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第27話 俺の家の為に決断

 可愛い顔であーん、と言われても。

 俺のオクチ、理由は分からないけど、人差し指ぐらいの大きさしか自力では開けられない。

 さっきはカマドウマが衝突して、無理矢理変形させられたから、オクチあーんじゃなくてどちらかと言えば粘弾性って言うのかな? そっち方面は詳しくないから分からん。

 ようはメチャクチャ柔らかい偽物の低反発枕みたいな感じ。そんな物が本当にあるか知らんけど。


「トラネコさん、ラグムのクチを思いっきり開いてくれる?」

「えっ?」

「今開いてる穴を、指でぐいって。このカマドウマ入れるので」

「それ、大丈夫です?」


 お兄さんの顔がひきつってる。可哀想に。俺も顔があったら絶対ひきつる。だってお目目が右往左往してたし。


「うん、柔らかいから大丈夫だよ」


 多分、トラネコ宅配便のお兄さんの言ってる大丈夫とは意味が違うと思うよ。でも勘違いは面白いから黙ってよっと。

 人が焦ったり困惑してるの見ると、不思議と落ち着いてくるのは何故だろう?


 ミッシルさんの手の中で活きの良いカマドウマが暴れている。


「早くして!」

「分かりましたっ!」


 顧客の要求に応じなければクビにでもなるのか、顔を青くしながら俺が開けたクチに指を引っ掛けてぐいっ!


「横に伸ばしただけじゃダメよ、縦にも広げて!

 この子を入れるの!」


 ミッシルさんがお兄さんにカマドウマを付き出した。前肢が鼻をさすったみたいで、ヒィッと悲鳴をあげる。多分、この人は今後ミッシルさん宛の荷物には触れなくなると思う。

 それでも必死で俺のオクチあーんを続け、

「入れるよっ! 言うこと聞きなさいっ! えいっ!」

と無事に……何と言うのか。


 俺の中にでっかいカマドウマ……このモゾモゾするのはなかなか慣れないよ。

 それと、俺を無理矢理変形させたお兄さん、顔が青くなってない?


「このケージに入れるんだけど、先に一匹入ってるから。トラネコさん、蓋を少し蓋をずらして。

 私が隙間から中に入れるから」

「はい!」


 こうしてトラネコのお兄さんの協力により、無事に一つのケージに二匹のカマドウマが入った。

 胸ポケットに可愛い寅猫のマスコットが書いてあるから、トラネコさんか。


「次に共食い防止に動きを鈍くするわよ」


 麻酔なのか何か知らないけど、霧吹きでシュッシュッとやると二匹の動きが少しずつ鈍くなっていく。

 液の触れたところだけ、温度が下がってる?

 虫は変温動物だから冷やすのは有効だけど、即効性が凄いな。


「完了っ!

 君、なかなか良い手際だったよ、ここで働かない?」


 始終手が震えてたの見えたと思うけど、ミッシルさんの励ましなのか、それとも社交辞令なんだろう。

 お兄さんが木箱の蓋に封じてあった納品書を剥がして手渡してから、バールで蓋をこじ開ける。


「けっ、結構です! それより、納品チェックをお願いします!」

「うん、分かった。出して」

「じゃあ、一つ目が製菓用ボウルです」


 ミッシルさんが受け取ったボウルをコンコンと叩いたりして確かめる。


「二つ目、やかん、です」


 これは外観検査だけ。


「次がコーヒーミル」


 グルグルと回してハンドルを回して納得がいったらしい。ちらりと見えた外装がステンレスじゃなくて銅製かな? 少し高級感がある。


「次が、少し大きいですが……手挽きの穀物製粉機。これはクランプで固定するタイプです。

 どこに取り付けますか?」

「あ、それは今付けてるやつを外して使うから、端っこに置いといて」

「分かりました――次が最後、花を乾燥させた物……ウィステリー? この辺にはないものですね」


 最後にドライフラワーか。ミッシルさんも女の子だし、そう言うものに興味があってもおかしくないか。


「はい、注文書通り受け取りました。受領書に……サインね」


 これで納品は完了だね?

 それなら俺をカマドウマのケージから出して欲しい。


 これで仕事が終わったとほっとしたのか、トラネコのお兄さんが部屋を見渡す。


「カマドウマが五匹も……」


 うん、それに気が付くと、誰でも顔がひきつるよ。俺もそうだったし。四つのケージに五匹のカマドウマ、プラス俺。

 激突死防止用のクッション材は透明だから、中の物が見えてしまう。ミッシルさんからすれば中を確かめやすいから都合が良いのだろう。


「あっ! たいへん! 一号の脚が取れてるっ!」


 慌てて何かの瓶を棚から取り出し、カマドウマの入ったケージに向かうと蓋をずらして液体をぶっかける。一号とは、俺が捕まえたヤツのことだ。


「それは?」

「ヒールポーションよ。

 気休めだけど、これで痛みは無くなるはず」

「とてもお高いんじゃ?」

「そうなの? 買ったこと無いから知らないのよ。それに経費で落ちるから大丈夫」

「そうですか……ハハハ」


 分かるよ、そのなんとも言えない理不尽を突き付けられた時の気持ち。

 だけど、俺が喋れるのなら、その高いヒールポーションをウォータージェット加工機に使おうとしていたことを教えてやりたい。


「でも欠損した肢は再生しないのが残念なのよね」


 ミッシルさんが一号と呼んだカマドウマの前肢を手に取ると、テーブルに移動する。


 目の前にはボウル、ヤカン、コーヒーミル、そしてドライフラワー。花は飾りだとしても、お菓子を作ってコーヒーを飲む気満々に思える。


「あっ、そうだ。重たい荷物を運んでもらったお礼。

 何か飲む?」


 ミッシルさんの右手にはコーヒーミル、そして左手には前肢……


「いえ、お構い無く! それでは、ありがおーございまひた!」


 まともに挨拶も出来ないまま、トラネコのお兄さんは慌てて研究室から出ていった。


「そんなに忙しかったのかな?

 ノルマとか残業規制とかあるのかも……ノルマか……ラグムっ! ファイっ! 何か頑張らないと!」


 俺に何をしろと? 協力出来ることはやるけど、何やるか指示してくれないと。

 ここは研究所だし、ミッシルさんにもノルマがあるってことが分かったけど、俺を研究してどうするつもりだろ?

 メルビス女史に直接意図を確認した方が良いと思うけど。それとも、単に俺の延命措置って意味で特務機関に預けたのかな? 偉い人達の考えは分からんね。


「さて、じゃあカマドウマの救出が終わったから、次は熱処理……と行きたいところだけど……糞を出した方が品質が良いらしいのよ」


 つまり、カマドウマ達は出荷前の豚みたいに、腹が減っても餌が貰えない……食えないって辛いよな。


「と言うことで、ラグムに貸してるケージをカマドちゃん五号に明け渡して!」


 共食い防止の為には仕方ないよね。うん、いい……じゃあ、その間、俺の居場所はっ!?

 また溶けてタッパーに入ってくれ、とか言わないよね?


「ダメかな?」


 可愛く聞かないの! もぅ、あざといんだから。


「そうだ、五匹居るから一匹だけローストしよっ!

 それならラグムのお家を取られずに済むから」


 ウンウン、それなっ! ……いや、俺、この透明なケージを家だと認識してたの? 


「一号の前肢が取れてるから、その子を使おうかな」


 えっ? さっき一号にヒールポーション、使ったばっかりだよね? 怪我するのは可哀想だけど、即死なら問題無いと?

 まぁ、相手が昆虫だから倫理もR15も関係ないだろ。


「あ、経過観察したいから、やっぱり一号はそのままにしておくわ!

 ラグム、二匹のうちに一匹、首締めて」


 俺? 無理だよ、俺は虫も殺せぬスライムだから、物理的に。


「本当はこんなことより、ラグムの体力測定をしたいのに。この作業、誰もやってくれないのよね」


 それは他の人の判断が正しい気がする。俺だって自分の仕事そっちのけでカマドウマと戯れるのはゴメンだよ。


 ミッシルさん、そんな愚痴を溢しながらも新しい道具を戸棚に仕舞う。ちらりとヤカンやボウルが見えたけど、ピカピカの銅製だった。めっちゃ高そうな品だ。経費で落とせるからって、わざと高級品を買ったんじゃないよね?


 俺が躊躇している間に、ミッシルさんが蓋を開けてスパッとメスを閃かせる。

 物言わぬ骸となったカマドウマを革袋に入れ、タッパーを確認すると、

「食堂に行くよ」

と、良い笑顔で言った。


 まさか、料理してる隣でこんがりローストするつもり?

 カマドウマのローストって、どんな匂いか知らないけど。

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