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第35話 カマドウマロースト、実食からの……

 カマドウマロースターから漂ってくる、暴力的と言える食欲をそそるこの匂いっ!

 これだけで、人差し指三本分のミルク粥が食える!

 ……食いたくはないけど。


 フライパンを揺する早さと言われても、スラホイールの回転速度をどれだけ下げれば良いのやら。

 回転速度が分かったら良いね、とミッシルさんが言ったのも少し納得。俺は今まで移動する速さを、微速前進、常歩、速足、駈足ぐらいのスパンでしか調整してこなかった。どこかの馬かよ?

 だって誰かに合わせて歩く必要もなかったんだから。


 今日でミッシルさんに拾われて四日目。なのに町の中どころか、特務機関の建物の中さえ歩かせてもらえていない。

 することが無い時は、蜥蜴先輩相手ににらめっこをしているが、どちらも笑うことがないと最近になって分かってきた。

 だから、そろそろ外の世界を見たみたいと思うようになって来たわけだ。


 それが今は、この平坦な運命の輪っかをグルグル回しているだけだ。既に50分が経過している。することの無くなったバントムは椅子に座って眠りに堕ちている。

 高級品であるシルクワームティーをイヤイヤそうに飲んでいたが、リラックス効果があるのかな?

 効果があったとしても、リラックスし過ぎだろ。まさか睡眠薬入り?


 それから更に10分が過ぎ、ミッシルさんが一時間を計る砂時計をひっくり返した。


「はーい、時間です! ラグム、ありがとう!」


 スラホイールから俺を出して左手に乗せ、良い子良い子と撫でられる。一時間もスラホイールを回し続けたにも関わらず、スライム液にもスライム皮にも、疲労はほんの僅かしか感じられない。

 これなら一日八時間、ずっと回し続けることが出来そうだ。 


「じゃあ、ロースト具合を見てみましょうか」


 そうだ、問題なのは俺の体よりも焼き加減。

 ミッシルさんが、ピンク色のウサギのアップリケがある耐熱グローブ(キャメル色)を手に嵌め、カチャカチャと操作してシリンダーを取り外す。

 ミトンなら可愛い飾りがあっても納得するが、作業用の耐熱グローブだと違和感しかない。


 白いホーローみたいなパットの上で、シリンダーの蓋をカパッと開けた。水気が抜けているので、湯気はほぼ出ない。その代わりに、ホイールを回していた時より強力なパンチ力で、海老のような香りが俺をノックアウトした。


 どうやら臭気鑑定にスライム核の全リソースを割り振るのは危険過ぎる。人間の体も匂いを嗅いだら電気信号として脳に伝わるのだから、スライムの体で同じことが出来ない訳がない。

 体表の全てから伝わる電気信号が、焼けたカマドウマを香ばしく焼けたエビと認識。見た目とのギャップに神経がバグを起こす。


 これは、海老じゃない! 昆虫だ!

 食いもんなんかじゃねぇ! ……ゴクリ。


 そんな俺の葛藤をよそに、ローストカマドウマをシャカシャカとパットに落としたミッシルさんは、シリンダーを流しに置いた。

 ここでいきなり水を掛けるような愚を犯さなかったので、金属の取り扱いについての知識を持っているのが分かる。


 白いパットの上の物体は、元々薄い茶色の虫だったのに、虫の感じがかなり消えて物体Xとしか呼べそうにない。


 海老のような匂いに釣られたのか、バントムが目を覚まして大きくアクビをした。


「終わったんですね」

「うん、良い感じに出来たと思うわ」


 触覚は折れ、脚が全て外れて胴体だけのカマドウマをピンセットに取ると、バントムの目の前に持っていく。

 あーあ、匂いだけなら旨そうだが、見た目と熱さで拷問を受ける人みたいに怯えてるから。多分、何か言わないと、引っ込めてくれないから。


「……それから、どうするんです?」

「粉砕して粉にするの」


 辛うじて命拾いしたバントムに、もう少し気の利いたことを言えよ、とアドバイスしたい。

 でも、俺だって目の前に昆虫兵器を突き付けられたら無理かも。


 ミッシルさんはカマドウマをパットに戻すと、版画に使うバレンのような物を取り出してきた。

 それでグイと押さえ、パリパリと乾いた音を立てて荒く砕く。小さな破片が俺の体の前に飛んで来て、ペチッとキャッチ。


「頑張ったご褒美に食べてもいいよ」


 ゴクリ……。


 知識としてコオロギは食えるし、ゲンゴロウだって食えるし、大きな芋虫も食えることを知っている。

 ネットを開けば、名前を聞いただけで逃げたくなる昆虫まで食されている……そんなショッキングな情報もあるのだが……だからと言って、果たして本当にコレ食って良いのか?

 俺のデザートの豚形ペレットだって、実は肥料ってオチだったばかりだ。


「遠慮してるの? 仕方ないなぁ」


 えいっ!


 ミッシルさんがカマドウマローストの付着したスラ皮をピンポイントで押し込んだ。


 うぉーっ! それ、反則っ!


 ジタバタ!ッ


「ゆっくり味わってみて。理論上は食べても平気」


 理論上……その言葉、保険ではなく何故か嫌な予感しかしないのだが。

 これは、脚の甲殻の一部かな?

 小さなスプーンで一口だけ味見してる気分になるが、パリパリ食感で……


 えっぇっ!? 何コレ! 旨すぎる!

 カマドウマーベラっっ!


 ブラックタイガーのイナゴの素揚げも悪くなかったけど、焼いた方が断然良いっ!

 これ、正体を隠して提供したら、絶対繁盛店になる!


「ミッシルさん、そのカマドウマローストは何に使うんですか?」


 恐る恐るバントムがそう尋ねた。やっと聞いてくれたか。


「これ? ニワトリの強精剤の原料よ!

 とっても元気になるんだって」

「ニワトリの? それが?」

「うん。トイレコオロギなんて呼ばれてるのは、湿気の多い場所が好きだからよ。別に便秘でトイレが長い訳じゃないから」


 今はバントムにカマドウマの解説、しなくてもよいと思うよ。てか、カマドウマが便秘って……。


「……それにね、これだけ脚が太いんだもの。

 食べたニワトリの脚も、きっとこれくらい強靭になるわよ。

 きっと飛ばないもの同士、相性が良いのよ」

「いや、ミッシルさん、論理が飛躍しすぎですよ……」


 地鶏の脚を強化したら、飼育員が捕まえるのが大変になりそうだ。

 それにニワトリも少しだけなら飛べるし。ジャンプしてから羽ばたくから、正しい飛行とは言えないけど。


「私が作るのは、王室御用達の養鶏所にも卸せる品質なの」

「それで儲かると……」


 そう言うことだったのか。


「でもね、人間がサプリに使っても効果あるのに、夜が大変だから禁止になったって。どう言う意味なんだろ?

 ニュルニュルな魚のパウダー使ったオヤツのキャッチコピー的なやつかな?」

「えっ!? 効きすぎ……」


 試した人が居たのか……科学の進歩に犠牲者は付き物だし。きっと、眠れぬ夜を一人悶々と過ごしたに違いない。

 この世界にもウナギがいると……ね。






 

 






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