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第12話 食事の前に

「ゴメンね。先に言ったら逃げられそうな気がしたから。

 加熱後のスラ皮サンプルの回収も完了」


 学術的な意味があったらしい。でもやる前に一言あっても……いや、言わない方がまだ気がラク?


「ついでだから、その辺を歩いてみて。加熱によるスラ液の粘度変化があるかも知れないから」


 なるほど。それは一理ある。

 ズ……? ズルん……? ズんズん?

 出足は鈍くなったのに、動きだした後は速くなった気がする。


「なるほど、なるほど、そうきたのね。興味深いわ」


 一人で納得してないで、言葉で教えて。


 ミッシルさんのメモを書く時の呟きを聞いて分かったのは、スラ皮は加熱したことで硬さを増したが、スラ液の粘度が低くなったってこと。

 これがスタートダッシュが出来なくなるけど、トップスピードが上がる理由。


「次はスラ液が欲しいところだけど……」


 引き出しから取り出して見せたのは血液採取に使うような注射器……ただし針がとても太い。注射と言うより、吸い取る器具だ。


「今日はやめとくから。

 刺されたり無理やり吸われたりするのがイヤなら、スラ液を自由に出せるようになってね」


 了解です! と敬礼したくなる。手がないから同意を示す意味で上下に体を振る。これで分かってもらえたかな?


 そう言えば、体を拭いてくれる話はどこ行った?

 俺も忘れててた。仕方ない、椅子に座っているミッシルさんの膝に乗って、服で拭く。ダジャレじゃなくてスケベ心とオヤジギャグの両立だから。


 トゥッ!

 ベチッ!


 太ももにアタックして床に落下。上方向の目測は難しいみたい。


「どうしたの? 乗りたいの?」


 床にへばりついた俺に五本の指をめり込ませて掴み上げると、俺が狙った場所に置いてくれた。


「そっか……保温時間も計っておけって言いたかったのね。ありがとう、気がきく子ね」


 えっ? また温度計を咥える羽目になるとは……。



 おかしい。

 俺はさっき憧れの『美少女研究員の膝の上』という黄金の指定席を勝ち取ったはず。


 なのに、今はテーブルに移され、口には棒温度計。

 目の前にはミッシルさんの真剣すぎる観察眼。

 確かにテーブルに置く前に軽く拭いてくれたけど、それはテーブルを濡らさない為の行為に過ぎなかった。


 彼女の指先が時折俺の表面をトントンと規則正しく突いたりグサッと刺したり。

 これはスキンシップではなく、単に温度変化による弾力の違いを確かめているだけだよね? 知ってる。


「うん、深部温度の低下は予想より緩やかね。

 外皮の断熱性能が想像以上なのかも。これなら冬場にカイロ替わりになりそうね」


 その為には長風呂に浸かる必要があるんだけど。


「それか、ラグム自身が発熱する能力を持つのかも」


 ただの無属性スライムだから、温度を操る能力は無いと思うよ。

 そうだ、『ステータス・オープン』!


 ……何も出てこない。


 『オープン』、『ステータス』、『プロパティ』、『システム・コール』、『情報展開』、『俺の詳細』、『我が真実をここに明らかにせよ!』


 ……どれもダメ。

 GUIグラフィカル・ユーザー・インターフェースは非搭載か。

 人間ならまだしも、スライムだとメニューが開けた方が生存戦略が立てやすいと思うのだが。


 仕方ない、数値は全部『スガク(仮)』で自家発電的に計算して、脳内コンソールに表示するしかないな……いずれそんな機能がインストされることを期待しよう。


 そう言や、毬栗トゲトゲにはなれたけど、手はまだ出せないんだよ。

 手というハードウェアがマザーボード(核)に認識されていないのか、それとも手を出すためのドライバがインストされていないのか。

 毎日毬栗になってトゲを動かす練習をしていれば、いつか触手を動かすための「プログラム」が書き込まれるようになるのかな?


 ここで、キーン・コーン・カーン・コーンと、知ったようなチャイムが鳴った。


「お昼っ! ……でも今は動けないっ!

 なんたる不覚!」


 ミッシルさんが大袈裟に頭を抱えた後に、どこかに黒電話で連絡を取る。


「あー、エイドリー、ゴメン、私のお弁当をラボに持ってきて。今手が離せないの」


 同僚に配達を頼んだみたい。確かに席を離れると、途中のデータが取れなくなるね。

 そう時間が経たないうちにドアがノックされて、女性が二人入ってきた。


「はーい、お待たせ。

 Aランチ大盛り持ってきたわよ。……そこの丸い彼氏と食べるの?」


 部屋を見るなり察したらしい。


「そうなの。あ、それと……ゴメン、おトイレ行くから温度をメモして」

「うん、分かった。任して」


 細かな指示を出さなくても、この状態で全てが分かるらしい。

 いそいそとミッシルさんが部屋を出ていった間の二人の会話から、一人はエイドリー、もう一人がビアンキと言う名前で、俺がミッシルさんに貰われる前に興味無しと言って出ていった二人組だと判明した。


「で、スライムよね?」

「皮にこんな鮮やかな色の付いたスライムは珍しいんじゃない?

 一回だけ浄化槽スライムを見たことあるけど……この世の終わり、みたいな色だった」


 それ、どんな色? 確かにそんな場所に突っ込まれたら、人生の終りと言ってもよさそうだけど。

 そんな色になった理由は主食のせいかな? それとも保護色か。

 森の中のスライムは……腐葉土を食べていたのか黒褐色の絵の具を水で薄めたようなスラ液で、皮はほぼ透明だったと思う。


 そんなお喋りしながら、温度計のチェックを忘れないのだから頭が下がる。これ以上下げる頭を持ってないけど。


暫くしてミッシルさんが戻ってくる。


「もう最悪!」

「どうしたの?」

「バルマン男爵に晩御飯どう?って誘われた。キモい」


 晩御飯の誘いを貴族から? それ、断ったの?


「あー、あの人ね。二十五過ぎてまだ独身だから、家の方が焦ってるって話よ」

と、その手の噂が好きなのかエイドリーが飛び付いた。

 相方のビアンキは興味が無いのか、弁当の包みをほどいている。


「前にも手紙が来てて、暖炉で燃やしたのに」

「ほぉーほぉー、それで?」


 お前さん、前世はキジバトか? その間もビアンキが温度をメモってるのが素晴らしい。


「手紙は燃やしました、男性と付き合うつもりはないんですって言って逃げてきたわ」


 それが正解なのか、それとも不正解なのか、俺には分からんし。貴族なんて身分制度の無い国で育ってきたから、想像しか出来ない。


「あの人、私にもラブレター出したことあるからね。

 機関にいる未婚女性には皆に出してるんじゃないかしら?」

「エイドリーにも? そうなんだ。それなら断って正解ね」

「そうそう、さっ、食べよ!」


 エリートオタク集団にも、非モテ空気読まないお化けが存在するのか。俺がしっかりミッシルさんを守らなきゃ!

 ……そのためにも、まずは『ドライバ未実装』な俺をアップデートしてくれるような、美味いお昼ご飯を頼みます! 世の中には食うだけで強くなる人も居るんだし、俺もきっとそのタイプ!

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