スターリングラード ~忘我~
ニコライとオットーは、ヴァシリから狙撃技術を伝えられた数少ない兵士である。
その彼らは今、偵察部隊の隊長と話をしていた。
「隊長殿、見たところかなり手こずっていたようですな。」
先に合流し、偵察部隊の治療を進めていたオットーが言う。
「我々は奇襲を受けたのだ。敵を討ち減らしはしたが、損害も多かった。」
隊長の返答は、もちろん出鱈目である。見栄というよりは、自分の虐待行為を隠す為であろうが。
ニコライは自分が仕留め損ない、未だ近くに潜伏しているであろう敵に思いを馳せていた。
(味方を討ち減らされながらも戦うとは…是非味方にしておきたい敵ではあるな。)
完全な誤解ではあるが、少なくとも敵はまだ生きている。
偵察部隊は体勢を立て直し、取り敢えずヴァシリの隊へ合流を始める。
ニコライとオットーは、少し離れた場所から索敵と援護をする為散開した。
その頃、ネールバウアーは自分の状況を再度確認していた。
出血は大分落ち着いた。血が乾いて固まったおかげだろう。地図にも血が付いてしまっているが、まだ読める。というか、大幅な移動はしていないので、今は必要無い。
銃には異常は無い。ボルトもちゃんと解放出来る。銃に攻撃を受けたわけでは無かったが、武器の点検をするかしないかでは大きな差が出る。
残りの弾は17発。牽制に少々使いすぎたか。援軍が来るかは分からないが、生き延びる為には一発一発を丁寧に使う必要がある。
手榴弾は残り一発。なるべく敵が密集している局面で使わねばならない。
ネールバウアーは銃に弾を込め、ボルトを戻し、初弾を装填する。
慎重に隠れ場所から身を出し、周囲を確認する。すると、近くに先程交戦していた敵らしきソ連兵士達を発見した。
狙撃兵の存在は恐ろしかったが、先程追い回された怒りが勝った。気がつくとネールバウアーは引き金を引いていた。
崩れ落ちる最後尾の敵。気付いた残りの敵がこちらの方角を向いて警戒する。が、ネールバウアーは既に移動を始めていた。
ネールバウアー自身は知る由も無かったが、彼の今とっている一撃離脱戦法は、狙撃兵の戦法そのものだった。
オットーは先程の偵察部隊長の話に疑問を感じていた。部隊長が話をしている間、隊員の表情に怒りのような、恐怖のようなものが混ざっていたからである。それはとても大勢の敵を撃ち減らす勇猛な戦いをした兵の顔ではなかったのだ。
それゆえ彼は部隊長を好きになれなかった。同時に、少数の敵に混乱する偵察兵達が嫌いであった。
彼はニコライに偵察部隊を援護する策を提案した。それは偵察部隊を囮にできうる策でもある。結果的にニコライはその提案に乗った。そして敵も、オットーの策に嵌ったと言えよう。
一方ニコライは、予想通り敵が動き出したことに満足していた。銃のスコープで銃声のした辺りを探る。位置的に彼が一番近い。仕留めることができる可能性も、彼が一番高いだろう。
次こそは仕留める。逸る気持ちを抑えて、慎重に異変を探す。
「どこだ…。どこから撃った?俺ならどこから撃つ…?俺なら次はどこに移動する?」
思わずつぶやくニコライ。その時背後に気配を感じた。ハッとし、スコープから顔を上げた時に後ろから羽交い締めにされ、首筋にナイフが突きつけられる。
ドイツ語で何かを囁かれる。おそらく、「しゃべるな」や「動くな」と言ったのだろう。
どちらにしてもこうなってしまった以上、どうしようもない。ニコライは覚悟を決めた。首筋の冷たさが熱さに変わり、彼の血が凍った地面に滴る。身体から力が抜け、崩れ落ちる。どうしようもない寒さに襲われた。喉からヒューヒューと喘鳴が零れる。
ニコライは意識が途切れる寸前、彼が先程まで使っていた愛銃を拾い上げる手を見たのだった。
どうも、作者のzetsuです。
資料集めが大変です。(主に武器と実在人物)
とりわけ、映画化された肖像と本人肖像とのギャップに苦しんでたりします。
でも、映画化とかされてない方の資料を集めていると、なんだか昔から知っているような、そんな気がするんです。
旧友なんて言える程知ってるわけじゃないけど…子供の頃、近所に住んでいたお兄さん。そんなイメージが湧いたりします。
今とても不思議な気持ちだったりしてます(笑)