怪奇
「掃除に熱心だな。そういや前、ここの寺が好きとか言ってたじゃないか。あれ、どういう意味なんだ?」
唐突だが、思い出したように質問するところがなんとなくいやらしいくも見えるが。これも小耳に挟んだ話、というか美樹のお母さんから聞いた話だ。
「教えない」
間を置かずして美樹はぴしゃりと言い放った。
問いかけた途端一瞬だけ叩き棒がビクリと止まったようにも見えたのだが、気のせいだろうか。また畳を叩く音が規則的に玄関口から響く。セミの鳴き声には押され気味だが、あれは雑木林からなのでここからはあまりにも離れすぎて、そう五月蝿くもないのだ。むしろ叩く音が大きくなったようにも感じる。
「教えないって…。てことは答えはあるけど言いたくない訳か、それともまた別の理由があるかだな」
「そうよ。ていうか、なんであんたが知っているのよ?」
「お前のお母さんから聞いたぞ」
そっけなく答える。
「あのお喋り虫め.....」
舌打ちでもしそうな形相を見せる女子高校生。男にも引けを取らないちょっとした迫力がある。何時の間にか叩き棒を降る腕の動きが止まっていた。どうも、掃除熱心家ではなさそうだ。
「手が止まっているぞ」
「うるさい。」
「別にうるさく言ってないだろう。そうでないとおじさんが困る」
「何もしないあんたよりか大分ましでしょうが…」
「ウッ…」
確かのその通りであり、今の身では耳に痛い台詞だ。ここ一年近く寺の辺りと、割と近い街以外、体を動かしたことがない。勤労していないというわけだ。まあ、おじさんは無理して捜す必要はないと言ってもらえたが、その言葉に裏があるのかどうかなんてこっちが分かるわけでもないし聞くわけにもいかない。恩を受けている側が、態々追い出される理由を作る必要なんて、ないはずだからだ。そういえば昼飯もそうだけれど、叔父さんを捜していた事を思い出す。叔父さんに少し断りを入れないといけない用事が出来たのだ。
「お堂の畳も全部だしっちゃのか?」
「わかんない。来た時にはもう畳がこうなっていたもん」
「じゃあ、叔父さん御堂に居るかもな。ちょっと見てくるよ」
そう言ってその場を離れようと踵を返す。すると背中から声をかけられた。
「あ、叔父さんとの用事済んだら、こっち手伝ってよね!!」
「ああ?なんで?」
「畳運ぶ仕事やってよ。重いんだから」
「嘘言え、こんなの美樹さん一人で軽々でしょうが」
「いいから手伝え!!」
手に持っている棒を投げてきそうな勢いで怒鳴られて、急いでその場を離れた。どうやら物を投げ入れるまでは怒っていなかったけどイラついていた様子ではあった。
御堂に向かう。小さな寺であるが、内装は中々どうして素晴らしいものであることが素人目からしてわかる。叔父さんはそんなにお金を掛けていないと言ってはいたのだが、果たして真意はどうだかわからない。そもそも叔父さん生まれる前からこの寺は在ったので、当時のお金の価値が今と違う事も併せて考えれば、叔父さんの言う事も大体あっているかもしれない。つまり、今のお金の価値で換算すれば大した額ではないという解釈にもなる。まあ、多少濁した場合もあるだろうし、こんな若造は何言ってもしかないことだが。そうしていると御堂に入る障子の前まで来た。