怪奇
叔父は平謝りに見える謝罪の仕方には、口文句一つも出さず、こちらとチラと見ただけで、再び仏壇の方へ目をやっていた。はて、それほど気に障る言い方でもなかったが、あまりこっちに言いたい様子でもないわけだし、これ以上抗言するのはやめにした。
「健」
「はい、なんでしょう」
叔父への返事は素早く短直に。これがモットーだ。モットーに達するまでもないが、あまりダラダラと喋りまくし立てても、半分は聞いていない様子だし、こっちだって長々と話を聞くのを苦に思うからだ。
「これが、なんだかわかるか?」
叔父は倒れている仏像に目配せするように俺の視線を仏像へと誘導する。
「仏像ですね」
「そうだな」
仏像は樫の木から作られたのかそれとも別の木の幹から削り出されたのか詳しくは知らない。だが、木彫りである。壇上から真正面に倒れたように畳の上に顔を押し付ける形である。つまりはうつぶせ状態だ。大きさは人並みほどで。丁度、叔父の身長よりわずかに低いといった感じだろうか、佇むその姿はまさに圧巻とまではいかないけれども本道の広さから見れば結構目立つものだ。
「私が今朝ここに入るまで」
叔父は話を続ける
「少なくとも昨日の夜、私が此処を後にするまでは今の今まで誰も入っていない筈だ」
「叔父さんがそう言うのならそうでしょう」
「健」
叔父はもう一度俺の名前を呼ぶと、ハッキリとした目をこちらに向けてきた
「はい」
思わず上づった声を出してしまう。別に心苦しいことでもないのに。
「昨日の夜中、ここに入ってきた者を見たか?」
「見て....、いないです」
「では、健。お前はどうなのだ?」
疑いの目がこちらにかかる。こういう時の叔父の目は妙なほどに尖っていてなにか見透かされそうなほどに相手の顔をじっと見てくるのだ。この表情はいつ見ても苦手なわけであるが、今回の仏像転倒事件について俺は全く関係ないことは確かなのだ。地面からせり上がってきそうな威圧感にタジタジな表情でこう答えた。
「叔父さん、よしてくださいよ。僕は昨日の日中外に出ていて、ここに帰ったときは夜。その時叔父さんと顔を合わせたじゃないですか」
これは事実。事実無根の証言である。実際昨日は今玄関にいるあいつと外街に出向いていたのだ。目的は俺のやっている新しい仕事みたいなもので、美樹はその後を付いてきたお節介みたいなものだ。というか、今日はその仕事について叔父に相談するつもりで出向いたのが、これまた変な疑いを掛けられたものである。
「その後はどうしたんだ?」
「離れに戻ってすぐ寝ましたよ。それで起きたのがつい先っきなんですから」
「そうだったな、済まない。妙なことを聞いてしまった」
少し落ち着きを取り戻したように、叔父の猛烈な言葉責めに近い問答の繰り返しの歯止めが見えてきた。余程この仏像に何かの縁があるのだと、その時は思った。たいして物でもないと叔父は言うけれど、実際は誰よりも此処を大切に思う一人の坊さんなのだ。