ゆびてっぽう
なんだか退屈だ、と星野一生は思う。
最近楽しかったのはいつだっただろう。小学校、中学校の修学旅行? 家族でディズニーランドに行ったこと? それとも、先週見た新作のアクション映画だろうか。……映画に刺激を求めるなんて暇人の典型的なパターンすぎて悲しくなってくる。
一生が欲しい刺激とはもっと別のものだ。映画のような一瞬の楽しさではなく、もっとこう、永続的な楽しさ――目薬を一気に眼球に流し込むような強烈で長い刺激が欲しい。
高校生活は人生で一番楽しいものだと聞いていたのに、実際は期待ハズレもいいとこ。平凡なクラスメイトにすぐキレるアホ教師。以前と何も変わらない、普通な学校生活。想像を下回りすぎて、不満が爆発しそう。――やっぱり退屈だ。何か刺激が欲しい、と一生は改めて思う。
「はぁ」
高校二年生、退屈な学校生活にイライラし始めて、季節はもう二度目の冬に突入していた。Yシャツの下にヒートテックを着て、制服のコートまで羽織っているのに、一向に体は温まる気配すら見せない。またイライラして、一生は首のネックウォーマーをさらにきつくした。これで少しはマシになったと思ったのに、結局息が吸いづらくなっただけだった。
一生は今、古びた商店街を歩いている。時刻はちょうど午前六時を回ったところで、当然、店は一つも開いていない。――今頃、店の中でおじさんおばさんがせっせと品物の準備をしているのかもしれないな。
なぜ一生が早朝にも拘わらず外をほっつき歩いているのか。理由は別に「学校が遠いから早起きしなくちゃいけない」とか「朝に散歩をするのが趣味だから」とか、そういうのではない。ただ単純に、朝たまたま早く目が覚めて「食べ物もないしとりあえずコンビニいくかー」と思ったから。親の方針で一人暮らしを強制された男子高校生の行動パターンとしては、よくありがちなことだ。
寒さに体を縮ませながら一生は思う。今日の朝食はコンビニのおにぎりだとして、学校の昼食はどうしようか。パンにする? 麺類にする? いろいろ悩んだ結果、やっぱりこれもコンビニのおにぎりになりそうだった。おにぎりはツナマヨが妥当だろうと思い、首を上下振って勝手に「うんうん」と頷く。きつくしたネックウォーマーが首を動かすときに邪魔をしたので、だんだん鬱陶しくなってきた。
ちょっと緩めるか。心の中でつぶやいて、一生はネックウォーマーの伸び縮する紐を軽く引っ張った。すぐに首の締め付けが緩くなり、息が吸いやすくなる。なんとなく一生は深呼吸した。しかし新鮮な空気を味わうことはできず、冷たい空気があっという間に喉をカラカラにしてしまった。
思わず「ゴホゴホ」と咳き込んで、一生はその場で立ち止まる。しばらくして咳が治まると、また首元が寒くなってきた。なんて嫌な悪循環だろう、と一生は思った。冬なんかきらいだ! 衝動的に叫びそうになるのをぐっとこらえて、本日何度目かのイライラが一生を襲った。この悪循環は、退屈な学校生活でいつも一生が抱いている不満とよく似ている。今にも頭が爆発しそうになる。
イライラした気分に流され、一生が肩に下げたスクールバックを思い切り地面に叩きつけよとしたら、二〇メートル先で中年男が(こちらに背を向ける形で)歩いていることに気がついた。
――殴りつけてやろうか。一瞬そんな思いがこみ上げてきたが、流石にそれを実行する勇気は出なかった。代わりに一生は右腕を伸ばして、手でゆびてっぽうの形を作った。
「バーン」
小さく、それでもきっちりと瞬間的(あるいは気分的)な殺意を込めて、一生はゆびてっぽうを撃つマネをした。
ところが――。
「――ッ!」
指先に強い衝撃を感じ、唐突に乾いた音が鳴った。急に大きな音が鳴ったせいでぐらつく視線の先で、映画で何度も見たことがある小さな弾丸――本物だろうか――が一直線に飛んでいった。
弾丸は無情だ。あっという間に標的の中年男との距離を縮め、頭蓋骨を粉砕する形で頭の後頭部から顔の眉間を貫通していく。頭から鮮血を撒き散らしながら、中年男はその場で倒れた。
倒れた中年男は頭から噴き出す赤黒い血で地面に大きな血だまりを作っていて、死んでいるのにも関わらず体をピクピク痙攣させている痛々しさときたら、慌てて駆け寄った一生の思考が一瞬停止してしまうほどだった。なんだこれは? という文字が頭に浮かび上がり、しばらく見続けることしかできない。
数分経って、ようやく、一生の思考能力が戻ってきた。
――なんだこれは?
決まってる、死体だ。
一生は自分の右手を見た。別におかしなところはどこにもない――いや、人差し指からかすかに煙が上がっている。これはゆびてっぽうで作ったニセの銃口のはずだ。本物の銃弾が飛び出すはずがない。しかし、一生の目の前で銃の弾丸が飛んでいったのは間違いなかった。――この人を、僕が殺したのか?
そう考えるとまた視界がぐらつく。とにかく、早くここから立ち去らないといけない。幸いにも周りに人はいなかった。逃げるなら、今がチャンスだ。一生は死体から後ずさり、急いでその場から逃げ出した。
恐怖でもたつく足にイライラして、バタバタ跳ねるスクールバックが邪魔で仕方なかった。走って脇腹が痛くなり、呼吸も荒くなっているのに、体温だけはどんどん下がっていく。それが錯覚であってほしいと一生は祈るように思った。
――僕にはこんな力があったのか。急に目覚めちゃったのか。
刺激を求めていたのに、日常に変化を求めていたはずなのに、いざ人を殺してしまえば罪悪感で心が押しつぶされそうになった。くそっ、なんてザマだろう。
気づくと、一生は商店街を抜け出していた。
――コンビニへ行こう。朝食と昼食のおにぎりを買って、立ち読みでもして適当に時間を潰すのだ。その内誰かがきっと死体を見つけて警察を呼ぶ。その頃には通行人もかなり増えていて、あっという間に人だかりができるだろう。
とりあえず登校中の学生が増えてきたら、その中に混じって僕も歩き出すことにしよう、と一生は思った。
はい。平凡な日常が一番だと私は言いたいわけです。
この先一生くんはどうなってしまうのか。できたら、続きも書いてみたいと思っています。……以前も別の短編で同じことを言っていたような気が?