二重表現
重言・重複表現などとも言います。Wikipediaでは重言となっています。「同じ意味の語を重ねた言葉」というのが定義のようです。
浄瑠璃「鑓の権三重帷子」(近松門左衛門 1717)の「馬から落馬」というフレーズが典型的な例として頻繁に言及されるのだとか。
他にも色々あります。
・頭痛が痛い
・再び再開する
・粉末の粉
といった、馬鹿馬鹿しいものから、
・返事を返す
・広く普及する
・歌を歌う
・違和感を感じる
・元旦の朝
などという一見問題ななさそうなものまであります。
二重表現の他に冗語というものがあります。冗語とは「あるものを説明するのに、必要以上の語を使うこと」です。
正直、僕には重言と冗語の違いがわかりません……。今回は同じものとして扱います。というか、違いがいまいちわからないので分けれません。
さて、ここから考察です。
上記三つは問題ないと思います。たぶん一目でわかるのではと。問題は残りです。
わかりやすいものから。元旦の意味は「元日の朝」です。結構、間違って覚えている人もいるのではないでしょうか。
「広く普及」はどちらかと言うと冗語でしょうか。
「普及」には「広く行き渡る・行き渡らせる」という意味があるので、「広く」は余分です。
次、「歌を歌う」です。英語では“sing a song”というのは文法上正しいので、日本語でも正しいように思えます。
ですが、英語は「誰が」や「何を」に厳しい言語です。主語は省略できないし、所有格にも厳しいです。
I must do my homework. 別に「私の」をつけなくてもわかりきってると思うのですが。パシられっ子なら話は別ですが(笑)
なので、”sing” ときたら「何を」かというのをしっかり言わなければならない。そんな言語です。
日本語はそうじゃありません。主語なんてたいてい省略しますし、その他の情報もほとんど文脈で補完します。
歌以外に歌うものなんてないでしょう。そう考えると「歌を歌う」は「歌う」で十分だと言えます。
ただ、これは定型句として定着している感がありますので、無理に直す必要はないかもしれません。
「返事を返す」や「違和感を感じる」は難しいところです。
僕があれこれ考えた結論としては、「重複している動詞を『する・ある』で補うことができればそちらの方を使うべき」です。
「返事を返す」は「返事をする」、「違和感を感じる」は「違和感がある」で補えます。
もし、「感じる」は動作で「ある」は状態だから、違うだろという方がいらっしゃったらそれは正論です。僕も「違和感がある」はあまり使いません。
僕の場合は「違和感を覚える」を使っています。これなら「動作→動作」の置き換えなので問題ないと思います。
しかし、結局のところ感覚の問題になってしまうんですね。先ほど「難しい」と言ったのは僕が感覚的に別に間違っていないように感じるからです。人によっては完全に合っている、完全に間違っていると感じるでしょう。
一概には言えません。「これは二重表現だから駄目だ!」と頑なになる必要はないと思います。要は加減です。
◎結論
・二重表現は「どちらかの語が要らない」か「する・ある(あるいはその他)で言い換えることができる」かのどちらか。
・「広く普及」のように漢字からでは一見わからないものもあるので注意する。
・頑なに二重表現を避ける必要はない。
……二重表現はみっともないから止めましょう、で済むものを、だらだらと考える。こんな感じで緩くやっていこうかと思います。