。

 それにしても、イシュカも強いがやはりクラレンスは強い。体力や力ではイシュカのほうが勝っているようなのに、技はどう見てもクラレンスのほうが上なのだ。自分があのレベルに達するにはどれくらい鍛錬を積めばいいのだろうかと考えてしまう。


「溜め込んでるって、何をですか」

 珍しく本殿から出てきた洪に挨拶をしようとしたら、いきなりこんな言葉を掛けられて、基は鼻白む。神や神の使いというものの考えていることはよくわからない。

「よくないものですね。あまり溜め込まれると“(けが)れ”を呼ぶことになるのでよろしくないのですよ」

「穢れ?」

 やっぱり何のことかわからず首を傾げる基に、洪はたもとから何やら小さな包みを取り出して渡した。

「とりあえず、これをお持ちなさい」

「何ですか?」

「塩です」

「塩?」

「元を絶たなければ気休めにしかなりませんが」

 やっぱり腑に落ちず、基は首を傾げる。

「……元って、何のことですか」

 はあ、と面倒臭そうに息を吐いて、洪はじろりと基を見た。

「焦燥、嫉妬、羨望……そのあたりでしょうか。あなたがそういう年齢であることは理解できますが、囚われたきりであるのは感心しません。物事には分相応というものがあるのです。いきなり高みへ登ろうとしても能力がついていかないのですから。

 まずは自分の現状を受け入れ、そこからどう高みを目指すか、優先すべきは何であるかをよく考えなさい」


 ……自分は、寄ってたかってこういう説教をされる運命にあるのだろうか。


 基はそこはかとなく落ち込みながら「……わかってるよ」と恨めしげに洪を見上げて呟くが、「わかっているのは口先だけでしょうに」と一刀両断される。

「たいしたものでなくとも、塵も積もればの言葉通りなのです。ここで悶々とどうにもならないことを考える暇があるなら、自分のすべきことでも考えたらいかがですか。あなたは学生なのでしょう?

 最近、少々鬱陶しいですよ。毎日毎日付いて回って、流行りの“すとーかー”というものにでもなるつもりですか」


 ストーカー……。

 まさか神使にストーカー呼ばわりされるなんて。


 たしかに、クラレンスのところにイシュカをひとりで行かせることが不安で、毎日イシュカがここに来る時は必ず同行していたが……なんといっても、剣道部内男子部員の間で、クラレンスはタラシと呼ばれてるくらいなのだ。いかにイシュカが強くても、奴に何かされて無事に済むとは思えない。

 つまり、基はクラレンスをそういう意味ではまったく信用していなかった。だって、クラレンスは自ら称したとおり、大地と()()の女神の信徒で聖騎士なのだ。


 だから、これはストーカーじゃなくて……。


「付いて回ってるんじゃなくて、くららを見張ってるだけだ」

 洪はまた目を眇めて基をじろりと見る。

「ものは言いよう、という言葉をあなたに贈りましょうか」

 ぐ、と言葉に詰まる基に、洪はにやりと笑う。

「ともあれ、あまり思い詰めるのはやめて、己の本分に励みなさい。

 でないと余計なものを呼び込む羽目になります」

 余計なもの? と訝しむ基に、洪は目を細め、口だけで笑みを作った。

「妖には、タチの悪いものも多いということです」


 午後からは部活だ。

 その間、イシュカは和泉と一緒に日本語会話やら女子の常識やら何やらを知るために、“女子会”をするのだと連れて行かれた。

「基くんは部活だし、女子会に女子以外の参加は厳禁だから」

 和泉はにやーっと笑ってさっさとイシュカを連れて行ってしまったのだ。当初に比べればかなり言葉を覚えたイシュカは、それでも聞き取りは半分がいいところだろうか。語彙を増やして耳を鍛えれば、来月あたりにはそれほど会話に困らなくなるだろう、というのが和泉の見立てで、それにはおしゃべりが最適なのだと言う。


 そして、最近困ったことがもうひとつ。

「おい、上城。お前師範代と仲が良かったよな。最近、師範代のとこに通ってる美人いるだろ。あれ、真面目に師範代の彼女だっていうのは本当か?」

「それ、ガセですから」

 言葉の学習とクラレンスの剣の相手のために毎日神社と道場に通うイシュカは、もちろん目撃されて噂になっていた。当の本人……イシュカはともかくクラレンスが何と答えているかは知らないが、噂のことなどどうでもいいと考えていることは確かなのではないだろうか。

「長身でめっちゃスタイルよかったけど、本当にガセなのか? 彼女じゃないなら何だ?」

「単なる知り合いですよ」

 思わず顔を顰めてそう答えると、先輩は「ふむ」と考え込むようにクラレンスをちらりと見た。

「彼女は、じゃ、フリーってことか」

「えっ」

 驚く基に、先輩はへらっと笑う。

「そういうことだろ?」

 どうやってお近づきになろうかな、などと鼻歌でも歌いだしそうなようすに、基は心穏やかにはいられない。


 イシュカと会うまでは、どうしたら会えるようになるかということばかりだったが、会えたら会えたで心配が増えてしまった。


 部活を終えていったん着替えて、祥真とふたりで待ち合わせの場所へ行き、和泉とイシュカのふたりと合流した。

「女子会、どうだった?」

「おもしろかった。おんなのこ、みんな、きぞくみたい。こっちは、おだやかだと、おもった」

 基が訊くと、イシュカはそう言って笑った。

「ぶきがないの、おちつかない。だけど、だいぶ、なれた」

「そこなんだ?」

「ん、だって、なにかあっても、ぶきがないとうまくたたかえないし」

 眉尻を下げるイシュカに、つい笑ってしまう。

「いすかお姉さんなら、武器なんか持ってなくても大抵の相手に素手で勝てるから大丈夫だよ」

 ねえ、と和泉に同意を求められて祥真が頷く。

「そうそう。あのクララちゃんとまともに打ち合いできるんだし、いすかお姉さんの身のこなしがあれば、銃でも持ち出さなきゃ敵わないんじゃねえ?」

 きょとんと首を傾げるイシュカの腕を、基は掴む。

「武器も戦いもいらないよ。こっちは向こうみたいに歩いてるだけで生命が危険になるわけじゃないんだからさ」

 少し考えて、イシュカも頷く。

「そう。そとでねても、あんぜん」

 いや、いくらなんでもそれはどうかと思うよと、和泉が笑った。

「じゃ、鍋の材料、買いに行こう」

「なべ?」

 祥真が歩き出すのに釣られて、全員で歩き出す。

「そう。鍋。いすかは、何が食べたい?」

「……なんでも。こっちは、ぜんぶ、おいしい」

 またちょっと考えて、イシュカは「なべ、たのしみ」とにっこり笑った。




 翌日もやっぱり基はイシュカに付いて神社を訪れていた。洪はああ言ったが、やはり心配なものは心配なのだ。


 それに、と、基はクラレンスの動きをじっと観察する。

 どうしたらあんなに動けるようになるのだろうか。やはり実戦経験がなければだめなのか。

 クラレンスの動きには無駄がない。

 最小限の動きでイシュカの剣を躱し、さらに打ち込み返すのだ。イシュカもクラレンスの剣を避けたり受けたりしているが、その動きさえクラレンスに誘導されてのように見えて……吸い込まれるように打ち込んだ先で、クラレンスに返されてしまう。悔しいが、やはりクラレンスの剣はすごい。

 たしかに、この下地があれば3年で師範代と呼ばれるようになるのも納得がいく。

 終わる頃にはイシュカも少し悔しげで、だけどクラレンスにあれこれと質問をすることは忘れなかった。もしイシュカが剣道を始めたら、やはりかなりのペースで上に登っていくのだろうか。


「基もやってみるか? 見ているだけではつまらないだろう」

 クラレンスに言われて、基は少しだけ考えるそぶりを見せた。けれど、まだ気が進まない。

「……考えとく」

「そうか」

 それ以上何も言わず、「では、また後でな」とだけ言い残して自室へと戻っていくクラレンスに(いとま)を告げ、イシュカの手を引いて神社を後にした。


 歩きながら、基は大きく深呼吸をする。


「イシュカ、ちょっと寄り道するけど、いいか?」

「よりみち? わかった」


 基に引かれるまま歩きつつ、イシュカは頷く。


 イシュカが現れてから、ずっと考えていたことだった。ずっと、伝えたくてしかたがなかったことだった。

 まだその時じゃないのかもしれないけれど、それでも言わなければと考えていたことだった。

 こんな風に、伝えずにやきもきするくらいなら……それに、いすかにもちゃんと知っていて欲しい。


「……いすか」

「ん?」

 いつか、イシュカが現れた公園で、手を取ったまま基は立ち止まる。振り向いた基の表情に、いすかは少し訝しむような顔になった。

「……その、ずっと、言いたかったんだ」

 何を? という顔でじっと見つめるイシュカの手を、基はぐっと握りしめ……意を決したように、言葉を発した。


「俺、いすかのことが、好きだ」

「……え?」


 しばしきょとんと考えて、イシュカは目を瞠る。

「あ……、もとい」

 なんと答えたらいいのかと、言うべき言葉がなかなか浮かばずにイシュカはおろおろと視線だけを泳がせる。そのようすだけで、基にはイシュカがどう受け取ったのか、何を返そうとしているのか、わかってしまって。

『もとい、その、私は……すまん、どうしても、お前のことはあのビオ(子供)としか考えられなくて……こんなに大きくなったのはわかってるんだ。私のことを好きだと言ってくれたのは、もといが初めてだから、そのことはとても嬉しいんだけれど、だけど、私はそんな風に、その……』

 狼狽えたまま故郷(アーレス)の言葉であれこれと並べたてるイシュカを制して、「いいんだ」と基は俯いた。


「ごめん。なんとなく、わかってた。いすかが、俺のことどう思ってるかって。だけど、言いたかったんだ。いすかのことが、好きだって」

 く、と唇を噛み締める。泣くな、せめて泣くな、と自分に言い聞かせながら。

「なんとも、思ってなくても、いい。俺のこと、子供か弟みたいでも……でも、これからも、イシュカと、一緒に、いてもいいか?」

「もとい……いっしょに、いるの、かまわない……でも、きもち……ごめんなさい」

 イシュカは、基を優しく抱き締める。昔、ビオにそうしたように。

 そのことも、イシュカが基を小さな子供と捉えていることを示しているようで、また基に追い打ちをかけるのだ。




 祥真が帰宅すると、既に基は帰っているようだった。リビングから響いてくるテレビの音を聞きながら、イシュカと一緒じゃなかったのかと考える。

「早かったんだな」

 玄関を閉めて奥へ声を掛けるが、返事が返ってこない。

「基?」

 リビングに入ると、顔を伏せた基が床の上に蹲るように座っていて……。

「20過ぎてたら、酒でも飲もうぜって言えるのにな」

 祥真はぽんと基の肩をひとつ叩いた。


※「豊穣」というのは、繁殖とか子孫繁栄とか、そういう意味合いも含んでおりますし、くららちゃんは聖騎士で聖職者ではあるが別に清廉潔白とか純潔を重んじるとかそういうわけではないのでございます。

とはいえ一応聖騎士なので、食っても問題ないと判断した据え膳しか食わないし、無理強いなどは絶対にいたしません、と、くららちゃんの名誉のために追記。

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