第20話 カーペットは任せて?
今日のお弁当は、ミッシルさんの嫌いな食材は少なかったらしく、白米と大根のピクルス……黄色の時点で沢庵だろ……小松菜のお浸し。最後にプチトマトのヘタがオクチに運ばれた。
センパイはプチトマトが嫌いらしく、丸々ホイッと押し込んできたし。
「そう言や、昨日の焼却処分の記事、読んだか?」
「いーえ、昨日から部屋を片付けていたので、今日の新聞読んでないんです。どんな内容なの?」
「危険物を処理した魔道師を持ち上げる記事だったよ」
「事実ですよね?」
「表向きはな」
じゃあ、裏向きは? と聞きたいところだけど、天馬の二人が教えてくれたから。逆に、お前ら守秘義務の意味を知ってるか? と説教したくなったよ。
「どっかのスライムが記事にならないように、しっかり胴輪を着させてハーネス付けとけよ」
「どこに売ってます?」
「……欲しかったら作ってもらいな」
ミッシルさん、本気で買うつもり?
スライムの装備って、昔から『金属王』の装備一式って様式美があるんだけど、考えてみたら手がないから剣も盾も持てないはず。
「胴輪を魔道具にしてラグムとペアリングさせたら、スライムでも装備できんじゃないか?」
センパイ、今の俺の考え読んだ?
「ペアリング……最近の魔道具って進化してますね。
“ブルータス、お前モカ?”って、何なんです?」
「計測器のことはすぐ覚えるくせに、他はどんくさいな。
それはコメディ小説のネタだ。魔道具店で言ったら失笑もんだぞ」
「こないだの業者さん達に、作業の後に飲み物出したら、そう言って笑ってたんです。空気読んで愛想笑いで誤魔化しましたよ」
それならミッシルさんは悪くない。その後に、“俺、ティーさぁ”とか言われたらキレるよ。
ペアリングにブルートゥースって、ファンタジーを舐めてんのかって言いたくなるけど、機械があるんだから今更か。
それに魔法使って繋ぐ方が、よく分からない理論で説明されるより余程納得しやすいし。
「モカの後に、俺ブルマンって続けるのが昔からの定番だ」
俺より上手いっ!
「あっ、四角い鍋を作るんで、ついでに胴輪も頼もうかしら」
「ミッシル、……ゴメン、胴輪は冗談だ」
「なんだ、それなら下手に頼まなくてすみますよ」
この子、良い子過ぎるわ。
センパイは……? こんなもんだろ。
その後は二人と一匹で軽く部屋の掃除をしたり、蜥蜴のケージの掃除をしたりしていて休憩時間が終わった。
ここで初めて知ったのが、なんとこの部屋が一階だったこと。移動した時は籠の中だったから階数なんて分からなかった。
ミッシルさんの研究は機密レベルが低いと思われてるのか、それともセキュリティに自信があるのか。ただ、建物にはエスカレーターもエレベーターも無いから、一階がラクで良い。
センパイが部屋を出てから暫くして、ミッシルさんがどこかに内線を掛けた。
「ミッシルです。
購入したいものがあるので、今から申請書を出しに行きたいのですが……分かりました、連れて行きます」
買いたいものって四角い鍋を本気で作るの?
さすがにそんなに切られるのはちょっと勘弁なんだけど。大きめの皮が欲しいからって、俺から十センチ四方オーバーのスラ皮採取、本気でやるつもりだよね?
下手したら死ぬかも知れないよ。やるなら明日のマックスフライ弁当の後にして……まさか、ブラックタイガーは俺の最後の晩餐のつもりだったの? お昼ご飯だけど。
「ラグム、挨拶に行くわよ。いつも通り良い子にしててね」
籐籠に入れられて部屋を出ると、経理の部屋に入ったらしい。蓋で外は見えないし、文字も読めないから声を拾っての判断だ。
「こんにちわ」
「あ、ミッシル! こっちこっち」
若い女性の声がミッシルさんを誘導する。
「今度は何やってるの? 前はカメレオンだったでしょ。やたら大きくなった以外の成果は無かったみたいだけど」
「大きく育つと、お肉もたくさん取れますからね。
最近は食用蜥蜴も、普通に精肉店で売られるようになったでしょ」
まさか、与えると遺伝子操作をして普通より大きく育つ爬虫類向け配合飼料を作ったのかな?
家畜って一キロの肉を取る為に幾らの経費が掛かるかが勝負だからね。
スライムは食材にならないって既に結果が出てるらしいから、俺が食われる心配はない。
そこだけは、安心して良い。そこだけ。
「偉い偉い、誰がどんな成果を出したかって情報、こっちでは共有されないからね」
「あっ、そうでした!」
ミッシルさん、うっかりポロリしちゃった?
この機関では社内表彰は公には行わないで、利益のごく一部か、褒賞金が一回だけ振り込まれて次も頑張れ、と尻を叩かれる訳だ。
でも、購入する備品や飼料から分かるはず。ここの経理部門、金は出すけどクチは出さない方針なんだね。
「ちなみに今度はスライムを育ててるんです。 お腹が空いたとか、機嫌が悪いとかで起こされることも無いし、ウンチのお世話しなくて済むし、飼いやすいです」
「ははは、確かにラクだね、うんうん、分かる」
何それ、携帯端末型の育成キャラみたいな話して。
「それに鳴かないから近所迷惑にならないわね。散歩も、不要でしょ」
「そうなんですよ!
今日から寮に連れて帰ることにしたんだ」
ここで誰かの喉がおかしくなったのか、どこからともなく、ウッ、ヴン!、と大きく喉を鳴らす音が聞こえた。
「あ、ごめんなさい」
「すみません……じゃあ、ミッシル、また今度ね」
二人が周りの人達に頭をペコペコ下げて謝る。
どうやら、さっきの女の子はただの仲良しだったようだ。
そうだ! ここで目的の人物の機嫌を損ねれば、四角い鍋の製作作戦は認可が降りないのでは?
でも、それやると明日のオークカツとブラックタイガーを貰えなくなるかも……くっ! ここでもまた究極の二択かよ!
「ミッシルさん、こちらへ」
「あっ、はぃ!」
鍋の話がいよいよ始まるんだな。
「ここ、お昼に業者さんがカーペットにソイインクをこぼしたゃったから、綺麗にして」
「了解! ラグム、出番よ!」
えーーっ! そっちかよ!
籠の蓋を開けて出された床は青いカーペットだ。そこに赤のインクがぶちまけられ、それを拭いた後のように見える。
「新しい印刷手法が出来たからってプレゼンに来てたんだけど、緊張してたみたいでね」
ねっとりしたインクじゃないから、インクジェットかフレキソ印刷? この世界のイノベーション速度どうなってんだよ、なんか腹立つわ。誰か、同人誌でも作ってんじゃ?
「ラグム、その赤いやつだけ綺麗にしてね。ちょっと話してくるから」
やれと言われりゃやりますけど。昨日は三和土みたいな床にシチューが溢れてたから簡単だったけど、カーペットは難しいんじゃ?
ミッシルさんの為にも、試行錯誤してみますか。
玉ねぎの形から丸いロボット掃除機の形にトランスフォーム。単にべちゃーっとなっただけ。
(スライム掃除機・ムンバ発進! ……ダサっ!
ネーミングは後で考えよう。どうせまた出番が来るだろ。
――脳内『妄想コンソール』にカーペットの繊維構造をスキャン。繊維は無視、インク分子だけをターゲットにロック。
『思考ルーチン:ムンバ ver.0.1』起動。
溶解液の浸透圧を毛細管現象に合わせて微調整……。よし、これなら繊維の奥まで届くはず)
まずは接触吸収に使う溶解液を濃度を薄めて満遍なく散布しながら微速前進。ゆっくり動く方が難しいっ! それでも一列目の散布が終わる。次はその隣の列を散布。二列目が終わると、一列目の拭き取りだ……ちょっ!タンマっ! これ、綺麗に拭き取ったら駄目なヤツ!
今回は溶解液散布だけでお茶を濁そう。
「あれ? シチューじゃないから、やる気出なかったのかな?」
さっきまで居なかったはずのミッシルさんが戻ってきた。
「ごめ~ん、雑巾貸して」
「駄目だったの?」
「わかんない。でも一回は通ったみたいだから拭いてみるわ」
職員が二人来てカーペットを拭き拭き。一人は若いお姉さん、もう一人は若い男性。位置取りを女性の足元へ――無念、速攻でミッシルさんに掴み上げられた。お目目の位置でバレた?
「あっ、綺麗になったわ」
「うん、洗剤より綺麗になりますよ」
溶解液だけでも効果があったらしい。少し青色が薄くなってる気がする。
「これなら色を塗れば綺麗になります!」
「ラグム、偉いねっ!」
無邪気に喜ぶミッシルさんの手の中で深く反省。今回はやり過ぎたかも。今回は……今回もか……ブルマン。




