第25話 出勤後にバトる?
「さて、そろそろ寝るか」
ミッシルさんの部屋でどうでも良い話をしながら時間を過ごしたセンパイ達が、ぞろぞろと出ていく。時刻は十時半。
「私も寝るわね。ラグムは自分の寝床へゴーっ」
ボウルに入ったまま飼育部屋に運ばれると、傾けて転がされる。
「スライムって扱いが楽でいいわね。上下ないんだもの」
言われてみれば……キャットタワーの天辺に置かれた俺は、いつもの玉ねぎ形に戻っている。不思議なものだ。
ウニやミミズにだって上下はあるのにさ。それに単細胞生物だって。
アメーバ大先生が球体だったら、スライムだけがおかしな扱いを受けずにすむのに。
そんな考えごとをしている間にミッシルさんが部屋を出ていった。
聞こえていた会話の内容から、普段は風呂には入らず濡れタオルで拭いておしまい……らしい。
俺が人間だったら、毎日お風呂文化をもたらしたのにっ!
照明を消されて部屋は真っ暗。仕方なくそのまま目を閉じた。
◇
「おはよーっ!」
ミッシルさんに持ち上げられるまで、ずっとじっとしていたらしい。誰かに触れられるとちゃんと感覚は伝わるのに、熟睡モードに入ると全然気が付かなくなる。野良で生きていたら、これは致命的。
保護してもらう前まで、爆睡した記憶もない。森の中で迷子になって、さまよってただけだし。
ミッシルさんは俺を軽くモミモミした後、先輩達のケージを掃除。毎日一人でやるのは大変でしょ。でも何だか楽しそう。
今日はヤモリと蜥蜴、二匹の先輩と同時に床に降ろされ、コオロギまみれにされてしまった。俺のボディーカラーの緑色は、コオロギには草陰に思えたのかも。どう見ても不自然だろ、空気読めや。
先輩二匹が食事の後に、俺と床のわずかな隙間に潜り込むし。こそばゆいだろ。
夕べは双頭蛇のスネータ先輩と同席させられたから、きっと交互に交流を持たせるつもりなのだろう。
ミッシルさんは、爬虫類には気遣いの出来る飼い主です! はっ! 爬虫類にも――うん、バレてない。
掃除が終わったら食堂で朝御飯。主食はパンではなく、リゾット!
……でもなく、ミルク粥かよ。
確かにこれが出てくると、北の大地のコンビのツッコミ、○○か! と言いたくなるのが良く分かる。
何故、白米をこんな形に……これじゃないっ! でも流し込まれた分はきっちり昇華。
おかずはベーコン、スクランブルエッグ、レタスとトマト。食パンがあればBLTサンドが出来るのに、何でミルク粥っ! まぁ、俺のオクチのサイズじゃサンドは食べれないけど。
真っ先にセンパイがトマトを俺のオクチに突っ込む。この青いトマトゼリー、半熟か……食うけど。
朝を食堂で食べない職員は、代わりにパンを受け取って出勤するようで、満席だった夕食の時と違ってガラガラだ。パンをクチに咥え、片道三分の道のりを走ることで、曲がり角での出会いを求めているに違いない。
「ミドリちゃん、元気になったかい?」
昨日のG勘違い事故を起こしたオバチャンがテーブルに来ると、
「夕べの士官用メニューのお残しだけど、手付かずのだから良かったらお食べ」
と、煮凝りか何かをお皿に乗せて持ってきてくれた。
「ありがとうございます!」
ミッシルさんに倣って俺も感謝の意を表すべく、軽くその場でジャンプ。
「あら、怒ってるの?」
逆っ! 空気、読んで!
その後、お皿にダイブして無事に蒸し鶏入りゼリー寄せをゲット出来た。ゼリーみたいな俺がゼリーみたいな料理を食べる姿が面白いのか、テーブルの周りに見物人が並ぶが無視無視。
接触吸収しながら、ミッシルさんがスプーンで運んでくれる料理をオクチあーんであっという間に食べ尽くす。
クチに入れるだけで溶ける、と食レポで耳にするが、接触吸収でも残さず食べることが出来るこの料理は最高だな。蒸し鶏をセンパイに横取りされたので、次からセンパイの投下するトマトは拒否しよう……覚えていたらね。
この調子なら、明日は豚足がオヤツかな?
◇
それからバタバタ準備をして、管理人さんに、
「行ってきます」
と挨拶の後、寮を出て僅か二分ほどで特務機関に到着。
「先に集配室に餌を受け取りに行くよ」
研究室で世話をしている、ごく普通の蜥蜴先輩達の餌だろう。
リーン リーン
今度は鈴虫か。毎回コオロギだと飽きるのか?
見た目はさほど変わらないと思うけど。
「あっ!」
と驚いたように声をあげたミッシルさんが籠を廊下において俺を取り出す。
そして壁際を指差し、
「あれ、カマドウマっ! 捕まえて」
と俺を猟犬扱いだ。きっと蜥蜴の餌にするに違いない。カマドウマなら実家の土間によく入り込んでたから、捕まえて遊んだっけ。
それにしても、今朝見たコオロギよりかなりデカそうだな。
距離は思ったより近い? ソロリ……おかしい、遠近感が何か違う。
ソロリ……スライムレーダーによる捕捉では、ターゲットまで約九十センチ? ……なのに、もっと近くに見える……何かおかしい。
ソロリ…… ちょっとっコレっ!
距離感がおかしいんじゃない、サイズがおかしいんだよ!
だって、あのカマドウマ、頭からお尻までの長さがミッシルさんの手の平ぐらいありそうなんだ。
どう見ても日本のカマドウマと違う!
俺と比べたら……体の半分はある。まさにキングサイズ。しかも飛べないぶん異様に発達した後ろ脚……まさに昆虫界の突撃王と呼ぶに相応しい。
まさか安全だと思っていた職場に、このような敵が潜んでいたとは。
「壁にぶつかって自滅させないでね!」
はっ? 追い払って自爆させたら良いでしょ。
「大きすぎて蜥蜴君達の生き餌にはならないけど。
その子、パウダーにすると良い値が付くから生け捕り最高」
この人、商売人だ! 思ってたより実利的!
仕方ない、気合いを入れてやります――
「おっ! ジャンボカマドウマか」
ここでセンパイが登場。助けて!と目で合図。
「生け捕り失敗してスプラっても、ラグムが綺麗にしてくれるから、ラクで良いな」
センパイに視線が通じるのって胸を見た時だけ?
「君に決めたわっ!
行けーっ、ラグム!」
行けと言われても……もう目の前だし……複眼に俺が映ってるし……後ろ脚がギギギって鳴って――
ダンッ!
(く)
ヒュンッ!
(るっ)
ポヒョン!
いってぇ! そこ、核っ! 一番デリケートっ!
痛くはないけど、今の頭突きで核が背中の皮まで動いたぞ……びっくりしたぁ。
それに、俺がスライムじゃなかったらお前、頭から血を流して死んでるからな。
センパイが指でやるように、俺のどてっ腹に穴を開けてめり込みやがった。しかもキングバッタサイズっ!
F=maかなんか知らんが、この手の技って速けりゃ速いほど攻撃力が上がるんだよな……こらっ! そこ、中でモゾモゾするな、気持ち悪い!
……ん? どてっ腹に穴、なんてレベルじゃないよ、これ。
何て言やいいのか……野球のグローブと、キャッチされたソフトボールみたい?
核への衝撃を、スラ皮とスラ液で分散出来たのは良い、でも強制変形され過ぎて気分が悪い。
――脳内の『妄想コンソール』にパニック警告。
『警告:内部キャビティにキングバッタサイズを装填。保形ルーチン最大負荷』。
くそっ、出したい! でも出したらまた切られるかも、あのメスで!
『思考ルーチン:強制パッキング・改』を起動!
これなら、包み込むようにして物理的な『圧力』を掛けられるかも。
グローブで握り込むように容積を絞れば、カマドウマの動きを強引にホールドできそう……でも……どアップで見たら気持ち悪いしっ!
「ラグム、ありがとう! さすがね!」
「ああ、見事なブリーダーとモンスターだな。リーグ制覇も夢じゃないかもな」
センパイ、それ、何のリーグだよ?
「じゃあ、そのままオクチに入れたまま溶かさないでね!」
そう言って俺を籠に戻し、機嫌よく研究室へと向かうミッシルさんであった。
ウウウ……まじ、動くのやめてくれ……くすぐっ!
噛むなっ!
……あー、気持ち悪い。カマドウマのくせして、俺の核をヘッドバッタすんなっ!




