第26話 受難の人
ミッシルさんが研究室に入ると、真っ先にカマドウマごと俺を大きなケージに入れた。
四方の壁には透明だけど、柔らかな素材が貼られていて、カマドウマの自爆による被害を軽減する効果があるらしい。あくまでも軽減だ。
「もういいよ……ラグム……中に出して」
……ゴクリ……じゃない!
出すのはカマドウマっ! もうみんな、ミッシルさんのこと知ってるっ! この子は発言が天然危険物!
おクチの蓋を……蓋と言うのも変だが……脱走防止用に変形させていた部分を消して、カマドウマをポイぽいっっっ!
ポテンと俺から排出、と言うよりドッキング解除されたカマドウマが、今度は怒ったように玉ねぎ形に戻った俺にガジガジと噛み始めた。
恐らく敵認定であって、玉ねぎ形だからと言って餌認定ではない……ただし確証はない。
だって少しずつだが俺の皮を噛み千切ってるんだし!
無駄にガタイがデカイだけに、立派なアゴをお持ちのようだ。人の手で捕まえようとすれば、恐らく出血騒ぎになっただろう。
「ミッシルさん、居る?」
ドアがノックされ、「ハーイ、どうぞ」と軽く応えて迎え入れたのは、典型的な掃除のオバチャン……ゴム手袋にエプロン、頭に白い三角巾、このイメージだな。
「カマドウマがホイホイに掛かってたから持ってきたよ」
「わっ! 今日は大量ね。さっきうちの子が一匹生け捕りにしてくれたのよ」
「うちの子? そのミドリの丸いのが……かい?」
「うん、一昨日からお世話してるのよ。とってもお利口さんなの」
「ほぇぇ、見掛けによらないもんだね。うちの馬鹿息子達に見習わせたいもんだね。
じゃあ、後は任せたよ」
そう言ってホイホイを二つ残してオバチャンが出ていった。
ノーマルサイズより高さが五倍はありそう。これならモルモットでも捉えることが出来そうだな。
「ホイホイはラクでいいけど、糊の処理が面倒なのよね」
確かにそうだ。カマドウマをパウダーにするなら、ホイホイから一度剥がす必要がある。だが、無理矢理剥がすのは解体作業とほぼ同意義。
俺の捕まえたカマドウマはホイホイを迂回して廊下まで侵入してきたのか。
「ミッシル、お土産持ってきたよ」
少し間を置いて、エイドリーが返事も待たずに入ってきた。
「ネズミ捕りにカマドウマが引っ掛かってたから持ってきたよ。
廊下を高速で移動してる何かが居たから、念のためにネズミ捕りを設置したらビンゴだったわ」
うん、そのネズミって多分スピード違反のことだから。
――ちょいと待て。この施設、どれだけカマドウマに好かれてるんだよ? 今朝だけでもう四匹っ! これから捕獲の為に、俺が呼び出されないか心配になってきた。
余っているケージにクッションを貼ってからカマドウマを投入。生け捕りは後が面倒だ。
エイドリーと入れ違いにセンパイが入ってきた。
「おーい、ミッシル、俺も捕まえたぞ」
センパイ、素手でかよっ! じゃあ、さっきの俺のバトル擬きの苦労はなんだったんだ!
ミッシルさんより先にセンパイが見付けていたら、俺の出る幕は無かったのに……違う、出る必要が無かったのに!
それより、これだけ捕まえられたらケージが足りなくなったんじゃない? カマドウマは共食いするから、一つのケージに一匹しか入れないと思う。売り物にするから尚更ね。
「しっかし、コイツ、すばしっこいな。捕まえるのに苦労したぜ。次からラグムに任せるわ」
次からは俺がセンパイに任せたいよっ!
◇
ミッシルさんがホイホイに掛かったカマドウマを救出するため、暴れないように俺を竹筒代わりに噛ませることに決めたみたい。
棚から油、ハケ、それにベビーパウダーみたいな粉を用意して、テーブルを汚さないように布で覆う。
テーブルにホイホイを置いてから俺をグァシャッと掴むと、カマドウマの真ん前にポンと乗せたのだ。
確認されなかったけど、俺がホイホイの糊にくっつかない前提だったよ。試してみたら、確かに接触吸収で剥がせたけど。
「カマドウマに掛からないように、避けて天花粉をパラパラと散らして……はい、これで糊の被害拡大防止と。
次に、サラダオイルで糊を溶かして……対象がこれだけ大きいと、作業がラクだわ。
それに前は噛まれないように皮手袋が必須だったけど、カマドちゃんがラグムを噛むのが好きで助かったわ」
どうも彼女は俺の皮が少し減ったことに気が付いていないらしい。
でもよく見てみると、昨夜の鶏皮スープが効いているのか、皮の修復が早い気がする。これからもコラーゲンは積極的に摂取しよう。自分で食事内容を選べないのが問題だけど。
それより可愛くカマドちゃん呼びして欲しくない。
そう呼んで良いのは、某銘菓の老舗菓子店だけだと俺が今決めた。
それから淡々と救出作業を進め、
「よし、一匹目完了と。
あ、九時! お弁当の注文!」
それっ! 今日のマックスフライの為に、俺は生き延びてきたんだよ! オークカツにブラックタイガーフライ!
タイミング良く、ジリジリと黒電話が鳴った。俺をテーブルに置いて、パタパタと電話台へ。
「はい、ミッシルです!……うん、今日はBランチのマックスフライ定食大盛りです! 出来ればラグム用に追加を……それなら何でも……良いんですか?
ありがとうございます!
リンゴもお願いします……ハイ、それでお願いします!」
俺用のマックスフライ! ヤッホーっ!
テンション上がってきた! これなら体力測定でも何でもやってやるぜ!
「もう一匹の剥がしが終わったら、ラグムの能力検査に移るね。さっさと剥がすわよ! 噛ませスラ、お願いね」
比喩じゃなくてリアルに噛まれてるけど、噛ませ犬みたいな呼び方……噛ませ犬役の主人公が強敵を打ち破る、胸熱ストーリーだったら喜ぶところだよ。
そんな予定は俺には無いっ! 平穏無事が一番だ。
剥がし作業中にドアがノックされた。
「ミッシルさん、お届けものです」
「あ、どうぞ中へ入ってください」
「分かりました」
木箱を持って入ってきたのは、まだ若い宅配便の男性だ。
冒険者の天馬の二人は面会室止まりだった。
なのにこの男性は研究室に入れるのだから、ただの宅配便屋ではないだろう。
また誰かがカマドウマを持ち込んだのかと予想していたが、期待が外れて少し残念――俺、この特務機関に毒されて……馴染んでるのかも。
「内容物の確認をお願い出来ますか?」
「少し待って。今、大事なところなんで」
「はい……それ……えっ? ……うそっ!」
テーブルの上のブツを見て腰を抜かしたように倒れこむ。随分わざとらしいリアクションだな。ミッシルさんに構って欲しいんだろ? お前には渡さんよ。
「初めて見る人は大体そうなりますよ。
生け捕りなら買い取りますので、お店に戻ったら伝えてください。慣れたら素手でも捕まえられますよ」
「……えぇ、伝えます……」
きっと研究員、怖えと思っているに違いない
「慣れれば、この触覚とか可愛く思えるようになりますから」
それは可愛い、ではなく何に使えるか? と常に考えている研究者魂がもたらす幻覚だから。
「取れたっ! ラグム、ありがとう!」
スラ皮を噛まれた分は、お昼御飯で回収させて貰うから大丈夫!
「じゃあ、ついでにハイ、オクチ、あーんしてね」
えっ? ……聞き間違い?
「はい、あーん」
間違いない。いつものにこやかな笑顔、無自覚の強迫。くっ、眼鏡美少女研究員なんて反則だっ!




