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婚約破棄する相手はよく選びましょう。愛想を尽かされたら国が滅びます。

作者: Lemuria

※過去作のリライトになります。

「マリー・リーファス侯爵令嬢との婚約を破棄する」


 第一王子アルベルトのこの発言は、この王国史上最大の愚行であった。


 グランツフェルト王国は戦争の絶えない国だった。

 王国は大陸の中央にあり、世界でもっとも多くの宝石を産出している国だった。流通している宝石の大半は、この国の鉱山から掘り出されたものだ。宝石には魔力が多く含まれており、灯りや道具、機械を動かす力として使われている。そのため、人々の生活に欠かせないエネルギーの多くを、この国は宝石という形で支えていた。


 この鉱山を欲しがらない国はない。周辺諸国はあらゆる手を使って、王国に攻め込んだ。大小問わなければほぼ一年中戦争をしていると言っていいだろう。だが、王国はそれら全ての侵攻を退けてきた。一度たりとも致命的な被害を受けたことがない。それは偶然ではなく、宝石の交易による豊富な財と資源を、確実に軍事力へ変えてきた結果だった。



 マリー侯爵令嬢は、元々は王国軍の一兵卒に過ぎなかった。出自は平民で、男女問わず働けるという理由だけで募兵に参加したのが始まりだった。

 女であっても、魔力量が多ければ優秀な兵になれるし、魔力量の多い人間は、場合によっては数十人分の働きをすることもある。

 そして、マリーはあまりにも戦に対しての才能と素質があった。

 それが開花したのは、初陣の時だった。運が良いのか悪いのか、その時の上官は平民を使い捨てる作戦を立てる人物だった。

 マリーは陽動という名で死地に送り込まれたのだ。生き残ることは想定されていない。大局で勝つための犠牲になるはずのそこでマリーは生き残った。それどころか全ての敵兵を返り討ちにするなどと言う結果は誰も想像していなかった。そこから戦局が一気に傾きその戦は勝利を収めた。


 それが英雄マリーの始まりだった。マリーは参加したあらゆる戦で勝利を収め、圧倒的な早さで昇進を重ねていった。女の身でありながら爵位を得、侯爵まで登り詰めた。公爵家は王家筋の爵位のため、侯爵は事実上軍功でのし上がれる頂点だ。


 国王ブライル・グランツフェルトは、この事態を重く受け止め、マリーを第一王子アルベルトと婚約させた。報奨という名目ではあったが、事実上、マリーの囲い込みと王家に帰属させるのが目的だ。


「このような貴族もどきを婚約者にするなどあり得ない」


 アルベルトはそう言い放った。アルベルトは軍務に直接関わった事がないため、マリーとの婚約がどういう意味を持つかもわかってはいない。ただ、自分の王族という高貴な血筋に対して、平民上がりの野蛮な女をあてがわれた、ということにひどく憤った。


 王命を勝手に反故にするアルベルトに周囲は大きく慌てたが、そこに割って入る声があった。


「だったら、僕がマリーさんと婚約します!」


 まだ背丈も伸びきらない少年、第三王子ノエル・グランツフェルトである。あまり公の場に姿を見せることは少なかったのだが、まだ幼いからと言う理由の他にもう一つある。アルベルトがノエルの存在を快く思っていないからだ。


 その理由はノエルの母にある。もとは王宮に仕える一介の平民の侍女に過ぎず、王の寵愛を受けて側室入りし、王子を産んだものの、正妃の子であるアルベルトにとって、異母弟ノエルは血統に瑕疵を持つ存在でしかなかった。そのため、アルベルトは何かにつけてノエルに悪態をついていた。ノエルはその辺りの事情を理解しているので、あまり反抗はせず今までは大人しくしていたのだが、今回初めてアルベルトに食ってかかったのだ。


 アルベルトは何かを言おうとしたのだが、その前にマリーが少し早く声を上げた。


「ええと、ノエル様?状況わかってらっしゃいますか?」

「わかっています。兄上が先ほど、一方的に婚約の破棄を宣言されたんですよね」

「ノエル、口を慎め」


 アルベルトは強い口調でノエルを非難する。マリーはそれ以上口を挟めず、黙ってみているしかなかった。


 マリーはそもそも、婚約自体にあまり興味はなかった。アルベルトの言う通り正しく成り上がりの貴族だし、最初から自分とアルベルトが釣り合わないことぐらいわかっている。ただ王命があったと言うだけで、アルベルトにも、ましてや王妃という立場にも興味を抱いたこともない。戦場こそが自分の居場所、そう思っているマリーにとって、婚姻など取るに足らない問題に過ぎなかった。


「僕だって王族です。兄上が婚約を破棄するのであれば、僕がマリーさんと婚約したって問題ないはずですよね?」

「お前が王族を名乗るな!」


 アルベルトは怒鳴りつけるが、ノエルは顔色ひとつ変えずに睨みつける。


「出ていけ。目障りだ」

「……それでは、マリーさん。行きましょう」

「え、あ、ちょ、ちょっと!」


 自分が話題なのに、自分を置き去りに話が勝手に進んでいく。マリーはノエルに手を引かれながらその場を後にした。




 ノエルは人目がなくなったのを確認し、立ち止まった。そして、年齢に似つかわしくない真剣さで、深々と頭を下げた。


「兄が……本当に失礼なことをいたしました」

「いや、私は別に気にしてないけど……それよりノエル様こそいいの? こんな勝手なことをして」

「あのままだと、マリーさんが晒し者になってしまったので…だから……勢いで婚約なんて言いましたけど、嫌だったら断っていただいて構いません!」

「別に嫌ってことはないけど……実際、アルベルト様の言った通りよ? 元は平民だし、礼儀作法とか知らないし」

「関係ないです! そんなこと!」


 いや、関係ないことはないでしょ、とマリーは思う。平民出身のマリーは淑女教育や礼儀作法、貴族の常識等にはどうしても疎い。幼少期から教育を施されている生粋の貴族とは比べるまでもない。爵位を貰った時にマリーは専属の侍女を付けられた。その侍女に少しずつ教わってはいたのだが、それでも気を抜けば敬語すら外れてしまう程度の素養しか持ち合わせていない。別にそれでも良いやと思っていた。爵位だって望んだものでもないので、大した興味もない。だがそれでも、貴族としての振る舞いが重要であることぐらいはわかる。


 離宮の一室に案内されると、しばらく待っていてくれと言い残してノエルは去っていった。


「ノエル様って……いつもあんな感じなの?」

「いいえ。むしろ、あのようなお姿は初めて拝見いたしました」

「初めて?」

「はい。殿下は幼い頃からずっと離宮でお過ごしです。母君のご出自のこともあり、周囲には味方も少なく、どちらかと言えば、いつも静かで、陰のあるご様子でした。第一王子殿下に向かってあのように声を上げられたのも、今日が初めてかと存じます」


 マリーの貴族としての不足分を補うために付けられた侍女なので、側仕えとして非常に優秀な人物だ。マリーは何かわからない事があると、まずは話を聞くようにしている。


「それで、私はどうすればいいの?」

「とりあえず待っていれば良いんじゃないでしょうか」


 そっかぁ、と思いながらマリーは先ほど出された紅茶に口をつける。毒は無い。あっても効かないが、良い気分には少なくともならない。戦場では子供兵だって当たり前のようにいる。ノエルの見た目で油断したりするつもりなんてないが、敵意や悪意を向けられたならやっぱり良い気がしないのは事実だ。

 だが、出された紅茶はたっぷりと砂糖が入った、口に残る甘さだった。



 しばらくしてノエルが嬉しそうな顔をして戻って来る。国王から非公式ではあるが許可を貰ってきたと言う。マリーは視線だけで侍女に、国王ってそんな簡単に会えるものだっけ?って問うと、首を横に振るという返事が返ってきた。ノエルがよっぽど無理を言って面会をねじ込んだという事だろう。まあ許可の件の理解はできる。どうせ自分には貴族らしいことは何もできないんだから、お飾りの妻でしかない。そもそも褒賞として王族との婚約という名目だし、それなら相手がアルベルトでもノエルでも一緒だと、そういう話なのだと思う。


 ノエルのまるで尻尾でもパタパタ振っているかの様子に、この子はどこまでわかっているのかと、マリーは少し心配になっていた。



 マリーは貴族になってからも屋敷のようなものは持っていない。ほとんど前線に出ているためあまり王都に居ないからというのもあるが、持ったところで管理ができないので、軍の寮部屋だったり宿屋だったりその日その日で転々としながら暮らしていた。


 王族であるノエルからすれば信じられない話なのだろう。それを聞いたノエルは、すぐに離宮にマリー用の部屋を手配して、ここに住んでください!と半ば無理やり離宮に連れ込み、その日からマリーは離宮で暮らすようになった。



 出される食事は美味しかった。王室御用達の料理なので当然と言えば当然なのだが、それ以上に戦場では碌なものを食べられないことも多い。糧食がほとんどで、なくなればその場で何かを採取して食べるしかない。好き嫌いどころか味をどうこう言っていられないのだ。だから、これだけ豪華で、味の整えられた食事なんてマリーは初めてだった。


「……美味しい」

「お口に合いましたか?気に入ったものがあれば何でも言ってくださいね」


 食べ慣れている干し肉とは違って、じっくりと焼かれたステーキは瑞々しくて格別に美味しかった。マリーは別に何も言っていなかったのだが、美味しそうに食べる様子を見ていたのか、次の食事の時にはそれが増量されて出て来ていた。


 ノエルはマリーにドレスを何着か贈った。マリーの侍女と相談して何か困った事がないかを細かく聞いていたらしい。軍服ばかりで、それ以外の衣装がとにかく少ない事だとノエルは聞くと、即断即決でドレスを準備したようだ。マリーはひらひらした服は動きにくくてあんまり好きではなかったのだが、しっかりと好みに合わせて装飾や着丈が調節されていた。




 マリーが来てからというもの、ノエルは終始こんな調子だった。まるで子犬のようにマリーに懐いて、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。


(この子何が目的なのかしら……)


 懐柔したいのか、それとも警戒しているのか、ノエルの意図が分からず、マリーはずっと訝しんでいた。何か自分を利用して成し遂げたいことがあるのだろう、と思ってはいるのだが、ノエルから何も言って来ないので何をすればいいかも分からなかった。


 しばらく経ったある日、ついにマリーはノエルに問いかけた。


「ねえ、ノエル様。どうして私に、こんなに良くしてくれるの?」

「だって、婚約者じゃないですか」

「……じゃあ、なんで私と婚約したの?」

「そ、それは……」

「言いたくないなら別に良いわよ。どんな理由であれ、私は助かってるし、文句なんてないわ。護衛でも、諜報でも、暗殺でも、貰った分ぐらいはちゃんと働くから、安心して」


 マリーはそう言って肩をすくめた。まあよく考えてみれば理由なんてどうでもいいのだ。任務さえ伝えて貰えれば遂行するだけの事でしかない。それで話を終えようとしたが、ノエルの様子がなんかおかしいことに気づいた。耳まで真っ赤になりながら俯いて、何かを決心したかのように体を硬くして叫んだ。


「ひ、一目惚れです!」

「…………はい?」

「あなたの噂は、ずっと耳にしていました。でも、実際に目にした時、想像とはまるで違いました。こんなにも美しくて、大人の女性だったなんて。それからは、ずっとお話ししてみたいと願っていました」

「……私、そんなこと言われたの初めてよ?」

「周りの見る目がないだけです! 少なくとも僕には、誰よりも魅力的に見えます!」


 その必死さを見て、マリーはこれ以上ないぐらい肩の力が抜けた。なんか色々とバカバカしく思えてきてため息をつく。全てを信じたわけではないけれど、立場とか礼儀とか慣れない事を頑張っていたのがどうでも良くなりノエルの頭を撫でた。


「大人のお姉さんに憧れる歳なのかもね」

「子供扱いしないでください!本気なんです!」

「はいはい、いい子いい子」


 頬を膨らませ、文句を言いながらも、されるがまま黙って受け入れている姿はどう見ても、子犬そのものだ。あとでマリーは侍女に、それは不敬罪ですと怒られたのだった。



 しばらくそんな日々が続いていたのだが、グランツフェルトにとって戦争は日常だ。隣国のノースブルグが軍を興し国境付近まで来たとのことで、国王からマリーに出撃命令が出る。マリーにとってはいつものことなので、慣れた様子で準備を始めるのだが、ノエルにとってはそうではない。


「これ……お守りです」

「ネックレス?」

「マリーさんの瞳の色に、似ていると思ったんです。受け取っていただけますか?」


 そう言って渡されたのは、マリーの瞳と同じ琥珀色をした宝石のネックレスだ。宝石業が盛んなこの国では特別珍しいものではないのだが、値段に関わらず戦場に装飾品をつけていく人間もいない。例外もあるが基本的に宝石は武器や兵器の類なのだ。装飾品としては戦闘の邪魔になったり、破損したりするかもしれない。だが、あえて口にすることでもないかと思い、マリーはそのネックレスを受け取った。


「綺麗ね。私、こういう飾りなんてほとんど縁がなかったわ」

「無事に帰って来てくださいね」

「心配してくれるの?誰かに心配されるなんて初めてのことかも」


 指先でそっと宝石に触れながら、視線を心配そうに見つめるノエルへ戻す。その様子を見てマリーの中にいたずら心が芽生えた。口元に笑みを浮かべ、少し意地悪く首を傾げる。


「ありがとう、ノエル様。……せっかくだから、あなたにつけてほしいわ」

「ぼ、僕が……!?」


 マリーは片膝を折り、ノエルの手が届く高さに身をかがめた。長身のマリーとまだ幼いノエルでは身長差がかなりある。ノエルの顔はちょうどマリーの胸元に近づき、わざと彼女が胸を張ると、ノエルは途端に体を硬直させた。必死に胸元から視線を逸らしながら、胸に触れないようにプルプルと震える手で首の後ろに回し、留め具をかける。


 マリーは吹き出しそうになったが、そのからかっている気配を察したのか、ノエルは悔しげに唇を噛み、ふくれっ面を浮かべた。そしてそのあと小さく背伸びをして、マリーの額に、そっとキスをした。

 予想もしなかった行動に、マリーは目を瞬かせた。


「す、すこしは……これで、男として見てもらえましたか……?」


 自分でやったというのに、心臓の鼓動が聞こえそうなほど緊張している様子がわかる。マリーは小さく笑い、額に手をやった。


「十年早いわよ」


 軽くあしらうように告げながらも、マリーの指先は無意識にネックレスに埋め込まれた琥珀色の石を、そっとなぞっていた。





「四騎士を呼べ」


 グランツフェルト王国には宝石の名を冠する騎士が四人いる。宝石がアイデンティティそのものであるこの国にとって、宝石の名を与えられるというのは最大級の栄誉である。戦場で多大な戦果を挙げたものに対して、その最高品質の国宝石とともに称号を授与するのだ。


 ペリドット、ラピスラズリ、トルマリン、ガーネット、いずれの騎士も上級貴族であり、四騎士と呼ばれ、国の戦力の主柱を担う存在である。


 今回の戦ではその誰もが参戦していない。マリーは単軍でノースブルグ軍の迎撃に向かっている。


 王が急逝し、アルベルトが即位したためである。


 四騎士は新王の命令により王都に待機させられて、アルベルトの護衛にあたっている。名目上は護衛だが、実際は武力による政敵の排除だ。


 アルベルトが即位したが、次期王にはノエルを推す声が圧倒的に多かった。まだノエルは成人していないためアルベルトが即位することになったが、数年後にはノエルの派閥と正面から敵対することになるだろう。マリーとの婚約はそれほどまでに大きかった。そのため、ほとんど言いがかりのような口実で、先んじて粛清を行っていったのだ。

 そしてノエル自身を反乱を企てたとして投獄し、これから処刑されようとしている。大義名分としては反逆罪だが、実際はマリーの悪口を言われてノエルが言い返したから、とその程度のことで強引に反逆罪に持っていった。疎まれているのはわかっていたのだから、アルベルトに付け入る隙を見せてはいけなかった。そういう意味ではノエルの落ち度とも言える。


 アルベルトは四騎士という国の最高戦力を盾と槍として使い、圧政、というより独裁を敷こうとしているのだ。


 マリーはノースブルグからの軍勢を追い返し、無事帰路に着いた時にこの話を聞いた。


「これ、私のせいかな」

「せい、というのが適切かはわかりませんが、大きな理由の一つではあるかと」

「だよね」


 マリーの出撃中を見計らったのを考えても、ノエルはマリーに対しての人質として利用しようとしてることに間違いない。


 マリーは帰還報告と同時にアルベルトにノエルの解放を申し出た。だが一蹴されてしまう。血筋至上主義のアルベルトにとってはマリーも嫌悪の対象だ。ただのお願いなど聞いてくれるわけもない。


「これはどういうことでしょうか。私が先の戦で受けた褒賞は、王族との婚約であったはずです。ですが、ノエル殿下が現状のままでは、その褒賞を受け取れません。それなら戦功に対する褒賞として、殿下の減刑を求めます」

「良いだろう。だがそれは処刑の撤回までだ。解放をするつもりなどない。ノエルは王たる私に向かって反逆しようとしたのだ。戦功?そんなものでは足りぬ。あいつは生涯幽閉塔だ」

「今回の戦の褒賞もまだ頂いておりません。それで殿下の解放としてください」

「足らぬと言ったはずだ」

「足りないのであれば、私の持っている宝石を全て返上いたします」


 宝石とは、マリーの戦果に対して授与された国宝石である。

 四騎士の中にマリーは含まれていない。理由は簡単だ。マリーは単独で六つの国宝石を授与されているため、そもそもマリーに並ぶ者などいないからだ。

 ルビー、サファイア、エメラルド、アレキサンドライト、アクアマリン、ブラックオパール。本来輝石一つですら永代語り継がれる名を残すものだが、その栄誉、過去の功績全てと引き換えにする、とマリーは言っている。


 マリーは別に宝石に興味はない。英雄でいることも、国軍に所属することにも、こだわりなどなかったし、ノエルが解放されるなら全て捨てたって別に構わなかった。アルベルトは元平民である自分が特別扱いされていたのが気に食わないのはわかっていた。なのでこれならアルベルトも満足するだろう、と思っていた。


「……良いだろう。解放してやる。だが、ノエルはこの王都から追放する。二度と王族を名乗ることは許さない」

「承知いたしました」


 マリーは二つ返事で了承した。とりあえずノエルの命と自由が保証されていれば良い。それにノエルを政敵足り得なくすることが目的なのだからこれ以上アルベルトは譲歩することはないだろう。元よりマリーにはこれ以上差し出せるものもない。


 一礼し、下がろうとした時に呼び止められた。


「まて」

「なんでしょうか」

「宝石と言ったな。首のそれもだ」


 アルベルトはマリーの首辺りを不躾に指差して言った。首元にはノエルが付けた琥珀入りのネックレスがある。お守りとしてノエルがマリーに送ったものだ。


「それは嫌」


 マリーがそう言った瞬間部屋の空気が凍りついた。ほんの少し漏れた殺気に反応して、側に控えていた四騎士が一斉に音を立てて臨戦体制を取り、庇うようにアルベルトの前に出た。甲冑の中心にラピスラズリを据えた騎士は、その先頭で額から滝のように汗を流している。


 マリーはその様子を軽く一瞥すると踵を返して、


「国宝石はあとで従者が届けますので」


 そう一言だけ言うとその場を離れていった。姿が見えなくなるまでマリー以外の誰も動くことはできなかった。





「マリーさん……本当に申し訳ございませんでした」


 ノエルは無事解放された。だが、ひどく憔悴している。短い間でも獄中生活は相当過酷なものだったようだ。それにノエルはマリーが支払った代償を聞いて絶望していた。ほとんど全てを巻き上げられたようなものだ。そして婚約者ではなくなった事実を受け止められずずっと項垂れている。


「別にノエルのせいじゃ無いでしょ?」

「僕が婚約とか言い出したせいで、マリーさんをこんなことに巻き込んでしまったんです」

「はいはい、子供なんだから余計なこと考えなくていいのよ」

「……子供扱いしないでください。一生かけてでも返しますから」

「別に気にしなくて良いのに。貰った分ぐらいは働くって言ったでしょ」

「いくらなんでもここまでの事してません」

「それならノエル、隣の国に一緒に行かない?」

「それって……」


 軽い口調で言っているが、外出や旅行に行くという話ではない。マリーは亡命しないか、と誘っているのだ。ノエルは追放されどこにも居場所もないし、マリーと一緒にいられること自体は大歓迎だった。だが心配もある。解放されたと言っても、アルベルトの監視が外れたわけではないだろう。亡命しようとしていることなんてバレたら確実に殺される。


「だけど……そんな簡単にできるんですか?」

「んー?多分大丈夫じゃない?」

「でも、危険ですよね」

「戦場より危険なところなんてないわよ」

「それはそうでしょうけど……」

「どうせ王都から出て行けって言われてるなら、そのまま国も出て行っちゃいましょう」


 まるで天気の話でもするかのような、あっさりとしたマリーの言葉だったが、ノエルは覚悟を決めた。




 亡命先に選んだ国は、先日マリーが追い返したノースブルグ王国だ。追い返した、というのはマリーが相手だとわかった途端、全軍で撤退していったためである。矛を交える気すらないということは、多少なりとも自分を評価してくれるだろうという算段だった。北の土地は寒く厳しいが、その分生活がかかっているため侵攻に必死で慎重だ。過去何度も撃退して苦渋を舐めさせたマリーだが、恨みつらみの感情より打算で判断してくれるだろう、と思っている。



 暗くなるのを見計らって、馬車で王都から出ようとした時に、門の近くで四人の騎士が立ち塞がり馬車を止めた。いずれの騎士も胸に宝石をあしらっている。


「マリーさん!逃げて下さい!追手が来ました!」

「んー?大丈夫よ」

「だ、大丈夫って……いくらマリーさんでも四人相手じゃ……」


 マリーは止められた馬車の中から、チラッと見ただけで動こうともしない。馬車の扉が開けられると、ラピスラズリの騎士が声をかけた。


「ご安心ください、ノエル様。私たち四人ではマリーの相手になりません。と言っても私たちは別に戦いに来たわけではないのです。私たちは全員、マリーに心からの忠誠を誓っている部下ですから」

「でも私、軍辞めるからもう上司じゃないわよ。戦っても良いんじゃない?」

「冗談やめて下さいマリー。アルベルト様に殺気を向けられた時、本当に、ほんとうに、死ぬかと思いましたよ」

「未熟ね」

「返す言葉もありません」


 ノエルはポカンとした表情で二人の様子を見ていた。事情を確認すると、四騎士はいずれも過去の戦で、幾度となくマリーに命を救われているという。その経験から、彼らは個人的な忠誠をマリーに誓っていたらしい。彼らにとってマリーは、命の恩人であり、師匠であり、指揮官であり、同時に信頼できる友人だった。


「それにしても……温和で無欲なマリーが感情的になるなんて、そのネックレスは一体なんなのですか?」

「これ?お守りってノエルに貰ったの。うん……思ってたより嬉しかったのかも」

「ノエル様から?」

「だって、心配されたのなんて初めてだったし」


 四騎士の一人が、姐さんって意外とちょろい……と言って他の二人に殴られていた。


「なるほど。理解しました。アルベルト様が婚約を破棄してノエル様とマリーを引き合わせてしまったことがこの国の運命の分岐点だったわけですね」

「あなたたちはどうするの?」

「もちろん貴方について行きます」

「そう。行き先はノースブルグよ。先に行って待ってるわ」

「かしこまりました」


 現地で合流ね、と言わんばかりのマリーの軽さにラピスラズリの騎士は変わらない方だな、と半ば呆れに似たため息をつき、門を出ていくマリーたちを見送った。それに元王族のノエルにも思いを馳せる。自分の知る限りマリーを私情に走らせた唯一の人間だ。


(私にとってはそれはこんな石より遥かに偉業なのですが)


 胸元のラピスラズリを指で軽く弾く。ノエルを羨望している自分に気づくと、変な笑いが込み上げてきた。心配などできるわけがない、戦場の騎士がマリーに抱く感情など希望か絶望かの二択しかないのだ。


 過去にマリーに命を救われた戦を思い出す。マリーは二人いない。必勝の騎士であっても戦場全てに対応できるわけではない。そのマリーのいないところを狙って攻められたその時に、そこを任されていたのが自分だった。相手は明らかに準備をしていた。何年もかけて計画していたのだろう。相手の罠に見事にハマってしまった。それに気づいたマリーは自分の戦場を放棄して助けに来た。殿を務め、他の皆を撤退させたのだ。結果として人的被害は最小に抑えられたのだが、国境線は削られてしまった。


 それがマリー唯一の敗戦であり、その責としてマリーは自ら宝石を一つ返還している。命を救われた事以上に、マリーの経歴に傷を付けた自分がひどく許せなかった。だがマリーは失った栄誉など気にした様子もなく、まあそんな事もあるわよ、といつもの調子で声をかけて来たのだ。その借りを必ず返すとその場でマリーに忠誠の誓いを立てたのだ。

 マリーが返還したダイヤモンドは、今も永久に空位の宝石とされている。


「君たちはどうしますか?」

「もちろん姐さんについて行きますよ」


 四騎士はみな似たような経験をし、同じような思いでマリーに忠誠を誓った者たちだ。そう言うのはわかっていた。


「であればケジメとして宝石を返して来なければなりませんね」

「ええ〜、やっぱり持ってっちゃダメですかね?」

「マリーは全部返したんですよ。私たちだけ持って行くわけにいかないでしょう」


 そうやってマリーを引き合いに出されると反論出来る者なんているわけがない。渋々四騎士は全員甲冑を脱ぐと王宮に戻っていった。




 十二の輝石は玉座の前に綺麗に並べられている。本来は戦果の褒賞に与えられていたはずの石が今全てここにある。元々国が保管していた二個、マリーから回収した六個、そして四騎士から返還された四個だ。


「ふざけるな!!」


 アルベルトは机を力一杯叩きつける。国を支える柱が全て出て行ってしまったのだ。そんなことあっていいはずがない。あの平民上がりは良い。どうせ追い出すつもりだったのだから。問題はあの裏切り者四人のことだ。王であるアルベルトの命に背いてマリーについていったという事実はあまりにも受け入れ難い。ご丁寧に国宝石まで返還している。


 今まで軍務は全てラピスラズリの騎士、アーノルドに任せていた。アーノルドが出て行った今、軍の機能は完全にマヒしてしまっている。対外的には公表していない。そんなことをすれば周りの国全てから攻め込まれてしまう。だから内密にしなければいけない話なのだが、この話を詳細に知っている国がある。マリーたちの亡命先、ノースブルグだ。


 マリーたちから内情は全て筒抜けなので、ノースブルグはどこよりも早く動く事ができた。英雄たちを失って、指揮系統も統一できていない。軍からの離脱者も数多く出ている。攻め込むにはこれ以上ない好機だった。

 グランツフェルトはまともな迎撃もできず、ほとんど素通りのような状態で王都にまで侵攻し、王宮は包囲されてしまったのだ。

 アルベルトは脱出を試みたが、あちらにはノエルもいるため、王族用の避難口も全て知られてしまっている。途中でアルベルトは捕縛され、名実共に、グランツフェルト王国は滅亡した。

 三百年の歴史は実にあっけなく幕を閉じた。



 ノースブルグでは長年の夢だった鉱物資源を得られて歓喜に湧き立っていた。寒く荒れた土地の国にとってエネルギーは欠かせない。これまでノースブルグは、他国から高値で宝石を買い付けるしかなかった。それが今、ようやく自国の手で確保できるようになったのだ。だが本当に大変なのはここからだ。


 ノースブルグとしては攻める側から攻められる側に変わったので、今度は鉱山を守り抜かなければならない。この勝利の報は瞬く間に周辺諸国にも届くだろう。せっかく得た未来をここで手放すわけには行かない。

 だからノースブルグはこの機会を決して逃さないために決断を急いだ。具体的には亡命者たちの扱いだ。


 関係者はみな正式に市民権を得て、貴族としての身分を保証された。マリーや四騎士は今まで通り元グランツフェルト軍の統率を任されており、国名が変わった以外はさほどの違いはなく、前と同じような生活を送れている。今まで一度も大きな侵攻を許した事のない軍があるのだから、今まで通りマリーたちに任せていたほうがよほど確実だということだ。

 ノースブルグからすれば、マリーたちの要求をほとんど飲んだ形になる。宝石に関しては、マリーたちから何も言及されなかったため、国の保管となっている。



 ノースブルグに支配権が完全に移譲したころ、ノエルは一度だけアルベルトと顔を合わせる機会があった。地下牢から護送される際のことだったが、アルベルトはノエルを見ると、見るに耐えない様子で騒ぎ立てた。暴れるアルベルトを騎士が取り押さえていたが、その様子を見てもノエルは何の感慨も抱かなかった。一言だけ「兄上はマリーさんに愛想を尽かされたんです」そう言ってその場を去った。




「マリーさん、こうなることわかってたんですか?」

「どうかしらね。ノエルに生きていて欲しかっただけかもね」


 マリーは事前にノースブルグに手紙を送り、いくつか取り決めを行っていた。身分の保証の件もそうだが、ノースブルグに到着してからも交渉を重ねていた。その結果ノエルやその関係者も破格と言える待遇で受け入れてもらえる事になったのだ。


 それ自体はノエルも理解しているし、感謝もしている。だけどノエルにはどうしてもあとひとつだけ欲しいものがあった。


「マリーさん、結局婚約は白紙になりました。それに、僕はもう王族でもありません。マリーさんはここでもきっと武功を立てて、また出世していくでしょう。僕と婚約するメリットなんて、もう何もありません。でも、それでも。僕はマリーさんが好きです。どうか、もう一度……婚約していただけませんか?」

「まだまだ子供なのに、言うことだけは一人前ね。三年早いわよ。そういうセリフはもっと大人になってから言いなさい」


 そう言って頭をポンポンと叩き、軽くあしらう。首元のネックレスの石をなぞりながら、マリーは先に帰っていった。取り残されたノエルは、その場で肩を落とし、大きなため息を吐いてしょんぼりとうなだれた。あからさまに落胆の色を浮かべる姿を見て、控えていた侍女が少し迷ったようにノエルに耳打ちする。


「……マリー様は、現在、淑女教育を受けております。ノースブルグ国王と交渉し、どうしてもノエル様の成人までに間に合わせたい、とのことでした」

「それって……」

「それまでにノエル様の気持ちが変わらなければ、ということです」


 ノエルは目を見開いてひとつ頷くと、三年後また絶対同じセリフを言ってやるんだと心に決めた。







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