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第23話 卓上の完全犯罪

 薄い紫色のシャツ、黒のミニスカート姿のミッシルさんが部屋に入ってくる。


「晩御飯だよ。行く?」


 勿論さ!

 差し出された手にスス……スと一瞬戸惑う仕草を入れて移動する。これなら条件反射で手に乗っただけと思われるよね?


「食堂に入ったら、最初に石鹸で手を洗う規則だから。ラグムは全身洗ってあげる。

 洗わなくても綺麗なのは分かってるけど、こう言うのって気にする人も居るの」


 それ、俺が食堂に入った瞬間、

『何てもん連れて来たんだ! 拾った場所に捨ててこいっ!』

て怒鳴られる未来が見えるんだけど。


 一般的にはトイレ処理係認定の魔物だから。不安しかない。


「よっ、ミッシルは彼氏連れか。妬けるねぇ」


 廊下で男前のセンパイと会う。ここが女子寮だから薄着なのは分かる。分かるんだけど。

 その胸元、俺の理性がもたない。カーディガンか何かで隠してほしい。

 ……無理? 隠れない?

 じゃあせめて、Vネックじゃなくてボートネックにしてくれ。


「うふふ、ペットは禁止でも実験動物なら持ち込み可ですから」


 その線引き、喜ぶべきか、悲しむべきか。

 出荷されてく牛を見送りながら、『美味しくなぁれ♡』と謎の呪文を唱える酪農ギャルポジションじゃない?


 俺の立ち位置がペットに決まれば、この寮には居られなくなる可能性が大。でも生き永らえる安心コース。

 実験動物なら、これから先に何回ゲンサイさんの剃刀のお世話になることやら。しかも最後にはバラバラになる公算大だし。


 もしそうなったら、ミッシルさんが相手でも押し倒して逃げる覚悟だ。

 生き延びるためなら、四の五の理由をつけて善人ぶるつもりはない。エロ漫画みたいな手段を選ばざるを――

 おっと、楽しいディナータイムの前に考えることじゃない。

 先輩が変なこと言うから、おかしなスイッチが入ったじゃん。早いとこお手て綺麗綺麗してもらおう。


「あ、ラグム連れて来たんだ」


 エイドリーとビアンキのコンビが先に来ていたようで、エイドリーがそう声をあげた。

 そこで先にテーブルに座っていた人達がミッシルさんに視線を注ぐ。自然と緑色の俺に視線が移動する……気まずい雰囲気が漂い始める。


 ミッシルさんはそれを気にすることなく、軒下に作られる燕の巣みたいな形の手洗い場に立つと、俺を銀色の流しに置いて水をジャバっと浴びせる。続けて液体石鹸を身体に掛けて揉み洗い。


「楽しそうだな」

と、センパイも横から参戦して酷い目に逢ったが、今回は溶けずに済んだ。


 その様子を見てか、俺に集まっていた視線が霧散する。まさかこの食堂では、胸のサイズで序列が決まるのか?

 それなら毎日このセンパイの胸を、手を合わせて拝まねば――俺、何考えてるんだか。

 こういう人ほど、実は良い所のお嬢様ってオチなんだ。知ってる。


「ほら、綺麗になった。いい子ね」


 ミッシルさんが満足げに頷くと、シュッとペーパータオルを一枚引き抜いて俺の体を包み込む。ギリギリ収まるサイズで良かった。


 特務機関に緑色のスライムが研究対象として運び込まれたことは、どうやら周知の事実らしい。ミッシルさんが引き受けたのなら、と納得する声がちらほらと聞こえる。


「こんなところに連れてきて大丈夫かしら?」

「トラブルを起こせば追い出されるわよ」


 そんな声もごく一部に混ざっていたが、だからと言って強く出てくることもない。出来た大人の集団と言って良さそうだ。

 ここが冒険者ギルドでミッシルさんが冒険者だったら、間違いなく『スライムなんか連れてきて』と馬鹿にされるシーンだっただろう。


 手洗いの後は、トレイを取ってレーンに並んで次々と料理の盛られた皿や器を受け取っていく。


「ラグム、トレイの上だとお皿が置けないわ」


 ……確かに。モソモソとミッシルさんの腕を伝い歩きして肩に乗る。接触面に応じてある程度は形の変えられる体なので、そう難しい芸当ではない。


「ありがと!」


 パンが乗ったお皿を渡す食堂のオバチャンが微笑ましそうに俺を見ていた。

 先輩の後ろを歩くと、エイドリーとビアンキコンビの座るテーブルに座ることになった。

 これから二人のことは『ABコンビ』と呼ぶことにしよう。


「まさか、ここまで連れて来るとは思わなかったわ」

とビアンキが俺を指で突つく。

 テーブルに着いたら、センパイが俺をミッシルさんの肩から降ろしてくれたのだ。

 明らかに苦手食材の処理班として期待されている。


 メニューは肉じゃがみたいな煮物、これは恐らくポトフ、オニオンスープ、キャベツのコールスロー、細長い魚はオイルサーディン?

 それにパン。パンはおかわり自由らしい。

 飲み物はお洒落にハーブ水。


「じゃあ、良き隣人と共に、良き食卓を」


 いただきます、に代わる言葉かな?


「さぁ、今日から嫌いなもんでも残さず食うぞ、ラグムがな」

と、先輩が俺を撫でる。

 俺の予想では、魚の腹の辺り、頭、尻尾が一番に来る。


「まずはこれな」


 先輩がトップバッターで選んだのは、ポトフに入っていたプチトマト。確か、今日のお昼も丸々押し込んでたな。俺のおでこを指で突ついて凹ますと、迷わず投下。


 他の三人は、揃ってオイルサーディンのお腹だ。ミッシルさんが手で脂ぎった腹をセンパイの投下したプチトマトの上に乗せると、すかさずスライム式フィンガーボウルで綺麗綺麗。それを見てABコンビも真似をする。

 他のテーブルの人達からすれば、テーブルの上の緑色の物体に指を当てる奇行に見えていることだろう。


 このおクチでの食べ方に慣れたのか、接触吸収・融解・破砕を同時に行う食事方法が、思考することなくできるようになった。

 この世界がゲームなら、『食事スキル』を習得したと言えるのだろう。


 ――脳内の『妄想コンソール』を確認。

 炭水化物と脂質を効率よくエネルギーに変換し、不要な元素をガスとして分離。

 『思考ルーチン:排気サイレンサー』を起動してガスの噴射速度を極限まで落とす。これなら音も臭いも出ない。まさにパーフェクトな分解プロセスだ。若干の内部温度上昇は、分子分解の際のエネルギーだろう。


 他のスライムとは一線を画す、分子レベルの取り込み。牛などと違って腸内細菌が居ないから、メタンガスも発生しない。恐らく排出しているのは二酸化炭素や水素ガスあたりだ。


 ふむ、この世の人間が皆スライムに生まれ変わったら、温暖化対策不要になりそう。俺は環境負荷ゼロの究極生命体だぜ。

 それだと、俺を殺した女神――? がノーベル何とか賞にノミネートされちまうか。

……その案、却下だ。ポイっ。


 一つだけ欠点を挙げれば、大きな声では言えないが、食事しながらずっと無臭の透かしっ屁をしているような状態と言うことぐらいか。

 しかし、一度の処理量が先輩の人差し指一本分の体積程度なので、ガスが漏れるとしても極々微量、決してバレることはない。まさに食卓上の完全犯罪だな。

 俺は今日から――パーフェクト・クライム・スライム! ……ネーミングセンス、ミッシルさんのこと言えねぇな。


 そう言や、死因が思い出せないのはきっと記憶操作。だけど、一瞬ドヤ顔をした女神のような顔が脳裏をよぎった。

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