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怪奇  作者: ミドリのヒト
3/8

怪奇

 もうこのまま本堂にも行かず、部屋に戻ってしまいたい。そんな弱い決心の中で照りつける太陽の下、地面に反射して白く濁った景色の先に何かがフラッと霞めたのを見逃さなかった。

 「なんだ?」

 思わず一人でに声を上げ、再度確かめるように両目を瞬かせ、はっきり見ようとこらえる。が、一瞬のことだったのか、端又見間違いだったのか、寺の正面鳥居に近いところから横切ったような何かは鬱蒼と茂る雑木林の中に溶け込んでしまった。いつの間には首を伸ばし、離れの玄関の上にある屋根より先に出ていて、日光のジリジリと頭皮の熱くなる感触さえあったが、あの時見えた何かにずっと心奪われたように視線も体も動くことはなかった。一時して汗を感じた俺は日射病は御免だと叫ぶように独り言をその場に残して、本堂へ慌てて駆けていくのだ。

 離れに一番近いところから石畳の階段を上がり、本堂の廊下に上がる。外堀をぐるりと囲んだ木製の廊下は大きな屋根の下にあって日こそ入っては来ないものの、厚さは関係ないといったようにムシムシとしていた。御堂がある大部屋以外、今は障子が開け放たれ、中まで換気の良い状態になっている。と入っても中を堂々と横切るわけにもいかない。普段はそうしているだろう。ただ、今横切るための足場がないわけだ。足場がないのは別に床に大穴が空いたとか底が抜け落ちたとかとかそういった物騒な話ではなく、畳が外されてるから。季節は当たり前の夏。盆に入り、大掃除を行う事はここでの行事での一つでもある。寝室がてらの離れ以外恐らく殆どが引っペがえされ、虫の叩き乾しでもやっているのだろうか。そう思えば、お堂に近い正面玄関からはパタパタと軽快な音もしているのにも今更だが、気がつく。朝のお早いおっさんがひとりで掃除をやっている姿を思い浮かべ少し申し訳ない気持ちになったのか、遠回りになるが廊下を渡って玄関口に早足で向かうことにした。

 「叔父さん。お早う…。何だ、お前か」

 廊下の突き当りを曲がり、玄関口の真ん前へと顔を出したと同時に遅い朝の挨拶でも思ったが、そこで畳を叩いていたのはすまし顔の叔父ではなかったが、俺のよく知る女の子がいた。

 「"何だ"とは何よ。それにお早うなんて言える時間じゃないし」

 マスク越しのこもった声で喋る三角巾を申し訳程度に頭にかぶせた作業万全なこの姿を見よ。

 先端に何やらワサワサした物を付けた棒を規則的に畳に叩きつけているこの子は、俺の方を一切顔を向けず実に大きな声で、分かりやすく答えてくれた。身長は同年の子達より比べやや大きめ、この世代的に珍しく髪も染めずに真っ黒なショートではあるが、少々癖っ毛が目立つ髪型をしていたはず。掃除目的で此処に来たのが薄手のTシャツに膝頭より裾上げしたようなチノパンを履いている。今年で高一か二になったと記憶が定かではないか名前が戸塚美樹だ。親父から見て弟に当たる戸塚正の長女さん。所謂従姉なわけであり、面識は幾らかあったらしい。が、当然こちらに記憶が全く浮かばれないという所から見て、相当幼い頃にひょっこり顔を合わせた程度だろうが美樹はよく覚えているらしい。なんでも「お兄ちゃん」と親しみやすさがあったとは前にちょこっとだけ小耳に挟んだ程度であるからして、それをわざわざ話題に持っていくのにも、信憑性に欠ける根拠なのであえて伏せておこう。

 彼女の実家はここの近所ではないが、電車に乗って一駅越えた当たりの一軒家に家族四人で暮らしている。人駅と言っても区間が相当ある。ここら寺周りには特別見るものもなく田畑が広がっているぐらいだからだ。美樹の暮らす所はいかにもベタともいえる閑静な住宅街であり、そこより更に大きな街がある。街は隣街の姉妹都市みたいなものであり、美樹の住まう場所は所謂複合型のベットタウンといったところだろうか。だからここ一帯にはまともに人の姿はあまり見かけない。このぐらいの季節の前あたりには爺様婆様、時には歳若そうな人もいたが田植えで実った稲を刈る光景ぐらいがイベント的見ものだろう。あとはこのセミの大合唱くらいだ。

 玄関先から外を見渡す。辺りに俺と美樹以外人の姿も気配も無い。

 「叔父さんは?」

 「見てないよ」

丁寧に叩き終わった畳を掃除前の畳と分けるように移動させながら、美紀はマスク越しでモゴモゴ答えた。日差しで畳が傷んでしまいそうにも見えるが。屋外で叩かないと、部屋中埃だらけにするわけにもいかないわけだ。

 「俺の飯は?」

 「はあ?私はあんたの保護者でも給仕係でもないだけど!」

 少々きつめのお言葉を頂戴してもらった。「バチン」と畳に叩く力にも少々熱が入っている。機嫌を損ねたか。いや、言い方が悪いこと認めよう。

 「あー。叔父さんから何か聞いてないか?朝…昼飯の事とか」

 「聞いてない。何時も作っているんじゃないの?」 

 「今日は叔父さんの番だからな、昨日は俺だったけど」

 「そうなんだ」

 一度もこちらを見向きもせず、掃除に集中しきっている。なんて健気な子。

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