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長春の一日

 竜吉公主(りゅうきつこうしゅ)は、ふぅ、と溜息を吐く。


 分厚い書類を持参した髭面大臣を見ながら、淡い桃色の唇をゆるりと動かす。


「これを全てわらわが?」


「陛下が不在の今、皇后様に委任されております」


 禁城の謁見の間、赤色の王族の証である椅子に鎮座する竜吉公主が、美しい切れ長の目をゆるりと動かすと、頭を下げている髭面大臣は紙の束を恭しく前に差し出す。


『狸爺がよく言いますよね。印を貰ってしまえばこちらのもの。と顔に書いてあるに違いありませんわ』


 椅子の左脇に直立していた侍女の碧雲女(へきうんにょ)が、長い髪を垂らしながら腰を曲げ、竜吉公主の耳元で囁く。忠告でも意見でもなく、世間話のような言い方だ。


 竜吉公主は美しい表情を全く変化させること無く、右手だけを伸ばす。すると、それが合図だったかのように、右脇に直立していた侍女の赤雲女(せきうんにょ)が小走りをし、髭面大臣から書類を受け取る。そして、クルリと髭面大臣に背を向け元の位置に戻ると、竜吉公主に書類を上から一枚差し出す。


「おかしいのう」


 何枚かの書類を見た竜吉公主は独り言のように声を発する。その時、大臣の肩が僅かに上下するのを竜吉公主は見逃さない。


(まち)の税が明らかに少ないと思わぬか?」


「いえ、昨年と同じでございます」


 頭を下げたままの大臣は押し殺した声を出す。


「だとしたら、昨年もおかしいはずじゃ。この邑の人数と土地を鑑みれば10倍の納めがあってもおかしくないはずじゃ。確か……」


「申し上げます皇后様。この邑は領民のことを考え、税を下げております」


「そうだとすると、誰が税を下げたのじゃ? 陛下の許可を得たのか?」


「いえ、これは領民のため……」


 しどろもどろに答える髭面大臣に、竜吉公主は言い放つ。


「もし、税を勝手に下げるようなことがあれば、それは専横と言うものじゃ。税を下げた分を領民に施しているのならば、領主が歓心を得ようとしていることしていることになる。陛下をないがしろにして国を乱れさせようとしていることであろう。また、本来は正しい税を課しているのに、税を下げたと書類に書いてあるならば着服である。自らの身を肥やすために陛下の身を削っているのであろう。どちらにせよ大罪であるのう。陛下が居られぬ今、わらわが裁くしかないのかの」


 鈴の音のような声が髭面大臣を糾弾する。すると、髭面大臣は不動のまま大きな声を出す。


「も、申し上げます。皇后様は未だ婚約の儀のみで、ご成婚の儀は執り行われておりませぬ。それ故、これらの報告はお目をお通し下さるだけで結構でございます」


「おかしいのう。先程、大臣はわらわに委任されていると言われたじゃないか。皇后と呼んだではないか。それが間違っていたとでも?」


「い、いえ、その……」


「それとも、この書類が間違っているのかの?」


「は、ははぁ、もう一度、確認いたします」


「無論、書かれたものと数量を後ほど確認することになるのう」


 竜吉公主は赤雲女に持っていた書類を渡す。一言の命令も無いのに、赤雲女は椅子から離れ、頭を下げたままの髭面大臣に書類をつき返す。


 震える手で書類を受け取った髭面大臣は、頭を下げたまま後ろ歩きで部屋を出ると、小走りで消え去っていく。


「りゅー様はお優しすぎではございませんか?」


 碧雲女が言うと、竜吉公主は白い頬を動かしえくぼを作る。世間話をするために口を開こうとすると、玉座の部屋入り口の衛兵が大きな声をあげる。


 今度は禿げ頭の宰相の入室である。竜吉公主は細い唇をキュッと一文字に結ぶ。話を聴かずとも、碌でもない内容だと解る。既に情報は入手しているのだ。それでも、帰れとは言えない立場の竜吉公主は碧色の玉の眸で全てを見据えている。美しい人形より綺麗な姿で鎮座している。



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