C-2「千香が夢見る夢は -全年齢版-」
……まだ10時間は経過していないのではないか。目が覚めた千香がまず思ったのがそれだった。
夢の中は現実とは時間の流れが違う。たった5分の出来事をひと晩で夢見たり、逆に、わずかの間に単行本ほどもある夢物語を体験したり。数知れずループするものや、記憶出来ずに欠如された物もあるだろう。そういった事例は過去に幾度もあったし、経験してきた。けれど今回は違う。体が感じる疲労感も少なく思う。
遮光カーテンのせいで外の景色はわからないが、まだ明るい頃ではないのか? スマホを確認し、やはりかと千香はため息をつく。再度DDAを立ち上げ、使用時間を確認してみたが、やはりダイブしてから6時間も経過していなかった。
幸いオートセーブは機能しているみたいなので、千香は一度DDAを外す事にした。
被っていた物を脱ぐと、額が汗ばんで前髪が張り付いているのに気が付いた。よほど熱中していたのだろう。
まあ当然だ。千香は夢の内容を思い返す。反芻するだけで口元が緩む。記憶が薄れた部分は次回DDAで追体験すれば良いのだ。何度だって再生すれば良い。千香は人前では決して出来ないほど、身悶えた。
小柄なせいで野球を諦め、それ以来消極的な大介──
傲慢なイケメンだけど、恋心を秘め続ける英二──
2人は千香が中学生の頃に想像し、創造した存在だった。
せっかく起きたのだからと口を潤すと、水を冷蔵庫に戻した体勢のまま千香は考える。ふと思いついてしまったのだから仕方がない。予定とは違うが、気持ちが「行け」と言っている。
胸の鼓動に突き動かされるようにベッドに駆け戻ると、千香は再びDDAを装着した。
先程まで見ていた夢の欠片をコピーすると、オリジナルはお気に入りフォルダに仕舞い込む。コピーの設定をいくつかいじり、再びセットした。
「DIVE」
その声と同時に全身の力を抜いた。可能な限りの速度をもって夢の世界へと潜っていく。千香が使うハイエンドモデルDDAには連続制限も1日における使用制限もない。自分で決めた限界活動時間まであと4時間。
今度は英二になる番。
額からの電気信号が神経細胞、はたまたシナプスに伝わり──刹那、無限にも思われる0と1のやりとり。伝達物質はシナプスの隙間を走る。感じるはずのないその刺激で千香は震えた。光。光。ホワイトアウト──
次は「E-1」。「全年齢版」をアップし、「通常版」はムーンライトへ。




