第4話 日々のルーティン
碧が「コニーヨ」を辞めてから、俺は自然と週に一度のペースで新しい店「カリーナ」に通うようになっていた。
仕事帰り、日本橋の雑踏を抜けて三階のドアを開けると、低めの声で「おつかれ」と迎える碧の姿があった。その声を聞くだけで、平日の疲れが少し和らぐ。
「今日もハイボール?」
「おう、いつものや」
「相変わらずやな」
氷がカランと鳴る音が、碧の手つきと一緒に耳に心地よく響く。酒は飲めへんけど、こうして作ってくれるのがうれしい。
店内は賑やかで、他の客も笑顔で話している。
碧は忙しそうに動き回るけど、伊上の席に戻ると必ず笑顔を向けてくれる。その一瞬だけで、俺の週一のルーティンは満たされる。
ある夜、碧がカウンターでため息をついた。
「私、学校全然行けてへんねん」
「ほな、また朝起きられへんのか?」
「うん…課題もたまって気持ちばっか焦って、ほんましんどい」
普段は冗談ばかりの彼女が、こうして素直に弱音を見せる瞬間がある。
「焦らんでええやん。俺も学生の頃、徹夜で課題やって提出してたことあるで」
「え、意外やな」
「真面目そうに見えるやろ? でもサボるときはサボる」
碧はくすっと笑った。
「ちょっと安心したわ」
その笑顔を見るだけで、週一で通う価値があると思った。
そんなある日、俺は後輩に誘われて別のコンカフェに行った帰りだった。
SNSに上げた写真を碧が見ていたらしい。次の週、カリーナで会った瞬間に彼女が言った。
「なんかこの前別の店行ってたやろ?」
「え、なんで知ってん?」
「SNSで見た。女の子と写ってたやん」
「ただの集合写真やって、別に気にせんでええやん」
碧は唇を尖らせて、ジンジャーエールのストローをくるくる回す。
「……ちょっとムカついた」
その一言に、胸が跳ねた。軽く言っただけかもしれんけど、確かに嫉妬の色が混じっていた。
そして、スマホが震えた。見ると碧からのメッセージ。
――「あなたのこと、ちょっと好きかも」
一瞬、目を疑った。いや、俺の頭の中で「ちょっと好きかも」の「ちょっと」が勝手に膨らみすぎて、完全に好意だと思い込んでしまった。
心臓がドクドクして、ついニヤッとしてしまう。
……いや、待て、これは勘違いかもしれない。でも、その可能性を頭の隅に追いやっても、嬉しい気持ちは消えなかった。
「心配せんでええ。俺は、ここに来たいから来てるんや」
「ふふ、そしたらええわ」
照れたように笑う碧の顔を見て、シャンパンやハイボールの派手さなんか、どうでもよくなった。
週一のルーティンはこうして続いた。
仕事で疲れていても、体がだるくても、碧の笑顔と低めの声を思い浮かべるだけで、自然と「カリーナ」に足が向いた。
ハイボールを一杯、碧はジンジャーエールを一杯。
それが俺と碧の、小さくても大切な日常になっていた。
カリーナの扉を閉めると、夜風が少し肌寒く感じる。
でも心は、少し温かく満たされていた。
また来週も、必ずこの場所で彼女に会う──そんな小さな希望を胸に、俺は帰路についた。




