第5話 誕生日
カリーナに通い始めて、碧との週一のルーティンもすっかり身についていた。けれど、碧の誕生日が近づくと、いつもより少し胸がそわそわする。週一で会うだけでも十分特別なのに、誕生日くらいは俺なりに、何か形にしてやりたいと思った。
家で時計を見つめながら、スマホに向かって指を動かす。日付が変わる瞬間を狙って、メッセージを打った。
「おめでとう、碧」
送信ボタンを押すと、胸がぎゅっとなる。普段は冗談ばかりの碧に、素直な気持ちを送るのは少し照れるけれど、今日くらいは隠す必要もない。画面の向こうで、彼女がどんな顔でこのメッセージを見てくれるかを想像して、少し笑ってしまった。
翌日、カリーナの扉を開けると、いつもの低めの声で「おはよう」と碧が迎える。手にはジンジャーエール。酒は飲めなくても、笑顔はいつも通り、少し照れた感じも混じっていた。
俺はバッグから小さな箱を取り出す。
「誕生日、これ」
碧は目を丸くして箱を受け取り、そっと開ける。中には、以前欲しがっていた香水が入っていた。パッケージから香りがほんのり漂う。
「わ…、これ欲しかったやつや」
顔を赤らめて、そっと箱を抱える碧。普段はあまり感情を表に出さない彼女の、その表情だけで胸がぎゅっとなる。
「そやろ?今日くらい特別にしてやりたかったんや」
碧は恥ずかしそうに笑い、小さく頷いた。
その後、店のスタッフに頼んで小さなケーキも用意してもらっていた。チョコとベリーが飾られた小さなホールケーキ。
「なんでこんなにしてくれるん?」
「気持ちや。誕生日くらい、特別にしてやりたいやん」
彼女の目が少し潤んでいるのがわかる。ハイボールを一口、碧はジンジャーエールを一口。甘さと炭酸の刺激が混ざり、二人の間の空気が柔らかく弾む。
乾杯をしてグラスを合わせる。
「乾杯、誕生日おめでとう」
「乾杯、ありがとう」
その瞬間、日常のルーティンでは味わえない高揚感が胸に広がる。週一で会うだけでも幸せなのに、今日は特別な日だと改めて実感した。
「学校行けへんし、あんまり特別なことないねんけど…」
「気にせんでええやん。今日だけは全部忘れて楽しも」
碧は小さく頷き、香水の箱を抱きしめる。普段は明るく元気で、冗談ばかり言う子だけど、この瞬間の彼女は少し無防備で、守ってやりたい気持ちが湧いた。
食べ終わった後、少しだけ奥の席で二人きりになる時間があった。
「いつも来てくれてありがとう」
「俺の方や、毎週会えるの楽しみやし」
「……ふふ、ちょっと嫉妬もしたやろ?」
「まあ…ちょっとな」
軽く笑いながらも、碧の目は少し真剣だった。普段のフランクさの裏に、俺への想いがちらりと見える。嫉妬もまた、二人の距離を縮めるスパイスのようだと思った。
その夜、店を出ると夜風が冷たかった。けれど心は温かく満たされていた。週一のルーティンとは違う、二人だけの特別な時間。香水の甘い香りと、碧の笑顔がまだ心に残っている。
カリーナの扉を閉めながら、来週もまたこの場所で彼女に会えることを楽しみに思った。
帰り道、ふとスマホを確認すると、碧からの返信が届いていた。
「ありがとう、めっちゃ嬉しいわ…!香水もケーキも、全部覚えてくれてたんやな」
俺は自然と笑みを浮かべる。返信一つで、こんなにも温かい気持ちになれる。普段は元気で、酒も飲めない彼女だけど、今日は心の底から笑ってくれた。
週一のルーティンと違う、二人だけの特別な日。香水の甘い香りは、碧と俺の関係を少しずつ、でも確かに変えていくのだと感じた。
これからも、こうして一緒に祝える時間を、大切にしていこう──そう思いながら、俺は夜の街を歩いた。




