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第1話 生と死と

 真っ白な夢の中で『良い転生ライフを……ククク』――と最後に耳にした気がする。妙にドスの利いた声だった。



 気を失った俺が目を覚ましたのは、何をどう説明したら良いのかよく分からない場所だった。


 第一印象は廃墟である。

 壁や天井があちこち崩れており、床には瓦礫や何かの破片が散乱している。

 気配を探ってみても、生物の居そうな気配は無い。いきなり何かに襲われるような心配は無さそうなので、ひとまず安堵する。


 ズルリと妙に重い体を引きずりながら、僅かに流れる空気を追うようにして外を目指す。


 ズル、ズル、ズルリ……動かすたびにポヨンと跳ね返りそうで跳ね返らない、この微妙な弾力のせいで全身が扱いづらい。まるで、液体筋肉の詰まった巨大な水風船を必死で歩かせている気分だ。


 きっと転生直後は皆がこんな気持ちになるに違いない。

 幾つか気になることはあるが、時間が経てば新しい体に馴染んで違和感も無くなるだろう。


 とにかく黙ってズルリズルリと廊下を進み、廃墟の外を目指す。かなりの期間、人が訪れていない様子のこの場所じゃ、運良くやって来た誰かとのコンタクトなど期待も出来そうに無い。


 途中で何度か休憩を挟みながらやっとの思いでこの廃墟を出てみれば、外は星明かりの照らす綺麗な夜空だった。しばし、都会では見ることのないその雄大さに見惚れてしまった。


 特に視線を上げることはしていないが、それでも満点の星空を直上含め視界いっぱいに収める。流れ星がはっきり見えるのは、空気が綺麗で周りに灯りが無い影響か。


 ゴオと吹く突風を浴び、コロコロと転がされないよう地面にしがみつく。風に煽られた木々のざわめきが大きく聞こえる。俺の耳は……はて?


 さてと……


 何か言葉を発しようとしたが、上手く言葉に出来ない。恐らくこの身体には、クチや喉といった発声器官が無いせいだ。

 さあ、これはこれで面白いかも知れないが、厄介なことに変わりはない。


 神様との交渉に失敗したのか?

 それか、言葉巧みに嘘の転生条件を飲んでしまったのかも。


 いや、だからと言って、コレって酷くない?

 全身を使って溜め息をつくような仕草をしてみるが、果たして上手く出来たかどうか。


 星明かりだけだと色は分からないが、透き通ったまん丸ボディと体内に浮かぶ半透明の宝石のような物。

 やたらツヤツヤしていて弾力があって、触ると気持ち良さそうなこの姿は間違いない、時々見掛けるあの魔物に転生しちゃったパターンであると断言しよう。


 そう、最弱の魔物の呼び声高い『スライム』であると。


 実はそう見えるだけだ……と言いたいのだが。

 この丸い体躯で動くのが楽しいせいか、意外な程に落ち着いている自分に驚く――ショック死するより遥かにマシだし。

 俺って、一体どれだけ『スライムになりたい症候群』を患っていたんだ?

 そう言やスライム転生モノのブクマ……三桁近かったか。


 夜中に外を徘徊するのは危険と判断して、ほぼゼロ速度のドリフトターン(意味不明)で廃墟に戻る。

 一晩をそこの岩陰で過ごし、夜が明けると早速外を探検してみようと決意する。


 ズルリ、ズルリ、ポョ……と少し進んで跳ねようと努力するが、跳ねる気配がない。

 初期段階では跳ねる能力はインストされていないらしい。仕方ない、アメーバのように這いつくばって進みながら、時々ジャンプの練習を行うことにした。


 森の中をどれだけ進んだか分からなくなるころ、この体にも慣れてきたのか、スルリとスムーズに這って移動が出来るようになった。

 誰でも最初は赤ちゃんだ、ハイハイ歩きの何が悪い?


 昔から言われている戦略の基本、己を知り敵を知らば何とか……つまり、この体の分析から始めてみよう。


 ――自分で言うのも何だが、アメーバと同じ?

 いや、昔見たアメーバの絵には核の他にも器官があった。だから、皮、液、そして真ん中の核しかないスライムの作りはアメーバ未満だ。

 これでも生きていられるのが不思議だが、『シンプル イズ ベスト』と考えれば済む話。


 日の光の下では、俺の核はくすんでいるが紅い宝石(ルビー)のように見える。それがスライム液の中で回転している。この回転によって俺の生命エネルギーが発生しているのかも。


 しかし、シワシワの脳ミソが無いのに、何故考えることが出来るのか?

 この体は実は端末で、思考は全てどこかのデータセンターで行われている、そう思った方がまだ納得出来る。

 でも、そんなことがある筈ない。まだスライムコアが脳ミソの代わりを務めている、と考えるのが常識人だ。


 ……よし、決めた。この核が俺の演算ユニットだ。

 今はまだ時代遅れの8ビットPCみたいなもんだけど、いつかこいつが世界最速のスーラーコンピューターに――なったら良いな……。


 身の丈にあった夢をみよう……深く反省。


 体を撫でるように吹いていた風が、砂と落ち葉を舞い上がらせた。

 何気なしにその様子を体全体で眺めてみれば、振り返ることなく飛んで行く落ち葉を追うことが出来た。

 ただ、全方位に向いている視界から入る情報量が半端ない量のせいなのか、スライムの脳では処理が追い付かないのが困りもの。

 落ち葉を追って行こうと思ったのに、体を動かす指令が出せなかった。


 これが本当に『視覚情報』かどうかは、分からないけど。だって目玉が無いんだから。

 ホタテでさえ百以上の目玉を持ってるって言うのに……いや、数の問題ではなかったか。


 試しに視界(仮)を制限してみようと考えついた。

 視界の一部分だけを残し、他の部分はスライム皮に内側からカーテンを閉めるようにイメージしてみる。色は明るい緑色、ライムグリーンだ。


 するとどうだ、有名な落ちゲーのキャラかと思えるような姿にあっという間に早変り……したと思う。

 鏡が無いので自分の姿が確認出来ないことを失念していた。


 それにしても、第二の人生がまさかスライムとは何と言うか……うん、最高じゃないか!

 今はめっちゃ弱い魔物だけど、これから鍛えて鍛えて強くなるって楽しみ方があるに違いない。

 それに人間に転生してたらさ、絶対に俺何かやっちゃいました? な展開が待っていただろう。

 ウンウン、駄神か駄女神か知らないけど、グッジョブなことをやってくれたじゃん。

 ほんの少しだけ感謝してやろうじゃないか。


 さてと、それじゃ早速最初の獲物を探しに行きますかっ!


 と意気揚々と向かってみたのだが――やはり最初の敵を倒すには少々手間取った。

 何せスライムに倒せる敵なんて簡単に見付けられるもんじゃない。まさかのアリンコ三匹組にさえ逃げられる始末だ。この森のアリンコは高速移動が出来るらしい。たまたま遭遇したのが、黒い三連蟲だったのかも。


 なので俺が取った行動は、スライムを探して襲うこと。

 スライムが倒せるのは同じ最弱のスライムだけだと思ったからだ。

 運良くボッチスライムを発見し、くんずほぐれつ、ノーガードのなじり合いを展開して辛勝を収めた。


 勝因? そんなの口数の多さに決まってるだろ。

 低レベルの争いでも、言葉って充分凶器になるんだね……それ、ボディランゲージだって?


 もしレベルアップしてポイントがもらえたら、『論破』に振ろう……で、それってどんなジェスチャーになるんだろね?


 ハハハ、勿論冗談だよ、冗談。

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