怪奇
叔父は実に謙虚な人柄だ。だから、人を疑うことに余り慣れもないわけだし、そもそも疑り深さを人と人の中で秤にかけようとすること自体おかしな話かもしれない。叔父の視点から見れば、身内がそんな過ちを犯してはならないといった否定の心の内も、僅からながらにあったのだろう。あくまでも、こちら側の視点で見てとれる叔父の気持ちの察し方に過ぎない。便宜上、本当はどんな気持ちだったかは、本人にしか判らない事だ。
気持ちの整理がついたとばかりに叔父は、少しだけ穏やかな表情を見せると、すぐに仏像へと目をやっていた。その視線の移動につられる様に、寧ろそれに合わせるようにして俺は倒れた仏像の元に足を運び、半身を屈めてその頭と肩のあたりに手を添えた。そして力を込めて、仏像が佇んでいた元の壇上に戻そうと腰を上げて起こした。
「叔父さん。仏像元に戻しましょうか」
「健・・・・」
ちょうど腰辺りまで持ち上げ、不安定なバランスから解放されると、叔父も手伝うようにして仏像を支えてくれた。
「そうだな、ちょうど人手もあるわけだ」
その後は叔父の力添えで苦もなく壇上に仏像を元の位置に戻すことができた。目立つ傷もなく幸い畳の方に二,三点小さな窪みが出来ただけで済んだようだ。くぼんだ箇所から毟れたいぐさを軽く払いのける叔父の背中を見ながら、一体どうやって話を切り出そうか迷った所、叔父自身から助け舟を出してくれた。屈んでいた叔父の背中がむくりと伸びていくと同時にこう言った。
「ところで、健。今日は何か用事があって私の所に来たんじゃないのか?」
「え?」
「朝の挨拶だけで、態々ここまで足を運ぶお前じゃない」
「まあ、実はそうなんですが」
叔父に対して細やかな制約というか、取り決めとかはないが、叔父の生業に関与しない間、叔父も俺に対して過剰な干渉というのをお互い避けている。勿論、信頼関係が最悪であるということではなくて、信頼しきっているから妙な詮索もお互いやめましょうといった、謂わば不可侵条約みたいなものを暗黙の内に二人は掲げていたのだ。無論、そんなのは一切合切書面上のやりとりなんかもないわけであるし、第三者がそれを承認し決められた事柄でもなんでもないことだが、身内にありながら秘密や、腹を割って話す事がないように後ろめたいことをしないといった基本的なことを取り決めている。簡単に言うならば嘘はつくな、隠し事はお互い無しだけの単純な約束事である。
だから、今から相談する事もまず、昨日の事についてから説明する必要があるのだ。
「叔父さん。僕、仕事を見つけたんです」
「ほう、それは....、良かったじゃないか」
この話題の切り出し方に叔父は大層機嫌の良い表情を見せてくれた。まあ、1,2年近く遊びほうけていたプー太郎のような存在がようやく社会貢献に第一歩を踏み外してからようやく復帰するのだ。これを喜ばずにして何が嬉しいのやら。
「それで、どんな仕事だ?」
叔父は嬉しそうな表情のまま、今度な内容について問いただしてくる。仕事の内容を聞くことは保護者として確かに当然の流れなのだろうが、こっちがいい年だし、相談したいのは俺の方なのだから経緯の話なんて全く用意していなかった。 そのせいか少々言葉につまるも、なんとか受け答えを見出そうとする。
「えっとですね....」
だが、そう簡単に見つかるわけない。それに、いきなり内容の確信に触れさせられても困るのは叔父自身だ。ここは順よく話を進める他ない。
「その仕事ってのが、昨日から始めたもので.....」