第6話 カリーナ周年記念
カリーナの周年記念の日、店内は華やかで賑やかだった。普段より少し派手に飾り付けがされ、常連や新規の客で席は埋まり、スタッフも忙しそうに動き回っている。
俺はいつもの席に座り、碧が低めの声で「おつかれ」と笑顔を見せてくれる。手にはジンジャーエール。酒は飲めないけど、楽しそうにしているのが伝わる。
そのとき、碧がぽつりとつぶやいた。
「周年のシャンパン、私の予約、ないんやって」
なるほど、そういうことか。店の周年記念用に特別シャンパンは用意されているが、碧は自分の分を頼んでなかったのだ。普段は元気な彼女が、ちょっと寂しげに俯いている。
「せやけど、なんで予約せんかったん?」
俺が聞くと、碧は小さく肩をすくめた。
「だって…自分で頼むん、なんか恥ずかしいやん」
俺はにやりと笑った。
「ほな、俺が頼んだるわ」
「ほんまに?お願いしてくれるん?」
低めの声で甘えたように言う碧の顔が、なんとも愛おしい。
シャンパンの予約はスタッフに頼むだけで簡単にできた。周年の夜の忙しさの中でも、俺の顔を覚えてくれている店員に声をかけると、快く承諾してくれた。
「碧ちゃんの分、用意してもらえる?」
「お、もちろん!少し待っててね」
碧は待っている間、ソワソワと席で体を揺らしていた。手元のジンジャーエールを持ちながら、ふと俺を見上げる。
「私、酒飲めへんけど、せっかくのシャンパン、どうなるんやろ」
「せやけど、雰囲気だけでも楽しめるやろ。ほな、乾杯しよか」
しばらくして、シャンパンがテーブルに運ばれた。光に反射して泡がきらきらと踊る。碧は目を丸くして見つめる。
「わぁ…、ほんまに頼んでくれたんやな」
「せやろ?せっかくの周年やしな」
二人だけで小さく乾杯。碧はジンジャーエール、俺はハイボールを傾ける。グラスが触れ合う音だけが、少し静かな店内で響いた。
「ありがとう、嬉しいわ」
「喜んでくれたら、それでええねん」
碧は少し照れたように、グラスを胸に近づけて微笑む。低めの声で「ふふ…ほんま、優しいな」と言うのを聞いて、胸がぎゅっとなる。
周年記念の盛り上がりは、店全体で華やかに続いていた。けれど、碧と俺にとっての特別な瞬間は、誰も見ていない二人だけの時間だった。
シャンパンを開けても、碧は飲めない。だからグラスを傾けるたびに、二人の会話や笑顔、視線で楽しむしかない。でも、それが逆に心地いい。
「私…こういうの慣れてへんけど、嬉しいわ」
「せやろ?俺も一緒に楽しんでるし」
軽く笑い合う。周囲の騒がしさを忘れ、二人だけの空間に浸る。
少しして、碧が甘えるように言った。
「せっかくやから、もっとかまってや」
「しゃあないな、せっかくやしな」
俺はにやりと笑い、そっと肩を寄せる。碧も顔を近づけて、静かに笑った。
周年記念の夜が深まると、店の灯りが少しずつ落ち、客も減っていった。
でも二人だけの空間はまだ続く。シャンパンの泡が弾ける音、ジンジャーエールの甘さ、そして碧の笑顔──そのすべてが、心に深く刻まれた。
予約がなかったら、きっと寂しい夜になっていた。
でも俺が頼んだことで、碧は思い切り甘え、楽しむことができた。
一瞬の出来事でも、二人の距離は確実に近づいた。
店を出ると、夜風は冷たいけど、心は温かい。
カリーナの周年は、ただの記念日ではなく、二人にとって特別な夜になった。
碧の笑顔を胸に、俺は来年もまた、この店で一緒に笑うことを心に誓った。




