第39話 俺は復活、クラーラくーらくら
俺の……一部が……
最近の子供の……可愛い判定が……おかしい
ライムグリーンの丸い板に、小さな目が二つあるだけ。客観的に見れば何処にも可愛い要素は無い。
しかしクラーラは、「ぺリア」と名付けたラグムの分身を抱えて上機嫌になっている。
そんな我が子の様子を見ても、メルビスは何も言わない。我が子の育て方を間違った、と考え直しているのかも。
「餌はなに?」
「人の食べ物なら、なんだって喜んで食べるわよ」
ミルク粥は……俺は……ダメ
ぺリア? ……知らん
……俺より豪華なのは……許せん……
それから四半時間程、ガタンゴトンと音を立て四人とスライム的な何かを乗せた馬車が進む。
そしてブリントンの城門に到着した。ミッシルがディスクモードのラグムを籠に戻し、パタンと蓋を閉じた。護衛達の安堵した声が馬車の中にも届く。
雇い主によっては「無駄口を叩くな」と叱責される場面かも知れない。
そうならないのは、天馬の実績とメルビスの信頼の証だろう。
ゴーン ゴーン
キーンコーンカーンコーン
鐘楼の鐘が鳴り、特務機関の中ではチャイムが鳴った。時刻は丁度十二時。
クッ! ……メシ……ン?
――脳内の『妄想コンソール』に優先割り込み。
『通知:保形ルーチン起動トリガーを確認。
保形ルーチンを高速ビルド《再構築》します』……
きた……きた……きたっ! やっと……きた!
「メルビス様、城門に到着しました」
御者がそう伝えると、メルビスはミッシルとビアンキに窓を開けさせた。
「メルビス様、お疲れ様です」
「私より御者と護衛を労って差し上げて」
「は? はぁ」
予想外のメルビスの対応に門番が硬直したが、すぐに復帰する。
「中の方は?」
ミッシルとビアンキが身分証を見せると、何か悟って籠の中身については問わなかった。
ふぅ、ただいまーのチューをされなくて良かったぜ。
時報の音が聞こえた途端、俺の奥の何とか中枢が叩き起こされたのか、スライム核が突然勢い良く回転を始めたのだ。
それにしてもお昼の時報を聞いて玉ねぎ形への復帰するとは、随分と……社畜精神に溢れたスライムユニットだ。
「では、町の中は混雑しておりますので、気を付けてお戻り下さい」
町の名士の奥方に失礼があってはクビが飛ぶと、門番は確認をろくにせず馬車を通すことにした。
持つべきは権力者の知り合いか……
そう言や、俺の分身はまだペラナリアのままか?
俺の息子(物理的)とは言え、玉ねぎ形になるかどうかも不明だしな。
城門からすぐ近くの特務機関の入り口前に馬車が停められた。
「ビアンキ、今回のことはデータが一つ増えたと思って前向きに考えなさい。
貴女の研究は無駄にはならないわよ」
「はい、ありがとうございます」
特に表情を変えることなくそう告げたメルビスの真意は誰にも分からない。
隣に座っている娘の情操に対する影響を考えてのことだろう、とビアンキは勝手に解釈しながら頭を下げた。
「ミッシルには、面白い成果を期待しているわね」
「はい、ラグムがまた何かやらかしたら報告します」
また? 俺、まだ何もやらかしてないし。
「ミッシル、ありがとう」
手に乗せていたぺリアを缶バッジみたいに胸に付けたクラーラが、手を振って馬車が進みだした。
遠ざかる車輪の音を聞きながら、何とかピンチを乗り切ったと安堵する。
しかし、この体だと自分の意思で行動を選択出来ないことが良く分かった。建物から一歩外に出れば、敵とは言えなくても何に遭遇するのか分かったもんじゃない。
それに、外に出られたのに馬車の窓を通して空しか見えなかった。折角異世界に来たと言うのに、観光にもなりゃしない。
籠に揺られて特務機関の建物に入ると、何人かの廊下を歩く音や腹減ったーと言う声が聞こえ始める。
「ミッシル、ありがとうね」
「うん、後は苗を植えて様子見ね。上手く行くと良いけど」
「失敗しても大丈夫よ。じゃあ、私はそのままラボに戻るわ。エイドリーが待ってるだろうし」
「分かった。じゃあ、また後で」
ミッシルさんと分かれたビアンキが歩き出す。
少しだけ離れたところで軽くパンと音がしたので、多分頬っぺたでも叩いた気合いを入れたのだろう。
鍵を開けて中に入る音。
フワッと籠が浮いてからトンと軽くお尻が響く。定位置のテーブルだ。
早く蓋を開けてくれ、と思うが手を洗う水の音、弁当を取りに行こうと言う呟き。危険は無いがもどかしい。
何より飯っ! お座りして主人の帰りを待つ犬の気分が分かった気がする。
◇
「クラーラ、何があってもそのミドリ色の生き物は捨ててはダメよ」
「大丈夫! 私は捨てないからね」
メルビスから見れば、ただ緑色の丸い板に過ぎない『スライム』の一部分。そんな物のどこが娘のお気に入りポイントなのか、全く理解出来ずに頭を抱えたくなる。
しばらく町の中を馬車はゴロゴロと音を立てて進み、町の中にある『身分の境を表す城門』の前に停まる。
この門から内側には、貴族階級の者か莫大な財力を誇る商人しか居を構えることが出来ない。
帯剣した門番が二人立っていた。視線が馬車に掲げられた『三日月と蝶々』の紋章プレートに止まる。
その下に刻まれた四桁の数字は、この街で権力を持つ者だけが許される通行証だ。
馬車と御者のに顔を確認すると何も言わずに門を開けた。
門番は荷物の確認などしない。ただ紋章と番号、御者の顔を記憶と照合し、速やかに門を開ける。門の先を急ぎ、遅れに苛立ちをぶつける貴族たちを相手にするには、それが唯一の処世術だからだ。
門を越えた先には林、池、庭園などがある別世界が広がる。どの屋敷も馬車が玄関前に横付け出来るアプローチがあり、優雅さを醸し出している。
ラグムがそれを見れば、掃除が大変そうだ、俺、呼ばれなきゃいいけどと呟くだろう。
事件はまさに、その玄関で起きたのだ。
馬車から降りたクラーラが、出迎えた執事にぺリアを自慢気に見せようとした瞬間、彼女の手のひらの上で「それ」が震えた。
平らな円盤だったはずの緑色が、内側から空気を吹き込まれたお餅のようにむくむくと膨らみ、瑞々しい球体へと変貌を遂げたのだ。
「キャーっ! スライム!」
苦手とする生き物が自分の手のひらに乗っていれば、子供でなくとも叫ぶだろう。
「なるほど、これは珍しいスライムですね。
生まれて五十年が過ぎましたが、爺はこのようなものは初めて――」
「そんなのいいから! これを捨てて!」
泣き出しそうなクラーラにメルビスが冷たく言い放つ。
「なりません。
クラーラ自身がその生き物を大事にする、と私に約束したでしょう」
「でも! こんな姿じゃなかったし!」
「ミッシルが、どんな形になっても大切にするように貴女に言ったわよね?」
「でも!
「一度言った言葉はもう口には戻せないわ」
「どうしてスライムって教えてくれなかったのよ!
こんなの詐欺よ!」
「違うわ。ただ、貴女が聞かなかっただけ。
貴族や私達商人の世界なんて、そんなものよ」
まだ十歳を過ぎたばかりの子供に商人の心掛けを教えるのは、少々早いと考える者はこの場には居ないらしい。
執事もメルビスの言葉に表面上は賛同し、クラーラの味方になろうとしない。
クラーラの動揺がぺリアにも伝わったのか、小さなお目目をうろうろさせる。
「大丈夫よ、ミッシルはもっと大きなスライムを飼っているけど、怪我も何もしていないのだから。
ホルト、誰かを作業小屋にやってこのスライムの入れ物を作らせて」
「畏まりました。すぐに手配させます」
「ちょっと! ホルト爺!」
「淑女たるもの、大きな声で騒いではいけませんよ。
それに、丸い方が可愛いじゃないですか」
執事はそう言うと、ブルブル震えているぺリアを軽く撫でてやる。クラーラより話が分かると察したのか、ぺリアがホルトの手に移動しようとする。
「駄目よ」
メルビスの凍てつくような声に、ぺリアまでもがクラーラの手のひらで固まってしまった。




