第22話 ミッシルさんのお部屋
夕方の定時のチャイムが鳴り響く。
各研究室に小さなスピーカーが設置されてるのだろう。
レトロ感あふれる木製箱形スピーカーを探してみるが、音源のある位置にそれらしき物はない。代わりにマンションの壁の、丸い通気口らしき物がある。多分、それだ。
壁を見つめる俺に気が付いたのか、
「音がなるのが珍しいのかな?
そうよね、何も無いのに音がしたら不自然かも」
と、外の世界のことを想像してくれたらしい。
森の中でも、見えない所から音や遠吠えが聞こえるから、不自然ではないと思う。そんなことを考えていたら、世の中のペット達は皆壁を見て哲学に耽ることになりそうだ。
ミッシルさんが蜥蜴先輩達の水の交換と餌やりを済ませてから、俺を両手で支える。最近鷲掴みがスタンダードになりつつあったので、この優しさは少し意外だ。
「お籠にフェードイーン」
蓋を開けた籐籠の少し上からポトン。それ、フェードインじゃない。もし、用語を合わせるなら、カットイン?
言葉の問題より、この一瞬でさっきの優しさどこ消えた?
「さぁ、帰るわよ!」
蓋が閉じ、ふわりと浮き上がる。機嫌が良いのか籠が、前後に大きく揺れる。この後、ロッカールームで同僚達と会話のシーンを挟んで施設を出るパターンは確定だ。
勿論、美人・美少女ばかりなのは……お約束……
「お疲れ様~」
何人かに挨拶する声。まだ廊下だな。
少し空気感が変わったが、まだロッカールームにたどり着かない。この特務機関の建物、かなり広いようだ。
周りからざわざわと音が聞こえるので、広いロビーか何かの横を通っているのだろう。ガラガラと聞こえる音は、あれだ、良く見る台車の車輪の音だ。かなり硬い材質を使っている感じだな。
それからほんの少しして空気感が変わった。やっとロッカールームに辿り着いたか。体感時間、約三分だ。
「お帰りなさい」
「ただいま!」
どうやらこのロッカールーム、メイド喫茶のノリで入るらしい。ただ、声の感じからしてここはベテランメイド喫茶だな。逆に安心感が半端ない。
「その中にスライムが居るのね?」
「うん、ライムグリーンスライム、略してラグム!」
あっ、それ言っちゃったか。できれば『名前はラグム』って紹介して欲しい。
「もし、何か壊したら給与から引かせてもらうわよ」
「分かってますよ。お利口さんだから大丈夫」
「どうだかね……」
「エイドリー、ビアンキ、お帰り!」
「ミッシル、お疲れさん」
「今日から通いスラだね」
何をロッカールームで駄弁ってるんだろ? そろそろロッカー開けて着替えるシーンに移行してよ。
「じゃあ、部屋に戻るね」
「うん」
部屋? ロッカーが部屋なの? 特務機関、怖いよ!
ガチャリ……ギィィ
鍵を外してドアが開く。それから、バタン。
スイッチを操作する音が聞こえて、フワッと籠が持ち上げられた。そしてトスン。
蓋が開く。
「ようこそ、我が家へ!」
へ? 部屋? ロッカーの中じゃなくて?
着替えしなくて、研究着のまま帰ってきてるよ。約三分なら、着替える必要は無いかも……めっちゃ近いな。
バサリと白い研究着が椅子に投げ掛けられた。下は薄い紫色のシルクのシャツだ。中々の高級取りなのか、カメレオンを大きく育てたマル秘飼料のロイヤリティなのか。
「ラグムの家に案内するよ」
隣の部屋に移ると、大きなキャットタワーらしき物と観葉植物が一つずつ、それと棚にガラスケースが数個並んでいた。
「ラグムはここね」
と言って置かれたのは――キャットタワー擬きの天辺だ。
猫か? 俺、猫扱い? 閉じ込められるよりマシだけどさ。
俺をその場に残してミッシルさんは部屋を出る。
バタン……
想像していたのと何か違う。
職場と違ってだらしない姿のミッシルさんとキャッキャウフフのはずだった。なのに、これじゃショックウルルで涙目だ。
でも身の安全は保証されていそうだ。ガラスケースの中は全身が鮮やかな紫色の……ヤモリ先輩? 隣はアルビノの蜥蜴、その隣が……頭が二つの蛇。
――この部屋、単なる飼育小屋ではなく、貴重な爬虫類のシェルターだった。
そこに満を持して俺が登場……ってわけだ。
取り敢えず――脳内の『妄想コンソール』に、部屋の湿度と温度を記録。
ミッシルさんの部屋は、研究室よりわずかに湿度が高いな。爬虫類たちのコンディションに合わせているのか。
納得していい? 爬虫類扱いされてるわけじゃなくて、今までスライムを飼育するって文化が無かっただけだよ。
これからの俺とミッシルさんの共同生活が、世界に広がるスララー達のバイブルになる。
俺は全スライムの希望の星なのだっ!
……あっヤモリ先輩が尻向けたわ。蜥蜴先輩は最初からシカトだし、蛇先輩は絡まってるし。
『思考ルーチン:友好度計算』……結果、エラー。この部屋、コミュ障揃いねえか!
ここでまたドアが開いてミッシルさんが入ってくる。
「最初にスネータ君に生ハムだよ」
革袋から取り出したのは生きたハムスター。間違えてもハムじゃないけど、確かに生ハム。てか、その呼び方よ……。
次の袋は少し大きめだ。袋を開ける前にヤモリ先輩、蜥蜴先輩をケージから出し、袋をひっくり返した。
「それっ! 狩りの時間だよ」
部屋の中にコオロギ達が散らばった。実験室の飼育固体と違ってピンセットでは与えないらしい。
「ラグムも食べたかったら食べていいよ」
人間は生のコオロギ食べませんから!
目の色を変えて先輩達が黒い昆虫をロックオン。蜥蜴先輩はもうダッシュで後ろから。ヤモリ先輩は壁に上り、蜥蜴先輩から逃げてきたコオロギをナイスキャッチ!
「バイス、走るの早いね!
リラ、待ち伏せはズルいよ」
多分、ヤモリってそう言う性質だから。無理言わないであげてよ。バイスが白い蜥蜴、リラが紫のヤモリのようだ。俺よりまともな名前のような気がする。
腹いせに俺の方に跳んできたコオロギを、鉄壁のスライムウォールでプルンと弾き返す。
それから三十分程掛けて、ケージの掃除をするのがミッシルさんの日課らしい。スネータを俺の隣に置かれた理由が、今一つ分からないけど。
「晩御飯まで後二十分ほどあるから、ラグムは少し待っててね」
了解、と言いたくて身体を上下に振って答える。
ミッシルさんはそれ以外は特に何も言わずに出ていく。二人の先輩はケージに戻され、満足そうに寝床に潜った。
スネータは……拗ねてない。素手で持ち上げてたから毒蛇ではないと思うが、多分俺を掴む時より優しく掴んでると思う。つまり何が言いたいか。
俺が拗ね~た――お後が宜しいようで。




