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第16話 黴玉処理イベント

 その後の天馬からの情報で、サブジロンに関しては悪魔憑きになった理由など謎を残したまま、獄中での変死と言う最悪の『お約束』を迎えたことが分かった。


 土壇場での魔法の取り違え、覚えた理由の分からない魔法、あまりにあっさり捨てられた黴玉――それらすべてが悪魔の仕込みだったと考えれば、辻褄は合うかも知れない。


 だが、真相はもう誰にも分からない。見事なまでの『死人にくちなし』。


 そんな話の最中、あまりにミッシルさんが俺を撫でるものだから、エスリアさんも俺を撫で始めてハマったらしい。

 ストレス発散に握って潰す玩具や、プニプニ触感の玩具と同じ扱いかも。そのうち『人をダメにするスライム』が販売されるかも知れない。


 時刻は黴玉焼却イベントの二十分前となり、二人はミッシルさんに礼を述べてから出ていった。

 イベントを見に行くのかとミッシルさんが聞くと、何があるか分からないので周囲は立ち入り禁止とのことだった。

 そんなに俺の酸を警戒してるのかと憤慨していたら、魔法による処理はこれが普通のことらしい。怒ってすまん。



 それから建物の三階に移動したミッシルさんが、嵌め殺しの台形出窓に俺をポンと置いた。


「ここの窓から処理現場が見えるよ」

と、ミッシルさんが遠くを指さしたので見てみると、ここが周囲をぐるりと石の城壁に囲われた城塞都市で、建物はその壁からも城門からも近いことが一目で分かった。


 機密情報の宝庫である建物がこの位置取りと言うのは不自然な気がするが、研究内容に応じて建物を分けているのだろう、と勝手な推測に納得しておく。


 問題の黴玉処理現場は城壁から一キロは離れていると思う。 

 庭先のポールの旗が風にそよぎ、町から現場の方へと流れていることを教えてくれる。どれだけ俺の酸に警戒してるんだか。


 どこから情報を聞き付けたのか、暇な人達が出窓に張り付きだした。単眼鏡、双眼鏡持参の強者も混じっている。

 それならと、脳内妄想コンソールに『光学ズーム:×8.0』なんて表示を出してみる。


 それで適当にスラ皮の厚みと偏向率を調整してみたら望遠になった。原理は分からんが、窮すれば通ずってやつか。

 それにしても、まさかスライムの体でレンズをエミュレートできるとは思わなかった。これなら、赤外線透過機能も……?


「よく見えないね」

と、ミッシルさんの不満げな声で現実に戻る。


 白い何かで魔方陣が描かれており、その周囲に六人のごてごてした装備の術者が六芒星の頂点に立っている。これ、命懸けじゃないか?

 失敗したら黴にまみれて笑われるだろう。


 初めて見るものなのでワクワクしていると、町のどこかにある拡声器からイベントの開催が通達された。『この後に爆発があるけど驚かないでね』、そんな感じだった。

 不発弾処理のニュースに比べて物々しさの欠片もない。確かに今回のブツは黴玉だし。でも、黴……微妙だな。


 それから本当に少しして、カウントダウンが始まった。セレモニーを期待した俺が馬鹿だった。


「三……二……一……起動っ!」


 何も起きない。

 と思っていたら、緑色の光の円柱が姿を現した。

 先に結界の魔方陣が単独で起動するカウントダウンだったらしい。

 

「相変わらず、結界魔方陣は見事ね」

と、花火見物感覚のギャラリーからそんな声が上がった。

 裸眼のミッシルさんにはほとんど見えてなさそうだ。今度から双眼鏡を持参しようね。


 それか……俺の身体で単眼鏡を作って……いや、やめよう、そんなの渡したら誰かが目を焼くに違いない。

 

 それから一分遅れてカウントダウンが始まる。


「三……二……一……発火っー!」


 掛け声の後、一拍おいて光の柱の中が一気にオレンジ色の炎に包まれた。

 そして数秒遅れて轟音が響き、微かに震えた足元がその魔法の規模を物語っている。


「今度は何があったのかね?」


 ギャラリーの中からそんな声がして、大きな膨らみ……がちゃっかりミッシルさんの隣に位置取っていた男性を押しのけた。

 この人……今朝の俺落下イベントの犯人だったな。


「何か危険物が見つかったんでしょうね」

と、ミッシルさんは知っているけど教えない。


 わざわざ戦略魔法の処分だと答え、恐怖を煽る必要はない。その判断を俺は支持する。

 天馬のリーダーも黴玉の詳細を具に述べた訳ではなく、ミッシルさんがどこまで黴玉の危険性を認識したかも分からないけど。


「へぇ、もう懐いたのか」


 彼女の有する胸部二連装スライムは俺のサイズには及ばないものの、人間が装備するにはかなりの覚悟を要する危険物である。何故なら男性陣の視線誘導装置でもあるのだから。

 それは俺も例外ではない。これが好みの理想の形と現実の視覚的暴力の違いであった。なんのことやら?


「うん、ラグムはけっこうお利口さんだよ。

 センパイも爆発見た?」

「ギリギリね。こう言う時は、ここが役立つんだよ」


 どことは言わない。先輩の圧に負けて爆破シーンを見れなかった男性職員が居たことだけ分かれば良い。

 男って単純だから、ご褒美だと喜んでいるに違いない。


「そのスライムで何をやるんだい?」

「まだテーマは決めてないです。

 稀少な色付きだから、なるべく長く生かしてあげたいかなって、それぐらいの段階なんですよ」

「そう言ってカメレオンをバカでかくしちまったんだよね。まぁ、確かに大きいは正義だよ」


 センパイが言うと説得力がありすぎる。だが時代は移っていくものだ。

 機動性、操作性、耐久性――これが現代兵器の条件だ。とは言え、全ては運用次第……そっと視界をミッシルさんの方に向けておこう。

 首を回す必要がない。目玉の位置だけ変えられるから、こう言う事態の対処は難しくない。スライムで良かった。


「ちな、スライムに性別あるか知ってるか?」

「アメーバとか分裂して増える生き物には無いですよ。センパイの胸を同類と判断したのかも知れませんね」

「おー、そりゃお目が高い! 良い子じゃないか」


 センパイの判断基準、誰か教えてっ!


「ラグム、凝視は駄目だよ」

とお目目をつつかれた。しっかりバレてる。




 そんなイベントがあった後、夕方の五時半に退勤のチャイムが鳴った。


「ラグムはここにお泊まりしてね。

 明日の夜から部屋に連れて帰れるから。これで寮でもお残しせずに済むわ」


 どうやら彼女の中で、俺はそう言う扱いが決定したらしい。


 ガラスのケージにペットフードと水と俺を入れる。

 そして蓋を閉じて鍵を掛けた。


「じゃあ、また明日ね」


 俺だけでなく、同僚の蜥蜴達にも笑みを浮かべながら挨拶していくミッシルさんは天使かも。

 元人間として現状は監禁、投獄にも等しいかもしれないが、スライムに徹すれば意外と悪くなかった。

 何が良いって、暇だと思えばすぐに寝付けることだ。寝すぎても頭がおかしくならないし、筋肉が衰える心配もなさそうだし。

 それに何を食べても完全に消化・分解出来るのだから、ケージの中を汚すことがない。むしろ入る前より綺麗になったかも。


 そのうち、一家に一匹クリーンスライム時代が到来するかも。採用されないけど、今からキャッチコピーを考えなきゃ。


 ミッシルさんが部屋を出てから暫くの間、ケージの中から部屋を観察してみる。

 研究室の窓は小さく、鎧戸がしっかり閉じられている。照明は豆電球程度みたいな物が天井に灯っていて、真っ暗ではない。


 ターンテーブル、ガスバーナー、熱電対、黒電話の内線、拡声器。これらの現代的な道具が揃っていながら、馬車や魔法が利用されている、なんともテンプレなファンタジー世界じゃないか。


 ミッシルさんは暫くは俺の身を守ってくれるだろうし、食事もお金の心配も無い。自分の姿形を考えなければ、スライム転生って勝ち組ルートじゃね? 


 たまに皮を切られたり、体温計を突っ込まれるのを我慢すれば良い。明日は刺されるかも知れないけど、考えてみれば痛覚が無いんだし。目さえ閉じておけば何も怖くない。

 注意するのは過度なスラ液の加熱と喪失ぐらいだろう。あっ、スラ核への打撃もか。

 ハンマー試験は断ったから、無理にされることは無いはず。

 よし、朝まで寝るか。

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