第30話 登ったのなら転がるのは当然
俺が少しずつ角度を上げていくナンドダロー♪君を攻略している横で、ブルックさんが弟子を連れて廃棄する穀物粉砕機を回収に来てくれた。ついでに届いたばかりの新品もサッと設置して帰っていった。
ブルックさんは俺が坂を登っている様子を目に入れないようにしていた。
何度か弟子が笑いそうになったところで、クチ押さえたり頭ゴツン。『見てません』のフリをしろ、と暗に言ってた気がする。
確かに研究内容や研究風景を外部に漏らしたら解雇されるだろうし。
傾斜している鋼板のサイズは長さが約70センチ、幅が20センチぐらい。
この試作品はツルツルの鋼板だけど、実物は道路に見立ててざらざらしたものを使うらしい。
格納状態の0度から、ミッシルさんはいきなり30度にセットしてスタート。そして小刻みに角度が上がっていく。
ツルんっ
研磨された板なら40度が限界か。肌や衣服の上なら、結構な斜面を登れたのに。ミッシルさんの脚を登れたのは、単に煩悩が働いた結果かも知れないけど。
気合いを入れればこの角度でも行けそうな気がするけど、何も馬鹿正直に全力を出す必要はない。
最大パフォーマンスの八割で合格だと自分の中で線を引く。
「鋼板登坂性能は40度ね。私の脚を登ったから、材質でかなり違いが出るってことね。
石壁、レンガ、木の壁、他の素材での実験も要求されそうだわ」
まさかスライムを戦地に送り込んだり、スパイ活動をさせる為に?
捕えられた仲間に手紙を送るとか、そう言う用途なら手伝っても良いけど。
「木の壁なら、材料は余ってるのがあるから切って使おうかな。
70センチ……うーん、メスじゃ切れない長さだわ」
普通の人なら1ミリも切れないどころか、その刃物を使うって発想すら出てこないから。
「私も剃刀にすれば良かったかしら」
ゲンサイ先生か……会ったことないけど、凄い達人なんだろうな。
でも、普通なら刀の達人が出てくるのに剃刀だよ。
刀より携帯性には優れるし、戦いになれば敵の喉を斬れば即死に追いやれるけど。
ちょっと武器としてマニアック過ぎない?
普段は散髪屋でもやってるのかも知れないけど。武器を決めるの、必殺・何とか人のノリなのかも。
敵の攻撃なんて、当たらなければどうと言うことも……って考えられる人じゃないとそんな武器は選択肢にすら入らないよ。
「登坂性能の次は、転がり試験よ」
そんなのメニューに無かったよね。今、思いついたんでしょ? それ、やる意味あるのかな。
「幅20センチの板を真っ直ぐ転がることが出来るか、確認します! 横向きに置いて、手を離すと」
玉ねぎの形に近いから、当然重心のある下側に転がるよ……お正月に回す駒が倒れた時のように動いてポテっ。
「ラグムっ! どうしてすぐに落ちるのよ?
根性見せなさい!」
いや、根性で物理法則を覆すのは無理だから。玉ねぎを坂に置いたら分かるから、試しにやってみてよ。
横向きじゃなくて、普通に置いて滑り落ちるようにしてくれたら真っ直ぐ進むはず。スキーのジャンプとかウォータースライダーみたいな感じになるからね。
「ラグムのケチ」
……ケチと言われて、頬を膨らませても困るんだけど。そのほっぺた、ツンツン突っつきたい。
「真っ直ぐ降りないとお昼御飯抜きにしちゃうよ」
それはダメッ! 今日だけは絶対ダメっ! 明日以降もダメだけど。
お昼御飯抜きにされるのなら、物理法則がなんぼのもんじゃっ!
ズルかも知れないけど、スラ皮の硬度を部分的に調整したらイケルかも。やってやる!
「二度目、行くよー」
そこから地獄のような落下試験が繰り返され、俺は遂に40度の傾斜を真っ直ぐ……ではなく、蛇行しながら床まで転がることに成功したのだ。
硬度、吸着力、摩擦係数、これらを微細に調整するスーパーテクニック! お陰で俺のスライム核が熱暴走寸前だよ。
「行けたっ! ラグム、凄いわっ!
でも……ごめん。良く考えてみたら、これ、利用価値の無い実験だったかも」
……やっぱりね。
ここで、キーン コーン カーン コーン とお待ちかねのチャイムが鳴った。
「お昼! きょうは月に一度のスペシャルランチ!」
ゴクリ……
鳴るはずのない喉が鳴る。
「取りに行くから、お留守番しててね」
と言って、何故か俺をナンドダロー♪君に乗せて転がしてから部屋を出ていった。転がされ損じゃん。
しかし、転がるのって慣れると楽しいな。
布団に巻かれてコロコロする海苔巻き遊びと似たようなものかも。
しかも体の状態を瞬時に変化させる訓練にもなる。もし体全体を硬く出来たら、ベーゴマみたいに回って遊べそうだし。
試しに吸着力を変えて、心臓破りの坂を登ってみる。
意外と楽勝だった。前側は滑りやすく、後ろ側をしっかり吸着させてストッパーにすれば尺取り虫みたいに進める訳だ。
この動作は、平地なら極端に調整する必要が無いだけで無意識にやっているかも知れない。そうでなければ、玉ねぎ形の生物が跳ねず、しかも変形もせずに移動なんて出来ない筈だから。
だから、スーパーテクニックなんて大袈裟に言ったけど、いつもの動作を意図して行ったに過ぎない……んだけど……
「ラグム……まさか、さっきの試験、手を抜いたのかしら?」
ドキッ!
声がしたと思ったら、いきなりミッシルさんに抱えられた。
検証するためにスラ核をフル稼働させていたせいか、ミッシルさんがそばに来たことに気が付かなかったのだ。
「悪い子にはお仕置きが必要だなぁ」
とセンパイがニヤリ。
それに続いてABコンビが、
「今日のランチ、ラグムは無しで良くないかしら?」
「そうね、オークの背脂揚げとブラックタイガーの骨だけで良いわね」
と悪い魔女のような微笑みを浮かべた。
「まぁまぁ、みんな、そこまでしなくてもいいわよ。後でラグムの訓練メニューを倍にするから」
お昼御飯抜きの刑は回避出来ても、訓練メニューが倍って……訓練? 試験じゃなくて訓練だったの?
それだと、これからダイエットのためにと言われて毎日走って荷物引かされ……そんな生活になっちゃうの?
ところでビアンキさんや。ブラックタイガーに骨は無くて、外骨格である殻だぞ。フライで骨があるのはチキンか魚かだ。
「テーブル片付けてね。お茶淹れるから」
「イエッサー!」
俺の疑問は届かず、着々と食事の用意が進んでいく。
「ラグムもおいで」
鷲掴みにされてテーブルの真ん中にドン。みんなの食べ残しを処理しろってことですよね?
「マックスフライ定食、オープン!」
赤い弁当箱の蓋がパカッと開いて、湯気と同時に香ばしい揚げ物の匂いが……鼻は無いけど、湯気に含まれる成分を解析! これは間違いなく、ラードで揚げたトンカツの香り!
成分量は少ないが、他にも推定だけどエビフライ?、芋、シシトウ、大葉、白身魚……まさにマックスフライ! この香り解析結果だけで御飯三杯いけそうだ。
ミッシルさんのお弁当箱の中を覗き込む。ソースの
掛かったカツが存在感を発揮する中で、俺の大好物のエビフライの姿が見えない。
大きく見えたのは魚のフライ。その隣に、何故か昆虫の素揚げも。
「では、良き隣人と共に、良き食卓を!」
定番の食事前の挨拶の後にグサッと四本のフォークがオークカツに突き立てられた!
エビフライはどこ? 何でみんな、それに気が付かないの?




