スターリングラード ~軌道~
ソ連の偵察部隊長は、部下への命令を出せずにいた。
敵がどこから攻撃してくるか分からない状況。助っ人のニコライ・オットーの動きも無い。
この時点でニコライは既に死亡し、オットーも偵察部隊を捨て駒にするつもりだと言う事を彼は知る由も無い。
ネールバウアーは敵の出方を窺っていた。敵から奪った狙撃銃はなかなか良い。スコープが付いているだけでこうも違うものか…。
各所に持ち主の体型に合わせたカスタマイズが施されている。そのせいで、小柄なネールバウアーには若干構えづらい。
ふと、スコープを覗き込むネールバウアーの視界にイメージが飛び込んでくる。
「なんだ…?」
思わず呟き、一旦スコープから顔を離し、目を瞬かせる。
もう一度慎重に覗き込み、敵を見る。…やはり何かのイメージが映る。線のような…弧を描くようなイメージだ。
「…これは弾道のイメージか?」
ネールバウアーは驚いた。スコープとはこんなに高性能なのか?
もちろん、スコープにそんな機能は無い。強いて言うなれば、幻覚の類が一番近いだろう。
しかし、そんな事はつゆ知らぬネールバウアーはひたすらスコープで周囲を見回していた。
オットーはニコライが潜伏した地点をきちんと把握していた。ニコライもまた、オットーの潜伏する場所は把握していただろう。
お互いの死角をカバーするフォーメーションを取るのが、ヴァシリ隊の基本戦術である。
今回も例外ではなかった。少し身を乗り出せば、お互いのひそんでいる姿が見えるだろう。
ふと、オットーはニコライの隠れている場所に目をやる。
オットーの居る位置からは銃口が少し見えるだけだ。あの偽装をしてある銃口、間違い無くニコライの銃だ。
だが、オットーは異変に気付く。あまりに忙しない動きで周囲を見ている。まるで鶏のようだ。
「…?」
オットーはニコライの姿が見える位置に、腹ばいになって移動を始める。
ネールバウアーはしばらくスコープから見える世界を堪能した。
そして、未だに自分を警戒している敵を観察する。団体の中心位置に居る偉そうな男。確か先程ネールバウアーが逃げていた時に支持や怒号を飛ばしていた男だ。
他の敵も不安げに辺りを見回している。
その時、ネールバウアーは奪った銃を試したい衝動に駆られる。どの道、移動する様子もない目の前の敵をどうにかせねば、生還の見込みは無い。
攻撃自体は必要と言える。問題は、タイミングである。今撃って良いものか…それだけが彼の判断を曇らせる疑問である。
数秒の逡巡。結果、ネールバウアーは攻撃を決めた。
狙撃銃を構え直し、スコープを覗く。相変わらずイメージは見えた。狙った男の左胸、イメージもレティクルと寸分違わずそこにたどり着いている。慎重に敵にレティクルを合わせる。ゆっくりと引き金を絞る。
―――――発砲。
撃ちだされた弾は、狙い通りの敵に着弾する。
※用語解説
レティクル=銃のスコープやダットサイトなどの光学機器を覗いた時に見えるマーク。漫画とかではよく十字で表現されてます。