スターリングラード ~追想~
復讐に我を忘れていたネールバウアーは、自分の出した銃声で我に返った。
すぐさま隠れ、移動を始める。
移動している最中に、敵の狙撃兵を発見した。至近距離、集中しているのかこちらには気付いていない。
銃剣を抜き放った時、敵は興奮したように何事かを呟いた。
その瞬間、ネールバウアーは言いようの無い焦燥感に駆られ、敵に飛び付いた。
耳元で囁く。
「赦せよ…」
そして、目をつむって首に銃剣を深く突き刺す。肉の抵抗が手に伝わる。目を開けた時には、敵は崩れ落ちていた。すぐさま敵の狙撃銃に手を伸ばすが、手が震えているせいか、うまく掴めない。隠れていた時よりも、心臓の鼓動が大きく感じられた。
彼が狙撃銃を拾うことが出来た時には、彼の敵からは呼吸の音がしなくなっていた。
今まで幾人かの命を奪ってきたネールバウアーだったが、今までで最も間近に敵を感じる殺人であったのだ。
ネールバウアーの心臓の鼓動は収まらなかった。頭の中で、鼓動が何かの足音のように迫ってくる感覚に襲われる。
鼓動は彼の深淵に届くと、足を止め、彼を過去へと誘う。彼は深い追憶の海へと沈んで行った。
彼は孤児であった。血のつながった家族も、財産も、名前すら無かった。
捨て子の彼は、警察に保護され、老夫婦に引き取られた。
彼を引き取った老夫婦は、彼をネールバウアーと名付けた。
家はこの、フランクフルト郊外の小さな家。
彼はここに来て、様々な物を得た。
暖かい食事、寝床、老夫婦からの愛情。
それら全ては、彼にとっての大切な物になった。いつしか彼の存在理由、そのものへと変わっていった。
彼は20歳になり、軍に入隊する。経済的に困窮していたドイツでは、ナチスが台頭し、軍備拡張の道を辿っていた。
彼は決してナチスの同調者では無かったが、ドイツの未来に希望を見いだし、軍人を志したのであった。
彼の22歳の誕生日、彼は久しぶりに帰省していた。
夕食の席、ラジオで、イギリスがドイツに対し宣戦布告を行ったというニュースが流れた。
老夫婦は珍しく固い表情を浮かべ、彼を見た。
彼は席を立ち、軍に戻る支度を始める。
支度を済ませた彼は、老夫婦に挨拶をし、抱き合った後、外に飛び出した。列車はまだあるはずだ。
駅に向かって走りながら彼は呟く、必ず帰ると。
そして決意するのであった。家族を、護ると。
ネールバウアーが自我を取り戻した時、彼の中で蠢動していた鼓動は無くなっていた。彼が自我を失っていたのは数秒であったが、彼の追体験はそのものの長さのように感じられた。
倒れている敵の身体をまさぐる。まだ温かい。
その温もりは、あまり時間が経っていないことを意味する。ネールバウアーは時間の感覚の希薄さを整理することが出来た。
震えの止まった手で、敵の持っていた狙撃銃を確認する。異常はないようだ。kar98kと、方式も同じ。使える。
ネールバウアーは、今しがた敵が自分を探すため覗き込んでいた隙間から、慎重に外を窺う。
更新が大変遅れてしまい申しわけないです。
煮詰まっていたものの、なんとか続きを書くことができました。
どうぞ、円卓の騎士勲章をお楽しみください♪