第19話 トロイの木馬の中身は?
ミッシルさんの足に凭れてうっかりウンウン頷いたら、アンコールを受けてしまった。
俺はここでスパコンならぬスラコンをフル稼働させ、『デメリット大なりメリット』と結論を弾き出す。
スライム核が熱暴走寸前だ。
ウンウンはやめて、ズリズリとミッシルさんの脚を登ることで誤魔化そう。脛を越え、膝小僧を越え、ミニスカートの中を……無念、それから太ももの上を伝って脚の付け根にコロン。
これぐらいなら飼い猫でも普通にやってることだ。飼い主の脚が引っ掻き傷だらけになるから、やらせる時はジーパン必須だけど。
「あら、甘えに来たの?」
そう言って優しく撫でてくれる。スライムで良かった!
撫でる手がポンポンになり、ツンツンに変わるまでが意外と早かった。
「刺突生存検査はさっきやったけど、甘えて来るなら指で突ける圧力限界値を求めないとダメね」
そう言いながら、絆創膏の部分だけ避けて何度もプスプス。
「私は爪を伸ばして無いけど、伸ばしてる子も居るから爪付き連射プローブを作ろうかな。圧力、速度、角度の調性機能付き」
はい? アタタタタの漫画みたいに何度も突かれるの? 確かに人の手だと圧力測定なんて出来ないけど、無機質な実験装置で何度も突かれるのはちょっとイヤ。
「あっ、そう言えば……まさかやってないよね?」
ミッシルさんが急に焦ったように俺をどかせると、急いでスカートを見る。そんなに慌ててどうしたの?
「……セーフ!」
あぁ、エロ漫画ルートに入ってないかの確認ね。確かに大事。接触吸収で意図的に対象の養分を吸い取ることが出来るのが食物だけとは限らない。
このスカートは化学繊維じゃない。詳しくないけどシルクと綿の混合だったら蛋白質判定が出るだろう。
そうなると俺の居るところだけ、きれいに円形の穴が開く可能性はある。
今回は無事故無違反でやり過ごせたけど、興奮したら、うっかりってこともある。上手く調整出来れば、衣服のクリーニングにも使えると思う。
そうか、そう言う便利グッズとして見てくれたら、俺を手放せなくなるからモルモット扱いされなくなるかも……いや、モルモットの方がまだまともな扱いを受けてる気がしてきた。まぁ、あっちは穴が開いたら死ぬから、その差か。
スカートの無事を確認し終え、椅子に座り直したミッシルさんが俺をどこに置こうか悩んだ様子だ。
「お昼まで書き物するから、ケージに入っててね。一人で寂しかったら蜥蜴のケージに入っても良いから」
飼育スペースに連れていかれ、自分で入るケージを選べって。爬虫類ラブな人なら天国かも知れないけど、そこまで好きではないので自分のケージを選んで前に居座る。
「そこで良いのね? ……最終回答?」
ゴクリ……
「……じゃあ……」
正解も何もないよね? と思いつつ、三十センチぐらいの壁なら自分で越えられるので、軽くピョンしてイン。
「残念っ!」
だから何が? たまにミッシルさんの真意が読めないや。
◇
それからお隣のケージの蜥蜴センパイとにらめっこ。彼との壮絶な死闘は、お昼のチャイムによって無理矢理中断された。
「お弁当、取りに行くよ。すぐ戻ってくるから」
昼休みは節電……節魔? のためか天井の照明器具を切ってから部屋を出ていく。
外から鍵を掛ける音がしたので、少しの時間でも人が入れないように徹底しているのだろう。
廊下に監視カメラがあるって話はまだ聞いていないけど、ウォータージェット加工機があるなんておかしな世界だ。
水や空気の圧力、流速は魔法で制御出来るから実は純粋な技術より簡単なのかも。
五分経ったかどうか、ミッシルさんが戻ってきた。
「邪魔するよ」
今日は昨日の二人組ではなく、昨日ネタにしたセンパイと食べるらしい。
「よぉ、エロイム、元気か?」
昨日ガン見したこと、しっかり茶化してくるな。お目目にチャック。
部屋の主の許可なくケージの蓋を開けて、グシャッと俺を掴んで取り出す。そのままワンハンドでテーブルまで移動して弁当と俺をトンと上に置いた。
ドリンクは蓋付の大きなマグカップに甘くない紅茶のような飲み物が入っている。
カパッと開いたお弁当の中身は、昨日と同じ幕の内風でおかずの組み合わせが違う。今日はローストビーフの変わりに鮭のムニエルがメインディッシュだ。
「昨日、お前、食堂で活躍したんだってな」
鮭の皮を剥がして俺の上にポン。皮を残すのはお子様だぞ。
鮭の皮をクチを作ってそこに誘導し、揉んだり溶かしたりしながら吸収していく。
「そうやって食うスライムは珍しいな」
少し遅れてミッシルさんがお皿にカットしたリンゴを乗せて運んできた。皮付だがそれが普通だと思う。
「やっぱり、そうですよね」
「そりゃ、スライムって食いもんを見付けたらどうやるのか体内に丸のみにするか、上に乗って溶かしながら食い進めていくもんだ。
コイツのは、まるでクチの中で噛んだり溶かしたりしてるみたいだ」
外からだと、この食い方はそう言う風に見えるのか。
「こっちの方が生き物らしくて好きだぜ」
「あげませんよ」
「たまに借りるぐらいは良いだろ」
「ラグムと相談してくださいね」
「スライムには耳もクチも無いし」
「ラグムは少しだけ理解出来てるかも知れませんよ」
ドキっ! 俺、何かミスしてたかな?
何度かお利口だと言われてるけど、それは犬に言う『グッドボーイ』のレベルだと思ってた。
もう少し知性を落として行動しないと不味いかも。
「鮭の皮、私もあげるね」
センパイのを処理し終わったのを見定めたようなタイミングで突っ込んでくる。
「そうだ、指、綺麗綺麗してくれる?」
鮭の皮を摘まんだばかりの指二本を俺の体表に少しめり込ませるので、それぐらいなら良いかと許諾する。
――脳内妄想コンソールに解析結果『対象:生体組織(指)』『付着物:油脂・アミノ酸(鮭)』を表示。
ミッシルさんの肌を傷つけず、鮭の油だけを剥がす『思考ルーチン』を走らせてスラ液の出力を微調整……酸の濃度を0.01%まで絞り、界面活性効果を最大化……。
よし、『クリーニング・タスク:完了』だ。
この程度の汚れを落とすぐらいの調整は、空き時間に何度も試したのでプロレベル。分子構造の違いで、油汚れか人の指かは判断出来る。
何故かスライムって何でも出来る。ミッシルさんの指を舐めれるなら、これ、ごほうb ……ゴホン。
「なら俺も」
センパイ、女の子何だから一人称は『私』の方が……でも二連装なのに男前なら『俺』の方が自然かも。
二人の女性に左右から指でクリクリされるのも、悪くない体験だ。よし、綺麗になったよ。ニガウリパックの経験がしっかり活かせて大満足……って、俺の思考ルーチン、いつの間に家事代行サービスに最適化?
「もう良いかな?」
清掃完了を知らせる機能は付けられないので、そこは各自でタイミングを決めて欲しい。俺にはおクチスピーカーもディスプレイも付いてないから。
「ラグム、上手ね」
「お、ホントだ。これはウェットティッシュ要らずだな。
けど、他のスラ公だとこうはいかねぇぞ。ミッシル、そこは間違えんなよ」
無邪気に喜んでくれたミッシルさんとは対照的に、センパイは指を見ながら忠告を飛ばす。
「そうなんですか? スライムの飼育は初めてで、色以外は何が他の子と違うのか分からなかったんです」
「大体は小説に書いてある通りだよ。考えなし、とろい、溶かす。モンスターテイマーの誘導だって理解しない」
「それは愛情が足りてないからですよ。
次は……シシトウの天ぷらよ、あーんして」
あーん……つい条件反射でやっちまった。
「変なスライムだな、ほれ、小魚と貝の甘辛煮だ」
シシトウと同時に佃煮みたいなものがクチに入れられる。食うけどさ。
「それで、実物のスライムって具体的にはどんな生き物があるんです?」
「そうだな……冒険者から聞いた話だと、何体かのコロニー単位で行動してて、移動はズルズル、手を出さなきゃ襲われない、倒した獲物を放置してると食べに来る。
傑作だったのが、倒した鹿を町に運んで解体したら、中からスライムが出てきてな、肉を食われてて売り物にならなかったってやつ」
「それはくたびれ儲けですね」
そう言う生き方もあったのか。考えもしなかったよ。トロイの木馬戦法は機会があればイタズラでやってみたいね!




