第3話 ゴブリンの恐怖
台風が通過したのか、森の木々を大きく揺らす風はもう吹かなくなった。これが都会の中なら辺りに空き缶や折れた傘が散らばり、テレビでは屋根にブルーシートを掛ける様子が放送されているだろう。
ひらりと落ちてくる落ち葉の行く先を見守りながら、身体に生じた違和感の正体を考える。
銀色の魔物の血肉は、この体を強くしたらしい。
先程まで吹いていた強風を受けても、転がらなかった俺の足腰からも明確にそれが分かる。
俺のゲーム脳がレベルアップの恩恵だと判断したが、真実はどうなのだろう。
スライムなどとは格の違うエネルギーを吸収したせいか、ドクンと体全体が大きく震えた気がした。
俺の制御下から切り離されたみたいに、核の回転率がゆっくり速くなり、全身に物凄い熱を帯びたような感覚に襲われる。
(こ、これっ……オーバークロックで熱暴走?
それとも、強制アップデート?
ど、ど、ドント・シンク! ヒート・シンクっ!)
スライム核の処理が、俺の意識を置き去りにして加速していく!
そして……一瞬かも知れないし、結構な時間が過ぎたかも知れないが、俺は意識を失っていたようだ。
(何が起きた?)
ポヨ……と一歩踏み出してみると、予想外に早くズルリと進んだ。調子に乗ってズルリズルリと進んでみると、前の木にぶつかりそう。
どうやら運動機能が強化されたようだ。
出来ればポヨン、ポヨンとジャンプしながら進めるようになりたかったのだが、そこまでのサービスがないのはケチだと思う。
暇がある時にクレームの窓口でも探してみるか。
風に転ばされなくなったとは言え、ジャンプも出来ないスライムの初期段階だ。
今のままだと、ゴブリンに出くわしただけでも命取りに成りかねない。
だから少しでも早く成長を遂げないと、俺の命の保証が出来ないと神様は分かっているのだろうか?
この微妙な成長にモンモンし、これからどうしようかと思案していると、何かの音が近寄ってきた。
ハッキリとは聞き取れないが、まるで会話をしているような幾つかの声だ。
暫くして視界に入ったのは、人にしては不恰好な体型と、気味の悪い頭の作りをした魔物達であった。
棍棒で武装しているが、防具どころか腰ミノさえ巻いていない。
コイツらは恐らくゴブリンであろう。
あの銀色の動物が倒れていた場所を指差しているので、血の匂いに誘われてここに来たと言うことか。
だが目的のブツはない。そこに居るのは、色は違えど見慣れたスライム一匹なのだから、混乱しているように窺える。
その三匹のゴブリンがピギャピギャと会話をすると、おもむろに棍棒を振り上げた。
そして俺に向かってドスドスと走りよって来た。
遊んで欲しい、そんな表情には全く見えないのは、不気味な顔をしているからだけでは無さそうだ。
エイッ!の掛け声に相当するのか、グギャッ!と叫んで振り下ろされた棍棒を軽くサイドステップで回避した……つもりだが、脚?がズルっと横滑りを起こしただけぽい。
それから反撃。向かう先は棍棒を振り下ろしたばかりのゴブリンの土手っ腹……と行きたいが、そこには届かないので足首辺り。
まん丸ボディの突進がどれだけのダメージを与えられるか不明だけど、今の俺に出来そうな攻撃はこれだけだ。
声には出せないが、ハッ! と気合いを入れて体当たりしてみる。想像以上に大きな衝撃が体全体に伝わった。
それとついでに何か引き抜くような音も耳に入る……俺に耳があったのか……などと疑問を持つことはない。
そう言うスライム初心者がやるアレコレなら、いちいち言わないだけで夕べのうちに終わらせてある。
俺の耳はかなり良かったみたいで、雑音を拾い過ぎて寝るに寝られなかったんだ。だから必死こいで耳栓したんだよ。
やり方は視界を塞ぐのと同じで、視界のカーテンの上に更にカーテンを重ねる感じだね。
それはさておき、俺の体当たりを受けたゴブリンは弁慶の泣き所の側面辺りを痛そうに押さえ、何か叫んでた。
足に付いている丸形の痕が、俺の体当たりした場所だろう。どうやらそこだけ……あぁ、なんてこった……脛毛が抜けてツルツルになったようだ。
手応えは……あった。だが、それは物理的なダメージではなく、粘着力の極致だったらしい。
と言うことは、俺のおでこに生えた……毛は……汚ないってっ! こんなの、ポイだ!ポイっ! 腹立つわ!
それを見て俺には勝てないと判断した一匹がクルリと方向転換、そそくさと逃げていった。お前の敗北判定の基準が分からん。
敵が一匹減ったものの、(毛が)無傷の一匹は逆にヤル気満々で棍棒を振り下ろしてきた。
ドスッ!
大振りな一撃は横に滑って回避したが、そこから二匹のゴブリンがムキになってドスドスと何度も振り下ろしてくる。ちょっと楽しそうでうらやまし……?
アホなことを考えたら一発受けたが、軽い衝撃が来るだけで大して痛くなかった。ただ、食らった後は動きが鈍るみたい。
それに何度も殴られると、パンチドランカーになるかも知れないし。
棍棒を回避し、ヒットアンドアウェイでゴブリン達の足の毛を綺麗に掃除。これを何度か繰り返すうちに二匹の脚がツヤツヤになって……冷静になった俺はそれを見て逆に吐け気を催す。
(キショッ!)
このままビューティークリニック戦法を続けても埒が明かない。
脱毛攻撃の代わりに足首に体当たりをしてみたが、悲鳴の一つもあげやしない。それならスライムらしく酸チェック攻撃を……ここは有名な鋼鉄の巨人にあやかって……いや、いまだ、出すんだ! ブリスル……発射!
気合いを入れ、極少量の体内の液体をスライムスキンに高速で衝突させ、ハリセンボンのように尖らせる。そして全力でゴブリンにダッシュ!
ペチョン……
なに、この何処かの国の人名みたいなオノマトペ……所詮付け焼き刃のスパイクなんてモールで作った毬栗と同じってか。
ん? さっき逃げてったゴブリン……? 何か知らんが、仲間をたくさん引き連れて来たけど……たかがスライムに……
アタッ……
ちょっ! 考え事してる時の攻撃禁止っ!
ひーふーみー……たくさんたくさん居る……スライム一匹相手に何人連れてきたんだよっ!
ドゴッ!
えっ? 俺を攻撃していたゴブリンが援軍と思われたゴブリンに容赦なく殴られた。急に仲間割れしてるよ、なんで?
おもむろに一匹のゴブリンが、俺を鷲掴みにして、左の脇に押し当てた。
……ん?
しばらく当ててからゆっくり剥がし……脇を確認して何か納得したらしい。
俺を持ち替えて反対の脇に……これってつまり……まさか……無料脱毛マシン扱い?
背後を見れば、ゴブリンたちが順番待ちの列を作ってて……ふざけんな、誰がエステティックスライムだ!
物理的ダメージはないけど、俺のなけなしのMPが! ゴリゴリ、ゴリゴリと削られていく……ような気がしてきた――。




