第7話 商売繁盛?
盗賊団のサブジロンが右手を翳して声を張り上げた。
「さあ、全てを飲み込む地獄を醸そう——『招黴氾醸』!」
だがあのアニメのキャラの技と決定的に違うのは、そこにあるのが燐光を散らしながら回転する光の刃などではなく、真っ黒い「モヤ」を集めたような、禍々しい球体だということだ。
「サブジッ! アホかっ!
その技、儂も道連れになるだろうがっ!」
「えっーーーっ!」
団長のツッコミに、敵であるはずの護衛たちまでが一斉に驚愕の声を上げた。
「中断しろっ!」
黴玉を避けつつサブジロンに団長が詰め寄る。
「無理なんですっ! 詠唱を省略したらキャンセル不可になるんで!
しかもコレ、溜める時間が長くなるほど威力が強力になるタイプ!」
「なんでキャンセルできないんだ?」
「詠唱を省略したら、解除コードも省略されるんで、実行しか出来ないのが『常識』なんですが」
「理解できん……聞いた儂が馬鹿だった」
土壇場でとんでもない間違いすんなっ!
ていうか『招黴(カビを招く)』って、この黒いモヤの正体、もしかしてバイオハザード的な何かか!?
「……ならば儂は黴まみれになっても構わん。早く捨てろ」
「捨てたら自分も巻き添え食うんで……でも、とりま投げます、ポイっ」
「軽っ!」
護衛たちの叫びに俺も全力で同意だ! ちょっとは緊張感を持て!
サブジロンの手から放たれた禍々しい球体が、スローモーションで俺のいる方向へと飛んでくる。
あんなモノ、地面に衝突した瞬間にこの辺り一帯がカビ地獄に変わる爆弾じゃないか!
もっと丁寧に扱え! 俺の方に投げるなよ!
場違いな文句を垂れつつも、このままでは俺も黴の洗礼を受けてしまう。俺は咄嗟にスライム皮を野球のグローブのように伸ばしてキャッチ。そのままズルリと体内へ取り込み、スライム液タンクへ1Gbps(根拠無し)で急速転送した。
何でそんなことが出来たのか……原理は知らん。火事場の『スラ力』というやつだ、多分。
どうにか俺の体内に『真っ黒くろすけ』な球体を閉じ込めることには成功した。こうなれば後は溶かすのみだ。
しかし……この黴、待っても全然溶けそうにない。
俺の体内の液体は強力な酸――だと思っている。
だが、この黴玉は酸に耐性でもあるのか、平然とした顔で俺の中に居座っている。そういや……黴って酸じゃなくてアルカリ性に弱いんだっけ?
(……これ、マズいだろ、俺との相性が最悪だ)
透明なボディのど真ん中に、気持ち悪い真っ黒な塊が浮いている。
このまま放置すれば、俺は『最弱の魔物』どころか、見た目のグロさで誰にも相手にされない『社会的な死』を迎えることになる。
スライムとしての尊厳がパリん……と崩壊する音を聞いた気がした。
なんとかして、これをスライム液とスライム皮で包んで『水風船』みたいにして吐き出すしかない。
出来るかどうか……じゃない、やるんだ!
『不審な汚物スライム』として生きるくらいなら、ここで全力で横隔膜か腹筋か知らんが鍛えてやるさ!
まずは水風船を作るイメージで、吸って~吐いて~全身を収縮させる……せーのっ!
「プー……」
失敗。
誰だよ、今オナラみたいとか失礼なこと言った奴は!
こっちは俺の今後が掛かってるんだぞ!
負けるもんか。
プー、プー、プププ~ ……おや、なんだかコツを掴んできたら楽しくなってきたぞ。
俺の目の前に、小さな『スラ風船』が五つほど並んだ。だが、その分だけ俺本体が少しずつ小さくなっている気がする。質量保存の法則ってやつか? 仕方ない、回収しよう。いそいそ。
さて、今度はこの小分けにしたスキルを活用し、再度、黴玉の封印を開始!
「ぷーーーーーーっ! はーっ!」
全身の粘膜を総動員し、俺は最後の一押しで『それ』を産み出した。
恐る恐る目の前に出現した、黒いスラ風船をつついてみる。チョン……。
割れる気配はなさそうだ。
(よし、『サブストレージ・黴玉専用フォルダ』の作成完了。
これで、もう本体メモリと言う名の精神力を食わずに持ち運べるな。こんな気持ち悪いもん、運ぶつもりは無いけど。……お陰でスラ皮とスラ液はだいぶ使っちまったが)
中身のカビが漏れ出すこともなく、俺の体も元のライムグリーン(透明感100%)に戻った。
……だが、周囲を見渡せば。
サブジロン、団長、そして護衛たちが、俺の「プププ〜」という珍妙な音と動作に呆気に取られ、完全に戦いを忘れて固まっていた。
さてと……逃げますか?
いざとなれば……折角作った黴玉風船を破裂させてミナゴロ……じゃなくて全員被弾すれば良い!
「もうスライムが血を嗅ぎ付けたのか」
違うっての!
あ、声が出せないから会話にならないのが超不便だな。どうすれば意志が伝えられるんだ?
火事場泥棒みたいに遺体処理に来たスライムと勘違いされたままじゃ、ちっぽけなプライドに傷が付くってもんよ。どうにかして教えないと。
でも、この黴玉入りスラ風船の後ろに回っておけば、俺には手は出せまい。ククク……図らずも悪役ムーヴっ!?
「……貴様ら、スライムをテイムしてやがったのか」
盗賊団の団長が、日焼けしたオヤジを見てそう吐き捨てる。なるほど、このオヤジが護衛達のリーダーか。
ナイスアシストじゃっ! 敵に「あいつらの仲間だ」と思わせる誤解、褒めてつかわすぞよ。
「テイマーなど居ないが……まさかコイツがあの術を?」
不思議そうな顔で俺を見る日焼けオヤジ。残念ながら、俺はノーマルだから男に興味はないし、誰の所有物でもないんだよ!
「野生のスライムだと……? そんな馬鹿な」
団長が「嘘だろ?」的なニュアンスで呟き、微妙な顔になる。
そりゃさ、スライムに隠れてたところを急襲されて悲鳴を上げたなんて知られたら、盗賊だろうがなんだろうが末代までの恥ってやつだ。
「良く分からぬが、術を封じた隙に生け捕りに出来たのは僥倖……しかし、スライムとな……」
そう言うと、またまた俺をじっと見つめる日焼けオヤジ。……そう熱い視線を送られると照れるじゃねえか。
「おい、ロープをくれ! 団長のザンムを生け捕ったぞ!」
「あっ……逃げるぞ、サブジロン!」
ザンムって名前だったのか、あのハゲ。しかしこの状況で逃げるのは無理だろ?
「逃げる時に使うのは『招雷氾縄』だぞ!」
「そうでしたっ!
いにしえのけいやくにより、わがててに……」
「させねえぞっ!」
日焼け隊長の鋭い一喝が飛び、サブジロンの「わがててに」のあたりでガツンと一撃食らわせた。
「やるじゃないっすか! さすが隊長!」
部下の護衛たちが喝采を上げるが、詠唱なんて悠長に待ってやる義理はないよな。当然の判断だ。
しかし……サブジロン、名前も技名も盛りすぎなんだよ。
さて、人間たちが捕縛劇で盛り上がっている間に、俺はこの「触れたらカビ地獄爆弾」を抱えてどうしたものか。
この場に置いていくのも寝覚めが悪いし、かといって持って歩くのも危なっかしい。
……あ。
隊長たちがこっちを見てる。
もしかして、盗賊の片棒を担いだ魔物としてロープの刑か?
それともピンチを助けたヒーローと思ってくれてる?




