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第41話 ぺリアの名前は

 メルビスの暮らす邸宅は、ブリントン中心街にある。

 『三日月に蝶々』のロゴを飾るハルトムーン商会のナンバーツー、それがメルビスの地位である。


「メルビス、お帰り。視察はどうだった?」

「ただいま、レクス。

 それが、あまり芳しくないわね。

 特に森の外縁部ほど虫に食われているわ。今年は虫害の当たり年かしら?」


 ぺリアを無理矢理肩に乗せられ、不機嫌な顔をするクラーラの頭を父レクシアスがポンと撫でる。


「そんな泣きそうな顔をして、どうしたんだい?」

「ママが意地悪するのっ! この緑色のスライム!」


 クラーラが左肩を極力視界に入れないように、右手でスライムを差す。


「あぁ……珍しくクラーラが……そうなんだ」


 レクシアスが恐れる様子もなくぺリアを両手に包む。


「暴れないし、悪いスライムじゃないね」

「そうでしょ。ミッシルのところのが分裂したらしいの」

「ほぉ……それは朗報かも」


 レクシアスの目が光る。


「お父さん、お手て溶けてないの?」

「大丈夫だよ、ほら」


 ぺリアをクラーラの肩に戻すと、両手を広げて娘に見せる。


「小説に書かれているスライムと違って、本物はすぐに何でも溶かせる訳じゃないからね。

 それに怯えているなら物陰に隠れるはずなのに、その子は肩に乗ったままだよ。それはその子がクラーラを怖がっていないからだ」

「お兄ちゃん達が持ってた本に書いてたもん。

 悪いスライムにお姉ちゃんが捕まって、服を溶かされたり悪戯されちゃうの!」


 息子がどこからその本を仕入れたのか、いつか問い詰めようと夫婦は思った。だが、この場では顔にも言葉にも表さない。


「じゃあ、お昼ご飯にしよう。

 卵の流通が安定してきたから、クラーラの好きなブルイエを用意させてあるからね」

「やったー!」


 レクシアスはクラーラには見えないようにメルビスに目配せをする。


「クラーラ、そのかわり、その子をちゃんと育てないとブルイエは抜きにするからね」

「えーっ! うん、何とかしてみる」


 ぺリアにはすぐに何かを溶かせる力は無い、それが確認出来て恐怖心が少し溶けたクラーラはまだ恐る恐るだがぺリアを手に乗せた。


「そうだわ、名前を付けてあげなさい。その方が早く懐くと思うわよ」


 名前を付けたら懐くなど根拠は無いが、娘のスライムに対する恐怖心が揺らいだ今がチャンスとメルビスがクラーラに催促する。


「名前? 何でもいいの? じゃあ、ヒュリス」

「何か由来があるのかしら?」

「うん、切っても死なない魔物と神様を足したの」

「……そうなのね……ヒュリス、良い名前よ」


 神は良いとして、魔物から名前を取ってどうする? 言いたくなったが、娘の自主性を育てる為だ、我慢我慢……とメルビスは自分に言い聞かせる。

 今までスライムを毛嫌いしていた理由を教えてくれなかったので、見た目だけで嫌悪していると思っていたのだ。理由が分かれば対処は難しくない。


「あっ!」


 急にクラーラが慌てて口を押さえた。


「どうしたの?」

「お兄ちゃんの本を読んだこと、言わないでね。私に隠れて読んでたから、秘密なのかも」

「……えぇ、そうするわ」


 メルビスはクラーラに見えないようにレクシアスに目配せをした。

 年頃の子供だから程々にしてやれ、と少し心配になったレクシアスだが、視線だけではそこまで語れない。

 困った顔で、

「食事にしようか」

と、テーブルに着くよう促し、この場を回避する。


「エルドリックとリオルは元気にしてるかしら」

「きっと、どこも元気だろうね、男の子だし。可愛い女の子が居たら大変だな」

「元気すぎると困るわね」


 どこも、に違和感を覚えたクラーラだが、目の前の玉子料理に魅了されてすぐに忘れてしまう。


「クラーラ、肩にヒュリスを乗せたままだけど」

「あ……どうしよ?」

「厨房で何か用意してもらいましょう。

 ご飯抜きにされたと思って、服を溶かされたらたまらないわ」

「そうだね」


 レクシアスが部屋の隅に控えていたメイドを呼び寄せ、

「このスライム用の食事を頼む。野菜屑、卵の殻で良い、ミキサーで砕いてそれらしく器に盛ってきてくれ」

と小声で指示を出す。


 お嬢様が何故か急にスライムを連れてきたことに驚いていたメイドが、ペット扱いだと知ってまた驚く。

 片手に乗るサイズの丸いだけの緑色の物体。こんな物の何が気に入ったのか、子供の考えは理解出来ないと思いつつ、指示には忠実に従う。

 そうでなければ職場を追い出される。理不尽な指示であっても疑問を持たないと心に決め、調理人に要求通りの物を作らせた。


「エッグシェルパウダーと彩り野菜皮のソテーをお持ちしました。

 食べ方が分かりませんので、まず皿の上にスライムを乗せてください。それから少量を目の前に置いて試してみてください」

「そうだね。スプーンでアーンとやるわけにもいかないだろう。クラーラ、試してごらん」


 パンに甘さ控えめのジャムを塗っていたクラーラがパンを皿に置くと、

「うん」

と短く答えてヒュリスを乗せる皿を自分の前に移動させる。

 そしてヒュリスを肩から皿に移し、小粒のような目がある方に野菜皮をフォークで置いた。

 ソテーを素手で触れると油で汚れることは理解している、ちゃんとした子供だ。


 ぺリアは食事に関してはラグムと同様のことが出来るらしく、ニンジンの皮のソテーに跨がり、接触吸収を開始する。


「その食べ方は、予想通りね」

「体の下敷きにして、どうやって食べているのか理解出来ないけど」

「ニンジンの皮が透明になっていく。面白い」


 スライムに……いや、ヒュリスに興味を持った娘にホッとしたが、ミッシルのようにならないかとメルビスは心配になった。

 一方、レクシアスはどうやってスライムが食事をとるのかより、スライムの増やし方が気になっていた。

 ちょうど今朝仕入れたばかりの最新情報で、森からスライムが姿を消したことを知ったのだ。

 普通に考えれば、スライムが捕獲出来なくなったからと言って、自分に直接的な被害は無い。

 それが回り回って何処に辿り着くのか。レクシアスの商売人の性が不安を掻き立てるのであった。

 



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