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E-1 「営業成績優秀 -全年齢版-」


 英二は自分のルックスの良さを知っていた。

 幼稚園から中学2年まで彼女がとぎれなかった。

バレンタインデーには親から持ちかえり用の紙袋を持たされたが、午前中で足りなくなった。

 高校の時には──馬鹿らしいことに──「英二の童貞を守る会」という名のファンクラブが発足したそうだが、とっくに経験済みだった。

 大学時は遊ぶ金欲しさに誘われるままモデルなどしてみたが、貯金よりも付きまとう変質者の方が増えた。

 社会人となり、営業職についたが、客の半分が「女」である限り、ずっと成績はトップだった。

 ……いやでも自覚してしまうというものだ。

 だから、同僚の大介が自分の顔を見るなり固まってしまったのを見ても、理解できずに反応できなかった。「またか」という思いと、「こいつに限ってはありえない」という想いが、判断力を奪ったのである。


「──あ馬鹿閉めるな」

 と、大介が慌てたそぶりで飛びつくが、遅かったようだ。外から鍵が閉まった音がし、それ以来ドアはなにをやっても開かない。何度もトライする大介の背中は、学生の時から変わらないように見えた。

「……なに笑ってんだよ」

「笑ってたか俺」

 と自省しつつ、英二は周囲を見わたした。

 とにかく白い部屋だった。窓はなく、四方を壁に囲まれた部屋の中央にはキングサイズのマットレスが置かれているだけだった。他になにもない分、よけいに白さが際立っている。

「ここはどこなんだ」

 英二はマットに座った。手触り含め、思った以上に高級品らしい。

「おれの方が知りてえよ」

 と、つぶやくように返す大介は、捨て猫を拾ってきた子供みたいに扉の前に立ったままだ。震えているようにも見えた。

「おれは気がついたらこの部屋にいた」

 大介はまだ突っ立ったままだ。「そっちはどうやってこの部屋に来た?」

 気がつくと暗く狭い廊下に立っていて、進んだ先にドアがあった、と、英二は正直に答えた。

 望んだ答えではなかったのだろう、大介は大きくため息をついた。

「帰りたい」

「帰ればいいだろ」

 帰れないんだよ馬鹿野郎、そう叫んで大介は身をひるがえすと、背にしていた扉を指さした。そこに書いてある文字を読み、英二はうなずいた。納得ができたからである。大介はこれを隠すために立っていたのか、と。

 まあ隠したところでどうにもならないんだけどね。

 とは、口に出さずに英二は振り返る。目が合った大介は小動物じみた仕草でビクリと肩を動かした。「な、なんだよ」

「意味はわからないけど、まあ、わかった」

「なにがだよ」

「キスしないと出られないんだろ」

「……そう書いてある」

「じゃあ、するか」

「じゃあって」大介は絶句する。

 キャラクターに似合わないほどにまつ毛が長いから、まばたきの回数が増えたとすぐわかる。視線が右に左に動き続け、なにかを探しているようにも見えた。

 英二の踏み込みに合わせるように、大介は退く。1歩、2歩──3歩目でかかとがマットに当たり、大介が転んだ。「ちょ、待てって」

「なんだ?」

「問題がある」と言って、大介は後転してマット向こうまで転がった。元野球部らしい機敏な動きだ。確かショートだったか。

「問題しかないような気もするが、どうした?」

「……おれ達……男同士だろ」

「だな」

 と、英二はうなずいた。

「男同士でキスするなんておかしいだろ」

 と大介が叫ぶように言った。

「まあ──今の世の中、多様性の時代だ。そんなこと言ったらすぐ炎上するぞ。」

「時代が相手じゃ文句言えねー!」

 部屋のすみっこで、まんま威嚇する小動物の態度だが、英二には大介を追いつめる気はなかった。この超展開だ。きっと時間は関係ない。

 誰がどのようにこの部屋の内情を把握するのか想像もつかないが、神様の気まぐれみたいなものなのだろう。英二はそう考える。

 神相手に「理」は要らない。

「もう1個問題がある」

「会議でもそれぐらい発言してくれ。で?」

「その、おまえはいいのか?」

「俺?」

 聞かれても答えは決まっている。

「キスでなにか減るわけじゃないし」

「なにその大物感!」

「いや増えるのか」

「なにが!」

そんな経験値おれにはいらねーよ、レベルアップしたくねーよ、と大介がわめいているが、英二は聞く耳を持たない。

代わりに聞くべきことを口にした。

「おまえ、はじめて、か?」

「……だったらどうなんだよ」

「本で読んだが、はじめて、は経験豊富な相手にリードを任せるといいらしい」

「それ相手が男でも、かよー?」

「知らない男よりいいだろ」

「その『男』がイヤなんだってば!」


「なるほど」それも一理あるなとは思ったが、理を必要としない今、英二は無視することに決めこんだ。再び目をやったが大介は警戒モードをとかない。産後の母猫並みに絶賛威嚇中だ。

 英二は大げさにため息をついてから、今度は説得に入った。

「なあ、考えてみてくれ。この状況は特殊だ」

「特殊すぎる!」

「──だな。でも実際に起こっている。異常事態だ。超常、とも言える」

 そこに俺たちは閉じ込められ、出られない。外部との連絡手段もない、と英二は言った。

「助けが来るのを……」

「待つのは結構だが、それはいつになる?」

 ここには水も食糧もなかった。

 人間は水さえあれば空腹でも2,3週間は生き延びられるが、水を飲まなければ4日もたない。時間もわからないのだから精神もどこまでもつか。さらに言えば窓もない。

「空気はどうなっている?」

 そこまで気が回っていなかったようだ。大介の顔がみるみる青ざめ、心なしか英二の方へ寄ってきた。あとひと押しかな。

 営業をかける時専用の、とっておきのスマイルを英二は浮かべた。


「……わかった」

 大介の声は震えていた。

「だってそうだろ」

 と、自分に言い聞かせるように大きな声で大介は言う。「だって、おれは早く帰りたいんだ。だから──わかった」

「そうか」

「たしかにな、英二の言うとおり、なにか減るわけじゃないしな。むしろ増えるかも、だし」

 そこ、か。予想外な納得のしかたに、思わず笑みをこぼしそうになったが、英二はこらえた。

 ここで笑われようものなら、大介の性格だ、また──ごねる。

 思考が複雑にからまって気が変わってしまう前に、英二は行動に移した。


 大介の前に立つ。

 二人の身長差はおよそ20センチ。視線だけで上目づかいに見てくる大介を、英二は抱きしめた。予想外な行動だったのか、大介は「やめろ」と両腕を使って押しかえしてくるが、力の差は歴然だった。

「なにすんだよ!」

「抱きしめただけだが?」

「それはわかる。理由を聞いてんだ!」

「ムード作り?」

「そんなの必要じゃないって!」

「ムードいらないのか?」

「いらない!」

「だったら──」

 軽く突きとばしただけで、簡単に大介はマットに転がった。その表情には怯えの色が見てとれた。英二は指をかけ、ネクタイをはずした。

「事務的に──してやるよ」

「……こえーよ」

 と言って、大介が引いた。

「事務的に、っていうのがすげえ怖いよ。なんだ事務的って。どんな事務だよ、どんな会社だよ」

「駄目だったか?」

 このタイミングで笑う。角度まで計算した笑顔を英二は浮かべてみせた。

 ──落として、持ちあげる。営業の基本だ。

 当然それを知っているはずの大介は、つられて笑顔を浮かべた。

「で、おれはどうすりゃ……」

「そうだな──」

 目をつぶってろ、と英二が言うと、大介はわかった、と素直にうなずいた。拍子抜けしそうだったが、とりあえず英二は大介を立たせたまま、少し距離をあけた。


 あらためて大介の姿を見る。

 小柄な──だけど野球をしていたらしい、引き締まった体つきをしている。外回りの仕事のせいで焼けた肌が、当時を思い出させて、英二は思わず微笑んでしまう。

「なに笑ってんだよ」

「見んな馬鹿」

 まつげが震えている。薄い喉仏が動くのが見えた。首の血管が浮かびあがっていて、大介がすでに少年ではないことをものがたっていた。

 腿の隣でこぶしをギュッとにぎっている。そこに英二がふれると、全身でビクリと跳ねた。

「せめて手をつなぐくらいいいだろ」

「なんでそんなにムード作りたがるんだよ」

「キスするには必須だろ」

 そう言ってわざとらしく微笑んでみせると、

「そうなのか」

 そうだったのか知らなかった、と口の中でつぶやく大介。

 英二はにやけてしまいそうになるのを必死に抑えて、無表情を作りつづけた。

次は「Z-1」。

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