第9話 辛うじて眼鏡っ娘に拾われました
ふーっ、よく寝たっ!
革袋に入ってると真っ暗だし、時間なんて分からないから、どれだけ経ったのか全然分からない。
久し振りに外の空気を吸ってみようとしたところで、突然革袋が大きく揺さぶられた。
上下が逆になり、俺は急に開いた出口から真っ逆さまに転がり出ることになった。
随分と乱暴な扱いじゃないか!
俺はお前達の命の恩人だぞ! とプンスカ怒りつつも周りを見てみると……
「あら、ホントにスライムじゃない」
と、喋るたわわなスライム……ではなく、はち切れんばかりの胸をテーブルに乗せているお姉様が目の前に居た。
ショートカットが良く似合っている。
だが敢えて言おう。俺のストライクゾーンはCまでだと!
しかし、知ってる顔が居ない。どうやら、あの護衛達は俺をどこかに運んだらしい。何とか機関って言ってたな、実はヤバい組織なのかも。
狭い部屋の中に女性が三名か。誰だよ、俺をボテッと落とした半人は?
「なんかこの子、私には興味無いみたい。じゃあ、いらないわ」
それは良かった、お互い様だ。
大きいのが正義なんて大艦巨砲の時代はとおの昔に終わってる……この世界では知らんけど……って何のこっちゃ? そして俺を落とした犯人は君だな。
俺に興味を無くした二連装スライム持ちのお姉様は、肩が凝ったからマッサージを受けに行く、と部屋を出ていく。そりゃ、あんなの二つぶら下げてたら肩も凝って不思議ではない。
「相変わらず勝手な人ね。でもスライムかぁ。
こう言うのってイマイチ反応出さなくてやりにくいのよね」
そう言いながら俺をツンツンと指で突くのはイメージ的にデキル研究員なんだけど、少々発達不足か。
「ほらね、固まってるし。なんか思いっきりシカトされてる感じなのは気のせいかしら?」
「案外見た目で選ぶタイプかも。
どことは言わないけど」
「そう言うアンタだって、そう変わらないでしょ!」
二人の若い女性研究員を眺め、その通りだと同意を示す。
サイズなんて問題じゃない! なんて綺麗事は言わないでおこう、Aには用はないっ!
「ちょっとコイツ、失礼なこと考えてない?」
「まさかスライムに思考能力があるとは思えないわ。嗜好は在るかも知れないけど。
でも何となく、やな感じよね。私もパス」
「私も~ちょっと興味がわかないわ。世話はラクかも知れないけど」
この二人組も俺の相手をするつもりは無いと部屋を出ていく。
その後何人かの男女が俺を撫でたり叩いたりして去っていく。ここはどうやら好き勝手なテーマを選択して研究する部門らしい。
なるほど、だからオタク集団と呼ばれた訳だ。
別に誰かに研究されたいわけじゃないけど、ここで誰にも相手にされないとなると、俺はどうなる?
まさか最後には浄化槽にポイ捨てされちまう?
それだけは断固拒否! 一人ぐらい俺のベストパートナーが居ても良くないか?
ガチャリと音がして誰かが入ってくる。
「あれ? 新しい研究テーマがあるから見にこいって言われたのに。誰も居ないじゃない」
と、今更だけど説明口調、ありがとう。
狭い部屋にテーブルが一つ置いてあるだけなんだから、そんなにキョロキョロと部屋の中を見るまでもないのだが。
「緑色のスライム……かな?
と言うことは、テーマはスライム……まさかテーマじゃなくて、スライムテイマーって中年ギャグなの?」
誰がそんなしょうもないダジャレを言ったの?
「……うん、スライムよねっ!
間近でみる機会はそうないんだけど、ほんとツルスベでプルンプルンね。
この皮の成分は何かしら? ゼラチン質が多目で保水能力も高いと思うけど、切っちゃうのはかわいそうかな」
この子が常識人で良かった~っ!
小柄で眼鏡を掛けてて、そんなパッとしない雰囲気だけど、大きすぎず小さすぎず、ちょうど良いサイズが悪くない……て、何回目だよ。
しかも俺に対して優しくしてくれそう。スッと伸ばした手が俺のオデコをナデナデ。あー、撫でるのもめっちゃ上手いじゃないか!
よし、この子をパートナーに決めよう!
シュッ!
えっ? 今の何? 銀色の光が俺の体に走ったみたいだけど……なっ? いつの間にか切られてる?
「ごめんね、少し皮のサンプルを取らせて貰ったわよ」
中のスライム液の層に達する重傷を与えないように手加減を加えたのかな?
薄皮一枚を上手に切り取り御満悦な女性研究員だが、俺に切られたことを悟らせない彼女のスゴワザに冷や汗が滲み出そうだ。
可愛い花には棘がある、の典型例かも。
護衛隊長が、預けるならオタク集団が適任だと言ったのは、何があっても職員なら対処出来る――つまり安全が確保された訳じゃないってことだったのかも。
「大丈夫よ、私はアナタの命を危険に晒すことはしないから安心してね。
私はミッシル。
アナタはなんて呼べば良いのかな?」
俺の名前を考えてくれるの?
スラ何々、じゃなければ問題無い。ま、俺のセンスも酷いけど。
「うーん、ライムグリーンのスライムだからラグムってどう?」
ほぉ、思ったより悪くない韻じゃないか。なんか強そう。
俺は今日からスライムのラグムだ! とフンスと鼻息荒くしてみるが、勿論彼女に伝わる訳も無い。
それでも上機嫌な彼女はおもむろに俺を掴むと頭に乗せて、この狭い面談室を出ていこうとした。頭の上ならメスは届かないから安心だな。
この子なら、俺のスライム核『スガク(仮)』という高度な演算システムを、正当に評価してくれるマザーボードになってくれる……かもしれない。
まずはこの頭の上で、彼女の思考パターンを解析させてもらおうか……いや、待てよ。
新しい研究テーマがあるから見にこいって言われた……詳細どころか、テーマが『スライム』ってことさえ明かされていなかった。
つまり、明かせば誰も来なかった可能性が大。実際、ミッシルさんしか興味を示さなかった訳だし。
「この皮、何かに使えないかしら?
後は、採取量と再生速度の関係もグラフ化した方が良さそうだし……一回にどれだけ採取出来るか……興味は尽きないわ」
頭の上で俺はガクぶると震えた。スラ切り実験のオンパレードじゃないか。
スライム皮にしか興味がない、と言わないでよ!
「でも、用途が無かったら切るのは無意味ね。
あれ? この子、震えてるのかな?
うーん、そうだ、ラグム用の籠を貰ってくるから、ちょっと待ってて」
彼女が十分ぐらいして戻ってくる。
「レアものだから、あまり苛めるな、って偉い人に言われたわ。だから大丈夫よ。切るときは合意の上だから」
それ、俺が合意することは無いと思うけど。
「実験同意書、ラグムで拇印押しとくね」
え? 俺の頭にインクを塗ってペタ?
俺の意思はどこ?
確かにパートナーに決めようって、心の中で言ったけど。聞こえたの?
「うん、これでラグムは私の被験体よ」
まぁ、苛めないって言ってるから大丈夫でしょ。浄化槽送りになることを考えたら、多少皮を切られるのは必要経費……なんか、ドラゴンが鱗を剥いで渡す気分だな。




