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U-4 「上杉秋良の日報より抜粋4」



 同9月1日 小雨/雨


 16:10、病院到着。妻はベッド上で眠っていた。頭部包帯、頬に大きなガーゼ。左腕は手首から肘にかけて包帯。

 付き添いの小野寺が立ち上がり、手帳を開示。頭部は裂傷を伴う打撲。命に別状なしも、意識は未だ回復せず。

 通報は近隣住民より。玄関先で頭部出血し倒れているところを発見されたとのこと。数人の若年男性が逃走する姿を目撃されており、傷害事件として物取り・怨恨双方の線で捜査。

 血を含んだガーゼ越しに、頬に触れる。鋭利な刃物による裂傷だった。痕跡は深く、今後大きな傷痕として残る見込み。


「仲間の家族は署員全員の家族同然だ」

 小野寺が言った。


 18:10、一度署に戻る。すれ違う署員全員より声を掛けられ、肩を叩かれる。署長は涙を浮かべた。課長より病院再訪の許可を受領。再度病院へ向かう。妻は依然、意識を回復せず。

 20:45、妻の意識回復。「ごめんなさい」と発言。謝罪の意図は不明。反論を控え、聴取を開始。人相、身長、服装等を確認、記録。主犯格の男が所持していたナイフによる負傷であると判明。情報を整理し、課長へ報告。小野寺来訪し、缶コーヒーを置いて退室。

 21:15、妻再び就寝。夕食は院内コンビニにて購入のパン。土の味。


     *


 見覚えがない若い男が笑っている。

 妻の証言と一致している服装、体格。

 声をかけようとすると、

 男は顔を伏せ、

 再び上げた顔は老人の物になっていた。

 老人が笑う。笑う。


     *


 22:50、うたた寝していたようだ。妻は規則正しい寝息。次に目覚めるまで起きていようと心に誓う。

 23:10、小野寺来訪。「皆、殺気だっている」と署内の緊張感を伝え、「あまり大ごとには」と応じるも、「大ごとだろ」と叱責される。缶コーヒーを再び置いて退室。


     *

     *


 9月2日 非番/晴


 07:30、妻が覚醒。勤務状況を問われ「休暇取得」と返答。着替え等を準備するため一時帰宅。玄関先に多数の血痕を確認。妻の目に触れぬよう清掃処理。

 09:00、再度病院へ。病室にて小野寺が妻と談笑中。精神的安定に資すると判断し、介入せず。

「じゃ奥さん。旦那借りますね」

 退室直後、小野寺の表情が変わる。「署に来い。被疑者の手がかりだ」


 09:40、署到着。私服姿のため一部職員に視線を向けられる。課長より「病院に戻れ」と指示受けるも、小野寺に制止される。

 09:50、まず、交通課に連れられる。現場付近で逃走した車両について複数証言あり。黒色軽自動車、車高を下げる改造、マフラー音に特徴あり。小野寺が周辺カメラ映像の照会作業を依頼した。

 10:20、次は生活安全課に移動。昨晩、補導された未成年者が「知人が刑事の妻を襲った」と発言していたとの報告。具体的な名前は出ずも、背格好・年齢層が絞られつつある。該当グループの素行歴を照合中。

 10:50、警務課に立ち寄り、妻の保険関連書類を受領。形式的な処理ながら、職員より「一日も早く回復を」と言葉をかけられる。


 12:20、署食堂にて昼食。メニューはカレー。食欲は薄かったが、香辛料の匂いに背中を押され、口に運ぶ。味は二の次。

「で、だ」

 向かいの小野寺はカツ丼を注文。食べ進めながら口を開く。「先の情報と、奥さんの証言をまとめて全所轄に流しといた。今日明日には何か引っかかる」

「なんで──」

 言葉を返そうとしたが喉が詰まる。


「お前の家族は、署員みんなの家族だ」

 小野寺はそう言い、さらに続けた。

 ──彼の妻も、過去に暴漢の刃に倒れたという。逆恨みによる突発的犯行。家族で出かけていたところ、ナイフを振りかざした相手から娘をかばい、その小野寺を妻がかばった。腎臓を突かれ、流れた血は真っ黒だったと。

 その後、小野寺は娘を妻の姓に変えさせ、家を離れさせた。大学進学を機に。

「だからこの事件は──俺の事件でもある」


 13:15、病院に戻る。妻の顔色が、だいぶ良くなっていた。昼食の病院食は美味しかったらしく、笑顔を見せる。

「署のカレーはイマイチだった」とぼそり。

 その後、病室でしばらく2人で話をする。普段はなかなか聞いてやれなかった妻の話をゆっくりと聞けた。小野寺の過去の話も思い返す。

 17:40、帰宅。コンビニで弁当を買うが、恐ろしく味が無かった。


     *

     *


 9月3日 晴/曇


 7:00、出勤すると、署内は騒然としていた。

 小野寺に背中を叩かれ、そのまま刑事課へ連行される。

 地域課の婦警が夜回り中に、情報と一致する四人組を確認。徒歩で繁華街の麻雀店に入ったところで、まだ出てきていないとのこと。

 課長を含めて打ち合わせ。自分は署で待機。被害者家族は同席できず。


 9:20、連行される四人を確認。強行犯係だけでなく警備課も参加。10代の少年たち。記憶と照合すると、見覚えのある顔。手帳を確認。


 ──『8月27日 13:40、商店街裏での騒音苦情対応。若者グループが音楽を流していたが軽微な状況。署に連れていくと警告したが、後味が悪かった』──


「こんなことで……」という驚きと、自分の八つ当たりが招いた結果への後悔が頭を巡る。


 11:10、グループの一人が自白。あの日、ナイフを持っていたのは茶色い髪の少年だという。妻の腕と頬を切り裂いた──。気がつくと取調室に入っていた。目の前がチカチカする。

 少年と目が合う。

「おい、上杉!」

 小野寺が割って入る。「被害者家族が被疑者に復讐することを警察は認めていない。お前は大人しく引っ込んでいろ」

 正論だ。正論でしかない。

「だから俺が殴る」

 そう言うなり、小野寺は身を翻し、少年を力任せに殴った。渾身だった。少年は吹き飛ぶ。

「──小野寺巡査長」

 山口が声をかける。「捜査疲れでよろけるだなんて。年ですか」

 課長も注意。「ずっと休みを取ってないだろ。ふらつくぐらいなら帰って寝ろ」

「すまんかった。ぶつかっちまった」

 小野寺が答える。

 少年の襟を締め上げ、低く告げる。「次やったら──これぐらいじゃ済まさない」


 11:45、少年を椅子に戻し、取調べを再開。小野寺は落ち着きを取り戻し、息を整える。今回の暴行・傷害事件は解決に向け、逮捕状を取得する方向で手続き開始。被疑者の親権者にも連絡。生活安全課、警備課、刑事課が連携。各所へ情報共有。

 13:00、自席に戻り、報告書作成。感情の整理を行い、今後の捜査手順を確認。午後の案件に備える。

 昼食は弁当。集中力を取り戻すため、静かに食す。


「殴っちゃったの!」

 17:50、報告すると妻は声をあげた。

「さすが小野寺さんね」

 何に対しての賞賛なのか。警察官として相応しくない行為だ。だが──※乱暴な筆跡で黒塗り──


 18:00、病院の食事時間になったので、帰宅。コンビニ弁当にはもう飽きた。


     *

     *


 9月17日 晴


 10:00、病院で妻を迎える。勤務中の小野寺も同行。荷物を持たせ、タクシーに乗せる。

「じゃあ──美味しいご飯作って、待ってますね」

「片手なんだから無理はしないこと」

「そうですよ奥さん。上杉はあなたと一緒にご飯食べられたら、それで満足なんですから」

 余計なことを言う小野寺。妻は車窓から手を振る。頬のガーゼはあるが、笑顔。

「いい奥さんだな。大切に守ってやれ」

 小野寺の言葉。何か話したわけではないが、やはり勘がいい。


 見舞い中、妻と会話。警察官の妻である意味、その危険性を話す。妻は毅然としている。

「警察官の妻になると決めた時、警察の妻として死ぬことを決めたの」との言葉に、思わず頭が下がる。

「死ななかったのだから、大丈夫」

 ピースする妻。


 10:20、タクシーが見えなくなる。小野寺がタバコを取り出すと、背後から声。

「あれ、小野寺サンじゃん!」

 遠藤萌々香だった。空色ワンピース、髪は後ろで纏めている。会話の口元だけで「事件?」と問いかけてくる。

「妻の退院だったんです」

「魅力的な女の子を袖にするぐらいに愛してる奥さん? 見たかった!」

「も、萌々香こそ病院に何しに」

「アタシは級友の見舞い」

 父親の問いに冷たい目線を返す。「それより、なに呼び捨てにしてんのよ。遠藤サンか萌々香サンでしょ!」

 娘としての複雑な感情が垣間見えるが、今は確認するタイミングではない。

「じゃ、俺達は仕事があるから」

 小野寺に急かされ、車へ戻る。助手席で小野寺が息を吐く。

「娘さん、苦手なんですか」

「どんどんあいつに似てくるからな」と小野寺。

 車窓から見える、不意に和らぐ日差し。秋の気配。良い季節が来た。


「それより上杉」

「なんですか」

「さっき萌々香が言った『袖にする』って何だよ。お前まさか──」

「……何もないですって」苦笑する。


 19:10、帰宅。

 炊き込みご飯と味噌汁。

 2人並んでの食事。噛み締める。


次は「Z-3 」。

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