ロリータ・コンプレックス
警察という肩書きは、存外信用されやすい。同じ公務員の中でも市役所勤めと警察官では(どちらも、というか世に不必要で不真面目な仕事などないという回答は置いておいて)、警察官の方がお固く見えるだろう。俺も、社会的信用を得られやすいという属性に惹かれこの職を目指してしまったと言ったら過言になるが、そんな理由も三割程度ある。
だとしてそれは、見知らぬ第三者へ自分が無害な人間だとアピールする時にしか活用されないと思っていた。まさか、友人に「警察」という肩書きを見込まれることがあろうとは。プライベートで紡いだ信用の裏付けに職務理念を持ち出されることにショックを受ける程の軟弱な精神ではないが、それはそれ、これはこれという話だ。
御託を右に置いたところで、警察という肩書きや属性に信用を置き、そこに友人という付加価値をのせた上でなお中学生の娘を男(警察官・友人)に預けるというのはどうやっても思考が追いつかない。平和ボケしているやつではあるが、平和ボケしている暇があるなら俺に娘を預けて海外出張になど行くなという話である。(置いていく理由が、海外の治安が悪いというそこそこ妥当なものだとしても、男の一人暮らしに娘を突っ込むよりはまだマシだろう。)
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「確かにあれな人ではありますが、悩みに悩んだ末に行ったんですよ。あんまり責めないであげてくださいな」
置いていかれた当の本人、常盤鋮にそう言われてしまえば、ただ預かっている身の人間がぐだぐだ言っても仕方の無い話だ。……中学二年生にしてはやけに落ち着いていることが気にかかり始めるが。
「この世の中、いくら片親であろうと必ず親は子供のそばにいてやるべきだ。なんて第三者の御託でしかない訳ですからね。良い親がいるなら、その裏に必ず悪い親だっているわけです。それが法に触れているか、ただの善意だけで子供にとっての悪になってしまっているかは別として。」
それは、そうだろう。現に俺の親は毒にも薬にもならないどころか、典型的な毒親ではあった。法に触れていないだけで。
友人も同じ話で、養護の義務があるからと、(肩書きだけは)安全な俺に娘を預けて仕事に従事することは(一応)法には触れていない。世間様から見てしまえば悪い親の一括りに入れられてしまわれるだろうが、それも娘本人が納得していると言うのなら、かろうじて普通の親子という関係に留まるのかもしれない。少なくとも、その言葉があれば、第三者が他所の家族関係に口を出す権利はない。よそはよそうちはうち、だ。
「海外出張に行きたいなら行けばいいと言ったのは私ですからね。えぇっと、鴨脚さんとお呼びしてもよろしいですか?……ありがとうございます。なんなら、私は鴨脚さんのお家に居候する事なく一人暮らしする気満々だったんですよ。なのに、そんなことはさせられないと言うので……白羽の矢がたったのが、貴方だったのです。」
それだけの、しっかりした娘を持つただの父親なんです。貧乏くじを引いた鴨脚さんに言うのも酷な話でしょうが、あまり大人として叱らないであげてください。
そう言って、(友人の)娘は笑った。
にこやかに、和やかに。それこそ世間の人間と同じように、警察官で父の友人であるあなたを信用しています……と。俺が友人を、突然娘を置いて仕事をするために海を超えた馬鹿なやつだと思わせないための弁明も添えて。
俺が、友人を叱るどころか近いうちに起こるかもしれない未来に、どう謝ったものかと頭を悩ませているなんて知らないまま。
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「ロリコンなんだよ、俺。だからここには住まないほうがいい。」
知らないままいてもらっては困るので、さっさと自白した。歴代取り調べを担当した被疑者(又は容疑者)の中で最速の自白が自分になってしまうとは思わなかったが、警察になった理由の七割をここで踏み躙ることは出来ない。
「まぁ」
そんな、当たり前だが友人(彼女の父親含め)にも言っていない一世一代の自白に対しての返答は、それだけだった。理解していないわけではないだろう。中学生ならロリコンの意味ぐらい知っているはずだ、こんなインターネット社会で知らない子供の方が少ない……よな?
「あぁいえ、ロリータ・コンプレックスという言葉自体はちゃんと知っていますとも。確かに私は中学二年、ギリギリ鴨脚さんのストライクゾーンど真ん中といったところですね。」
「ギリギリど真ん中はどっちなんだ、ストライクなのか、アウトなのか」
「あら、それは鴨脚さんの趣味趣向でしょう。どっちなんですか?常盤鋮という女の子がストライクなのか、アウトなのか。はたまたボールか」
これみよがしに少女然としたスカートを両手でつまみ、くるりと回られてしまえば唸るしかない。好みか好みじゃないかでいえば、どんぴしゃで好みだ。37年間1度も気の迷いを起こしたことなどないが、それでももしかしたら自分の趣味趣向が最悪の事態を起こすかもしれないと想像してしまうくらいには。
「37年間なかったならいいじゃないですか、一緒に住んだとしても無問題です。」
「どうして自分はロリコンですと自白した成人男性と住むことに対して乗り気になれる。今までが大丈夫だったからと言って、これからも大丈夫なんて確証はどこにもない。」
「13年と数ヶ月しか生きていない私からしてしまえば37年なんて気の遠くなるような数字なんですが、それは一旦置いておいて。人って、土壇場で本性が見えるんですよ、知ってます?」
それこそロリコンと同じくらいメジャーな話題だろうし、小説で軒並みネタにされ尽くしている話でもある。インターネットに疎い人間ですら知っている可能性がある定説だ。
「面白いですよね、あれ。土壇場というところがミソです。命をかけた土壇場でなくたって、疲れて電車の席に座っていたけれどお年寄りが来たから席を譲った……これだって、土壇場で見せる本性のひとつですから。」
疲れている時でも周りに目を配り、優しくできる。かなり話が飛躍しているようにも感じられるが、土壇場で本性を見せるの一例になり得るだろう。……いや、この話が俺を信用するなにになり得る?一旦置くべきなのは今の話題だ。なんの一例にもなり得ない。
「あぁ、いえ。ロリコンですと告白された土壇場で本性を見せているのは、私の方です。鴨脚さんは、ほぼ初対面な友人の娘に誠実に相手をしている素敵な男性以外何もありません。一旦は」
俺ではなく、常盤娘の本性?あったか、そんなもの。意味もわからず眉を顰めれば、今までの落ち着いた雰囲気は緩み、年頃の女の子といった顔で恥ずかしそうに笑われてしまう。
「少女趣味をやめようと頑張っていたら、別の少女趣味な方に出会ってしまったものですから、なんだか可笑しくて。人が真面目に話している趣味を笑うような人間にはならないと決めていたのに……私の本性も、似たようなものだったんですね。」
ロリータ・コンプレックスではなく、ガールズ・テイストなんです、私。と、俺が自白した時と同じように、彼女も自白した。




