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第10話 ピークはもう過ぎた

 無事にミッシルさんに研究テーマとして保護され、最初にされたことは身体測定だ。

 黴玉を覆うスラ風船を作ったので少しサイズが小さくなっているが、それを伝える手段がない。


 そう言や、結局アレはどうしたんだろ?

 革袋に入って寝てたから、あの街道に放置したのか、それともどこかに運んだのか分からない。川か海に捨てれば浄化されると思う。

 高熱の焼却炉で燃やせば簡単に処理出来そうな気もするけど。


 もし、スライム液が塩酸や硫酸みたいなものなら燃やしたら有毒ガスが出るのか? でもゲームやサブカル全般にそんな描写は無いから、酸ではなく粘液?

 技術のオタク集団なら、それぐらいの対策は取ってるかも知れないし、魔法があるから有毒ガスが発生しても何とか出来るかも。


 などと考えているうちに、サイズと体重の測定が終わる。


 今の通常状態は直径約16センチ、高さ12のニンニクか玉ねぎのような形だ。試しに、と言われてグイっと引っ張ってらっきょうの形にされたが、少し安定が悪い。体重は約1.4キロ。


 ちなみにこのサイズは最大で今の二倍ぐらいになることが出来る。森で自分より大きなスライムと戦うのに、大きくなる必要があったから試したら出来た。

 だが、それをやると皮が薄くなるし、液の密度が下がるのか動きにくくなる。

 だからやらない。

 悪いけど、ミッシルさんにも内緒だよ。まだここが安全かどうかも分からないのに、手の内を全部曝すような真似はしないさ。


「じゃあ、次は回転しますね。次第に角加速度を上げてくから、気分が悪くなったら手を上げてね。スイッチ、ポン」


(待て待て待て! 下手したらコアの回転数とこの機械の回転で、脳内処理にエラーが起きるからっ!)


 レコードプレーヤーのような装置の上に置かれてグルグル。音楽が流れればメリーゴーランドかな、と呑気に構えていられたのは最初だけだ。

 回転速度が上がるごとに、遠心力が俺の体を引き延ばし、引っ張られるお餅のように安定感が無くなっていく。


 情報処理が追いつかない! 視界がコマ送りの三倍速っ! 

 そうだ、視覚情報シャットアウトっ! くっ、視界を閉じても気分が悪い。

 三半規管なんて無いのに、核が『いつもより余計に回っております』って感じてる……


 それなら、皮も液も体中のセンサーを……全部まとめて強制ミュートッ! むりーっ!? そんな機能、俺には無かった!


 ミッシルさん、止めてーっ! これ以上は体が千切れるっ!

 頭の中に青い画面(ブルースクリーン)がちらつき、強制終了の予感がしたところで、ようやく回転速度が落ちてくる。

 あのまま回ってたら、OSクラッシュ(精神崩壊)して、俺の意識が完全に初期化されてたかも……。


 あと、ミッシルさんも。

 分かってて「気分が悪くなったら手を上げて」とか言わないで。

 まさかこの世界のスライムは触手とか出せるタイプ? 仮に出せたとしても、体の一部を腕みたいに伸ばすなんて高等技術、今の俺には無理ゲーなんだよ!


 ……で。結局、この実験にどんな意味が?


「ラグムの核は真ん中にあるのね。やっぱりくるくる回ってるから、ジャイロ効果もありそう。

 だけど扁平率がこれじゃ、潰れすぎて加速銃の弾丸にスライムは使えないことになるわね。分かってたけど」


 何やらノートに記録を付けているけど、そのパワーワードっ! 弾にはされたくないが、実物は見てみたい。


「スライムなら幾らでも拾ってこれるから、消耗品に使えないかって言われたわ。最初にスライム研究のオファーを出したのも軍需部門らしいし。

 こんなに可愛いのにね、いつか兵器化されたスライムの時代が来るかもよ」


 前言撤回、そんな恐ろしい物は見たくないわ!

 それならまだ『不用品』判定され続けた方が……難しい判断だな。


「次の測定は……スライムと言えばやっぱりこれよね。

 衝撃吸収性能検査」


 回転検査用のテーブルから下ろされてホッとしたのは束の間。ミッシルさんの手には謎の字が書かれた黒がねのハンマーが……。


 あかん! これはマジでヤバいやつ! 慌ててミッシルさんから距離を取り、手の届かない所を探して逃げる。

 もっとまともな人だと思ってた俺の馬鹿っ!


「あら、ハンマー見て凶器判定が出来る知性があったんだ。

 それじゃ、この試験は出来ないわね……残念。

 ウーン、他の子を使うから大丈夫、出ておいで」


 俺の前にしゃがんで俺に左手を差し出してきた。今日の色は白か……はっ? 俺は一体何を言ってる?

 たまたまミニスカートの奥が見えたから……見たくて見たんじゃ……


「出てこないなぁ。嫌われた? ぐすん」


 そりゃ、まだ右手に凶器を持ってるままだから出ていけないって。


「うーん、困ったな。綺麗なスライムのストックは切れてるらしいし。浄化槽のスライムはちょっと触りたくないし。

 依頼を出して採取してもらおうか」


 馬車に乗ってたマダムがスライム浄化槽って言ってたな。トイレの処理に使われるのはごめんだと首を振ったら、特務機関に来ることになった因縁の施設だ。


 リアルな話、昔のある地域ではオマルの中身を窓からポイって話だったし、トイレの処理は確かに人間が町で生活していくうえで避けては通れない。

 その問題をスライムが解決しているってのは、健全な社会が構築されていると見ても良いだろう。だからと言ってその歯車の一つにされちゃ叶わない。

 今はスライムやってるけど、もと人間のやるような仕事じゃない。


 しかし……白の誘惑に体が勝手に動いてしまう……このルートを辿ると、違う倉庫に格納されちまう!

 ここはスティールスライムの精神で誘惑を絶つ!

 そう、十八番の視界遮断っ! お目目の部分もライムグリーンのカーテンをシャッと閉める。これなら何も見えないぞ。


「あら? 怖くて目を閉じたのかな?

 ……そう言えば、スライムに目って、あったのかしら?」


 聞かれても困るんだよね。元々俺の目は全方位監視機能だった。それだと視覚情報が多すぎたから、二つの丸い目の部分だけ残して意図的に遮断した。

 他のスライムの目がどうなっているかなんて考えたことがない。森で会ったスライム達は、確か『目』だと特定出来るような器官は外観には存在しなかったと記憶している。つまり、俺は『普通』ではない。


「よいしょっと」


 どうやら彼女の両手に抱えられたみたいだ。僅かな温もりと力加減が安心感を与えてくれる。


「えーと、目はどこだったっけ?

 こう言う時は……槍出せ ツノ出せ 目玉っ出せ~♪ ツンツン♡」


 やっぱりこの子も研究者っ!


 ツンツンされるのは、まあ、気持ち良いし悪い気はしない。

 しないんだけど……ミッシルさん、指の力、少しずつ強くしてない?

 可愛がってるふりして『弾性検査』してるんじゃない?


 クチがあったら「あー、ソコソコ」と言っていられたのも最初の方だけ。

 彼女の人差し指が俺の表面を深く沈み込ませる。第一関節までなら『くすぐったい』と笑っていられたけど、さすがに第二関節を超えてくると……ね。


「あぁ、これ、癖になりそう」


 ポッ♡としないのっ! まともな研究者が少し危ない研究者堕ちしてきてる!

 これで知的好奇心が『観察』のラインを完全に踏み越えたら、マッドサイエンティストに生まれ変わるのかも。今ならまだ間に合うっ! トゥッ!

 彼女の掌をジャンプ台にして、悪いと思いつつもおでこを狙ってジャンプ。俺のおでことゴッツンコ。

 音は『ペチッ』だけど。


「指圧式弾力測定カッコ仮、お気に召さなかったのかな? 最初は喜んでたみたいだったから上手くいくと思ったんだけど。

 でも、ドツキは酷くない? 今度やったら『晩ご飯』抜きだから」


 思考の端っこで『白』の残像がチラついた……そう言うご飯とオカズじゃない!


「ご飯は何をあげたら良いのかな?

 申請書を出さないと経費で落とせないし。取り敢えずドッグフードかハムスターフードかな。

 でもキャットフードって見た目じゃないし。ミルワームならストック余ってるからそれで良いかな?」


 研究室の一角に蜥蜴の入っているガラスのケージがある。蜥蜴には詳しくないけど、ひーふーみーよー、五種類飼育してるみたい。爬虫類女子なのかな?

 ……と言うか、ミルワームは却下っ!

 全力で体を振ってノーっ!と伝える。


「ミルワームが嬉しいのね?」


 ちーがーうっ! 食べたいのは人間の食べ物っ!

 カレー、チャーハン、オムライスっ!

 どうにかして伝えねば、俺の尊厳が……って、これで何度目の尊厳危機だよ?


「やっぱりこの子、思ったより反応が良いね。

 普通のスライムは触ったことがないけど、ただボヨンって跳ね返るだけって聞いてたし。

 なんだか照れたり、喜んだりしてるみたい」


 喜んでませんっ! 白を見た時が人生のピークっ!

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