第33話 くっ! 回らねぇ!
もうすぐ定時の五時半、と言う時間に備品庫のヒゲオヤジ……ブルックさんが弟子を連れて部屋に来た。
「ラグム式ロースターの御披露目だ」
「もう出来たの!? ブルックさん、ありがとう!」
「作ったのはコイツだがな。ほれ、挨拶しろ」
「技術部のバントムです」
喜ぶミッシルさんに、今朝ゴツンとされていた弟子を紹介する。弟子の手柄を横取りすることは無いらしい。
それで何か問題があれば師匠が謝って、あとで弟子が絞られる。たぶん、そんな感じだろう。健全で結構。
「ミッシルです。これからもよろしくね」
「はい、こちらこそ」
顔を赤くするんじゃない。ミッシルさんは俺のものだ! ……ったら、いいなぁ。
うん、真面目に話を続けてもらおう。俺が入っても話にならん。
「この丸い筒、シリンダーを下に配置したガスバーナーで直接加熱します。熱くなる部分は赤色で塗装しています」
おー、それで目を引く派手な赤にしたのか。分かりやすいな。てっきり銀色のステンレスを想像してたよ。
「一番の問題は、シリンダーの隣でホイールを回すスライムの……」
「ラグム!」
「ラグムさんへの熱対策でした。
そこで熱を伝えないように、軸受け部には水冷装置を追加しました」
バントムさんが言う通り、軸受け部にホースを接続する金具が出ている。
部屋にある水道蛇口からホースを接続すれば良いんだな。それをミッシルさんが使うかどうか、だけど。
「シリンダーとハムホイールの間に板があるのは?」
「それは遮熱板です。水冷にするまでではなさそうなので、熱を伝えにくい素材を使っています。もし過熱するようなら、それも水冷式に変更出来ます」
うんうん、それなら俺が焼け死ぬことは無さそうだ。褒めてつかわすぞよ。
「この大きなホイールをラグムが回すのね。
ラグム、おいで」
ケージから俺を鷲掴みして出す様子を見て、二人が驚いたような顔をしたのは何でだろ?
直径40センチ、幅20センチのスライムホイールに俺をセットしたミッシルさんが、
「じゃあ、回しまーす!」
といきなり回そうとしたのをブルックさんが止めた。
「おいおい、使う前にクランプで固定してくれ。
そのスライム、2キロ近くあるんだろ?」
止めてくれて助かった! 俺を入れてホイールを回したら、絶対にこの装置がバタンと倒れてた。
「ホイールを外してハンドルに付け替えたら手回しも出来ます」
「それ、今朝引き取ったクラッシュ君のハンドルだね」
「クラッシュ君……あ、粉砕装置ね。
はい、使える部品は流用しています。台座部分はそのまま使っています」
なるほど、それで思ったより早く作ることが出来たんだね。若いのにやるじゃないか。
穀物粉砕機の隣にカマドウマロースターが設置されたところで、終業時間を知らせるチャイムが鳴った。
「試運転は明日だな」
「うん、楽しみ!」
えっ!? 今からやるんじゃないの?
まさかこの特務機関、残業ゼロの超ホワイト企業?
ニコニコと二人を見送ったミッシルさんは、ホイールから俺を出してそのまま籐籠にダイレクトイン。
一度も回すことなく、そのまま帰宅の準備を始めてしまった。ガンガン回してハイになるつもりだったのに、肩透かしを食らった俺の方がモヤモヤするよっ!
◇
その夜は俺が溶けるようなラッキーイベントもなく、普通に飯食って寝た……だけだった。
どうも食堂の連中から、『このおかしなスライムは下手に扱うと溶ける』と勘違いされている節がある。強く揉まれたり、過度な刺激を受けなければ溶けることはないと思うんだが。
それでも、敢えて何か一言とマイクを向けられれば、「ハムスターのように楽しくホイールを回した夢を見た」とでも答えよう。
スライムになっても精神構造は変わらない。つまり、俺の中の小さなスライム核が、人間の脳と同等の役割を担っているということか。
それなら同じ単細胞生物のアメーバやミジンコだって、俺と同じように感情や記憶を持っていてもおかしくなさそうだが。
翌日、朝食のオートミールをおでこに開けられた穴に流し込まれ、お約束のプチトマトも押し込まれる。
昨日のミルク粥に続いて、今日はこれか。
食べずにポ……ゴホン、味見もせずに人に食べさせるのは農家さんに失礼だろ。
◇
「ブルックさん、おはよー」
特務機関に到着するなり、ミッシルさんは備品庫へ向かった。
まだ始業前で油断していたと思うのだが、
「もう来たか。じゃあバントム、こっちは儂がやる。お前はロースターの試運転に付き合え」
と弟子を差し出した。
「ミッシルさん、おはようございます。
スライムさんは?」
「この籠の中だよ。寮に連れて帰ってるの」
「……そう、なんですか」
なんだよ、その含みのある間は。寮でも一緒なのかよ、みたいな視線を向けるんじゃない。俺とミッシルさんがイチャイチャしているとでも思ったのか?
残念だな。飼い主とペットの関係どころか、研究者と研究対象(仮)っていう健全な仲だから。
たまには、よくあるスライム的なお付き合いをしてみたいが、それをやったら確実に溶ける――どころか、幸せすぎて多分三回は死ねるぞ!
研究室に入ると、ミッシルさんは蜥蜴先輩達のお世話に入る。その間にバントムがカマドウマロースターの設置を終わらせるみたいで、テキパキと作業を行う。
イヤみな姑みたいにケチ付けてやろうと思ったが、非の打ち所が無かった。
八時半の始業のチャイムが鳴ってから、いよいよ試運転の開始となった。
「さぁ、ラグム! 今日は火の車のように走ってもらうわよ!」
借金で首が回らなくなることを火の車って言うのは、仏教から来てたっけ? この世界は多分仏教じゃないから同じ意味にはならないと思う。
尻に火が付いた、そんな感じの意味だろうと思って、とりあえず頷いた。
「……火の車……」
あれ? バントムが小声で呟くってことは……
「さあ、火ダルマになって走るのよ!」
悪化してるわっ!
それならまだ火ネズ……火の玉になって、と言われた方がほんの少しだけビジュアル的にマシ!
オレンジ色のハチマキを頭に乗せてからホイールにセットされる。
「じゃあ、ラグム、位置についてーっ!
ルーレットーっ!」
ハンカチを持った右手を上げると、僅かに溜めて、
「スター……」
俺は『ス』と聞こえた時点で小さく一歩目を踏み出した。だが起動するには俺の僅かな重心移動では足りないらしい。
「ダストっ!」
の声と同時に振り下ろす。
ダストでダッシュするのが正解だった?
よく分からないけど、マットの上で前方回転するように前に出る。これでもまだ重い。最初だけ回してくれたらラクに行けるのに。
「こらっ! しっかりしなさい! アナタのスライム道はその程度のものなの?」
そんな道、聞いたこともねぇし。
「すみません、最初は回してあげないと動かせないと思いますよ」
バントムが助け船を出してくれた。
お前、実は俺の天使か! 男だけど。
バントムが回してくれたホイールの中を前回りで進むと、軸受けがシャーっと小さな音を立てて回り続ける。
グルグル、グルグル
スライムコアはジャイロ効果で常に向きが固定されているから、体は回っていても核だけは姿勢制御されてるみたいに、ピタリと水平を保ってる感じだ。
「回転計を付ければ良かったわね」
「検討します」
断ってくれ! 絶対に無茶振りされるからっ!




