第14話 NOT FOR SALE
連絡係のおじいさんが部屋を出てから二回の温度チェックの後、やっと自由の身になれた。
「じゃあ、証拠品の隠滅をお願いね」
スカスカの繊維モデルになったシイタケ、セロリ、セロリ、セロリ……三人揃って残すなよ。確かに嫌いな人が多そうな野菜だけど。
さて、コレをオオグチ開けて食べればいいのね?
「ハイ、あーんして」
さっき温度計を入れた時みたいに穴を開ければ……これじゃサイズが足らないか。もう少し大きく開けて……開かない。開けられるのは指の太さぐらいの穴か。
「もっと、あーん」
やってる! やってるけど無理! どうしてだろ?
俺が大きなクチを開けたのは……ちょっとニュアンスが違うけど、黴玉をキャッチした時だな。
あの時は無我夢中だったから。でも、スカスカの食いカスをミッシルさんの保身の為に丸のみするのはちょっと違うよね?
「私に喧嘩売ってる?」
とんでもない! 逆らうとスラ皮大量剥奪する予感しかしない貴女に逆らえるわけがないでしょ!
「まっ、圧縮すれば済むんだけど」
セロリやセロリやセロリなどの食いカスを紙にくるんでギュッ! 確かに鉛筆みたいな細さになったよ。でも逆に繊維が凝縮されて、消化に悪くなった気がするけどね。
「じゃあ、お願いね」
と、満面の笑みで繊維の塊を俺の中にポイっ。
仕方なく強酸性の液体を捻り出す感じで頑張ってみる。
「穴の入り口、塞げるかしら?」
ミッシルさんがスラ皮を寄せて穴を閉じようとするけど、俺の意思で動かさないと無理だよ。消化中に転んで酸の液体をテーブルに溢さないように封をする。
後は時間を掛けて溶かしていこう。
しかし、普通のスライムなら簡単にあーんが出来ると思うのに、どうして俺は出来ないんだろう?
◇
ストップウォッチはこの世界にはなく、大きめの砂時計が消化時間の測定に使われる。
確か、キノコや野菜の食物繊維って動物の胃酸では溶けないはずだから、消化しようとしたらもっと強力な酸を出す必要がある?
いや、強い酸でも繊維は溶けなかったような……なんか、こう……別の要素で分解する必要があった気がする。
とりあえず、突っ込まれた食いカスはスラ皮を使って気合いでギュゥゥゥゥッ!と押し潰したり揉んだりして繊維をバラバラにする。
サラサラの粉になったみたいだから、これはペッと出してもバレないと思う。うん、確かこう言うのってダイエット食品に使う食物繊維と同じでしょ? 売れるよね? 俺にしか出来ない芸当かも知れないから教えないけど。
さっきから俺を見つめるミッシルさんの視線が熱を帯びてきている。やだ、恥ずかしい……ぶりっ子ぶりっ子~。
これ、完全に消化するまでずっと見てるつもりだよね? 加熱処理が出来ればもっと簡単に処分出来るんだけど、そんな機能は無い。仕方ない、スラ液が酸以外にも消化する物質を含んでいると考えよう。
唾にも消化酵素が含まれてんだし。
しかし、シイタケやセロリごときにどれだけ尺を使ってんだろ? 普通ならパクパク・モギュッか、スーッと溶けてなくなる、これだけのシーンだよな。
無意識に擂り潰したり怪しい液体を生成することが出来るようなったかも知れないけど。
「うん、完全に溶けたね、ありがとー!
でも途中で怪しい動きをしてたみたいだけど……だいたい九分七秒で隠蔽完了っ!」
よほど嬉しかったのか、両手で抱えた後に俺のおでこに頬をスリスリしてくれた。うん、頑張ったかいがあったぜ!
しかし、まだ甘いっ!
――実際は九分七秒三二ってところか。
脳内で勝手に『消化完了ログ』なんて緑色の文字を浮かべて、いかにもシステムが自動処理したみたいに自分を誤魔化してみる。
そうでも思わなきゃ、シイタケの繊維相手に必死に体をこねくり回してた俺が惨めすぎるからな……。
「……何が隠蔽完了だって?」
部屋の入り口からそんな声が飛んできた。
ミッシルさんが壊れた操り人形のようにギギギと首をそちらに向ける。俺も馬鹿なことを考えていたから気が付かなかった。
「あっ、おばちゃん……」
「弁当の容器を回収にきただけさ。助っ人を雇ったって、そのスライムなんだね? まさか……アタシの料理を食べさせたんじゃ?」
「エイドリーとビアンキもセロリをあげたんですよ!」
……しれっと仲間を売るんじゃない。
「……わかったわかった、ちょっとそのスライム貸して。さっきビアンキちゃんから、透過膜を使えば雑き……台拭き替わりに使えるかも知れないって聞いたんでさ」
「分かりましたっ! ラグム、重大任務よっ!」
どうやら俺も売られたみたい。
◇
ミッシルさんの恐れる裏ボスに厨房に連行された俺はと言うと。
「そこ、さっき鍋を溢してね。味は保証するよ」
と言われ、床のシチューを食べる任務を任されていた。
喜んでいいのか、悲しむべきなのか?
さっきミッシルさんに無理やりやらされた『おちょぼ口』方式と、シイタケで判明した『接触吸収方式』の二刀流で、ロボット掃除機も真っ青な活躍を見せることになる。
そしてこの接触吸収だが、体が油で汚れてもすぐにピカピカになる優れものだとこの戦場で判明したのだ。なるほど、いつもスライム達が綺麗なのはそう言うことだったのかと納得出来た。
「こりゃ大したもんだ。
スライムって『糞の役にしか立たない』って聞いてたけど、やれば出来るじゃないかい」
普通なら『糞の役にも立たない』って言うところだけど、この世界ではトイレの先の浄化槽でスライム達が活躍している。だからちゃんと役立っている。
でも、長い間そこに居ると絶望で終わりの色になるらしい。そんな最終処分ルートはパスしたい。
しかし、そのルートよりもっと絶望的な『スライム核の調査』が、ミッシルさんの手により実施される可能性もある。このルートに進む確率の方が実はまだ高い。
前者は社会的な死、後者は生命の終わり。どっちを選ぶかと聞かれても、どちらも選べない。
地獄か、さもなくば破滅か、だ。
これからの俺の目標は、そのどちらのルートも避けて生き残ることだ。それなら俺は役に立つよとアピールして、『この子が居ないと困るわ』と言うポジションを確立するか、もしくは逃亡しようと思う。
ただ、逃げたところでライムグリーンのこの体は目立ちすぎる。
視覚と聴覚を解放して透明なスライムに戻ると核の処理が一気に低下して普通のスライムに成り下がる。
俺のこのボディカラーは情報処理能力を得るための手段であり、トレードオフは出来ないのだよ。
ご褒美のリンゴ(かなり痛んでた)を食べながら、今後のことを考える。
リンゴを食べ終え、まったりしているところにミッシルさんが迎えに来てくれた。
俺がロボット掃除機してる間に、書類仕事を片付けたらしい。
「じゃあ、帰るよ」
「また貸しておくれよ」
手を振るおばちゃんだが、お願いではないレベルの圧力を感じたのは俺だけではなさそうだ。
「はっ、ハイ! ラグムが良ければいつでも」
だから、俺を売るんじゃないって。次は本当に雑巾替わりか、雑巾を綺麗にする任務を任されるかも知れないんだから。
「ラグム、ありがとうね」
手に持つ籐籠に俺を入れる前にそう一言お礼をくれた。この子のお礼は、本気なんだろう。
でも、油断するといつ皮を切られるか分からない、物理的恐怖属性を持ってるからなぁ……根は悪い子じゃない。むしろ見た目はドストライクだから困ったもんだ。




