怪奇
それは八月の中旬、お盆に入ったかどうかまだわからない程、盆が近づいた日中だ。昨晩早めに床に就いたせいか、今日の朝はいつもより余計に早く目が覚めてしまい、空がまだ星の弱々しい光と遠くから差し込む日の光の曖昧に重なったなんと言い難い色を万遍無く散りばめていた。早朝に吹きさす爽やかな風でも浴びようかと思いたち、離れの玄関から顔を出した所から、叔父へ語り出す話の始まりである。
日中のふてぶてしく思える程のうっとした暑さとは違って、境内に漂うこの涼しさは他にない程の良心地の良さ与えてくれていた。夜中の内に冷えた雑木林の葉の一つ一つ。朝日に照らされて浮き出てくる露を梅雨明けから穏やかに吹きつける南風がさらうようにして葉の上から吹き飛ばし、まるで天然のクーラーの様に快適且つここ一帯を適度な温度に冷やしてくれている。その恩恵を受けようとのこのこと表へと身を乗り出し、うんと大きく伸びをする、また退屈一日になるか、それを覆す何かを見つけるのか。と何やら身に入らないことを云々と考えながら日の光に映る林の影を静かに見ていると、誰かが境内の正面口から入ってくる姿を確認できた。
誰だろう?と言う予想は立ててはいけない。察しがよくていいのならこの時既に見極めておかないといけないことだろう。それは初対面として到底無理な相談ではある。わざわざこんな早朝よりも早い時間帯に、よりにもよってひとりでこんな辺鄙、とは叔父に対して失礼だったが、兎に角ひどく街から遠い場所によくもまあ足を運んでくる人物とは誰なのか。俺は言わずもがなといった様子で、その人影の動きをじっと観察していた。
境内への入口は東側にある。即ちこちらからは日の光のせいで人の姿は影のように黒く遮れれて形しか見えない。無論あちら側からはその光のお陰でこっちの様子がよくわかるというわけだ。
とは言うものの、影はこちらの姿に気づいた様子だ。どこなく警戒心を放つ様子を持ち合わせながらも軽快に走ってくる。そこはかとなく女の子が身に着けそうな夏に合う服装でパタパタと掛けてくるのは、知り合いとは遠すぎて家族としては近すぎる。親父の弟、正さんの娘のひとり、戸塚美樹である。こっちが視認出来たとほぼ同時に、向こうもこっちの正体に気づく。ふと気のせいだったか、明るい様子の表情から少し曇りがかったようにも見えた。日光のせいだろうか?ショートヘアの少々癖毛の目立つ黒髪。英語でブルネット。でも日本人なら黒髪はブラックで充分通ずる。というか自毛の色ほど変化の少ないとは言ったものだが、他人がそれほど人の髪の毛の色を気にするだろうか?残念ながら俺は気にする。本来の色から変色した髪を見ると、その人の性格の程度が見える気がするのだ。勿論、勝手な偏見である。