X-2 「Xenogenesis (異種発生)」
シャオはまばたきを繰り返した。二度、三度と瞬きを重ね、ようやく自分が何をしようとしていたのかを思い出したかのように、駆け出した。
向かう先は、感知魔法の発生源だった。小動物のような身のこなしで、瓦礫を飛び越え、地面の断裂を避けながら、最短距離を選んで走る。
崩れかけた住居の扉をくぐると、辺り一帯に張られていた感知魔法は忽然と消え、代わりに部屋の中央に魔力が集中しているのが見えた。空気を吸い込むかのように、魔力が一点に引き寄せられている。
その中心に、ディディの姿があった。
「見つけたぞ」
「……敵か?」
「──生存者だ。離れてろ」
ディディは右手を床に叩きつけた。轟音が響き渡り、少年の足元だけを残して、床に大きな穴が穿たれる。上空から見れば、ちょうど「◉」の形になっていた。
唖然とした表情のシャオを見やり、ディディは軽口を叩いた。
「オレの魔法が強すぎるんでな。生存者もろとも吹っ飛ばさないようにするのに、すこーしだけ頭を使ったぞ」
そして、ディディは穴に飛び込んだ。シャオは慌てて『浮遊』の札を取り出し、自分にかけて後を追う。
穴の深さは建物三つ分ほどあったが、幸い『浮遊』の効果時間は間に合った。ゆっくりと着地したシャオが目にしたのは、円柱の内側で、ディディが一人の少女を抱きかかえて振り返る姿だった。
少女はかなり衰弱していたが、しっかりと呼吸をしている。シャオは涙を浮かべた。
「変なとこ、さわるな」
「しょうがないだろ。2人抱えて飛ぶのは大変なんだから。オレだから出来るけど」
そう言いながらもディディは、シャオの尻を掴んだ手をもぞもぞと動かす余裕があった。『浮遊』の札はもう残っていなかった。ディディにしがみついていたシャオは地上へ上がると、救い出された少女を受け取った。その軽さにシャオの表情が驚きに満ちていた。
「すぐ、治療を!」
「え。オレ?」
「……できない、のか?」
「いやいやいや。このオレに使えない魔法は無いけどさー」
ディディはそう言いながら、MPが残っていないと答えた。実際には嘘である。彼の魔法力はカンストしており、現在のMPは249/255。術の種類や規模に関わらず、減るのはわずか1だけのチート能力者だった。
「……そうか。では至急医者を……」
シャオが身をひるがえそうとした瞬間、ディディが手を伸ばして止めた。
「暗黒魔法師は、魔力を他人から吸い取ることができるんだ。エナジードレインだな」
「では、私から、取ってくれ」
「しかし、どうなのかなあ? どうしたものかなあ? どうしようかな?」
ディディは大げさに困った顔を作る。
「オレが使えるのは『ドレインキッス』なんだよなあ。あー困った。本当困るよね。ね?」
もちろん嘘である。ディディにはそんなスキルは存在しなかった。
シャオは眉間に手を当て、少し顔を赤らめながら言った。
「……手のひらとかで」
「経口接種しかできない」
「……チュ、くらいで」
「粘膜同士じゃないと無理」
「……私は構わないが」
「いいのかっ!」
自分で提案しておきながら、ディディは驚きの声を上げた。
「ちょっと待て! お前……わかってるのか。オレ、結構鬼畜な事言ってるぞ。翻訳のせいか? それとも……そんな、チューくらい何でもないのよ、って感じのビッチだったり……?」
「キスをした事はない」
「良かったー」
「大人のキスを、うまくできるかもわからない」
「だったら──」
「人命には変えられない」
「ぐぬぬ」
奇声をあげて悶えるディディを、シャオは静かに見守った。苦々しい表情で頭をかかえた後、ディディは渋々手を差し伸べる。
「ごめん。冗談でした。すみません。すぐやります」
ディディは生存少女のステータスを確認し、HPが残り1であることを知ると、シャオが抱えたままの少女に手をかざし、回復魔法を発動させた。ほの白い光が少女を包み、かすり傷は消え、顔に赤みが戻り、呼吸も安定した。
「……あなたは、そうすると、思った」
シャオの笑みを見て、ディディの頬は赤く染まる。顔をそらしつつ、表示されたままの少女のステータスを眺めた。
『Yuè(5) 職業:運命の子』
ディディは職業欄を見つめ、首をかしげた。
「なんだこれは……」と考える。ユニークジョブか、それともキーパーソンなのか。だが答えは出なかったようだ。
もっと優先すべきことがある、とでも言いたげに、彼は瓦礫を漁り始めた。周囲を回って寝具を集めると、子供用の小さな寝床と、1人分だけの簡易ベッドを整える。夜はすっかり更けていた。
シャオは湯を沸かし、ユェの体を拭いてやった。少女の体は痩せ細っていた。怪我は魔法で治癒しても、栄養不足はいかんともしがたい。
ユェを背負い、シャオが部屋に戻った。
2つの寝具を見る。
意味を察したか、頬が赤くなったが、冷静な響きの声を出す。
「見張りを買って出てくれたか。ありがとう」
「違う違う違う違う」
「わかった。私が見張りをし」
シャオが言い終える前に、ディディは周囲に結界魔法を展開した。防音、防水、温度や衝撃まで遮断する最高峰の結界。誰一人として通すことはできない。王都の守りでもこのレベルの結界魔法を展開していない。シャオは大きなため息をつく。
「2人は狭い」
「くっつかないと寒いぞ。今日は冷えるみたいだし」
「……それは、そう」
シャオの呟きに、ディディは拳を突き上げた。
「仕方がない」
そう言い、ディディは小さなベッドに潜り込む。シャオは足を曲げ、ユェを抱きしめるようにして横になった。
「少し狭いが、言った通り、暖かいな」
「違う違う違う違う違う違う」
「……言っておくが」
シャオの声には冷淡な響きがあった。「こんな幼な子の前で不埒な事を企てる男を、私は心底軽蔑するぞ」
ディディは大人しく1人でベッドに潜る。
その気配にシャオは小さく笑った。
しかし、シャオは目を覚ました。
下履きを脱がされる感覚、皮膚を這う違和感、そして足先が何かに触れる。
人間だった──ディディだ。
「シャオちゃーん」
ユェに聞こえないよう、小声でディディが囁く。表情は柔らかいが、瞳には笑みはなく、獣の光を宿していた。
「オレ、危ない所を助けたお礼をしてもらってないよー。オレ、ユェちゃんの命も救ったよー。軽蔑なんてしないよねー。だからさー」
胸を触ろうとする手をシャオは素早く払いのけ、ディディの体を蹴り上げながら、ユェを抱えたまま跳ね起きた。
「うー。なんだよ。うーうー。先っちょくらい、いいだろ」
ディディは獣のような目でシャオを見つめる。その腕に秘められた魔力の力は強大で、直面すれば危険であることを示していた。
ためらうことなく、シャオは『とっておき』を使った。舌を出し、折りたたまれた護符を取り出す。瞬間、転移術が発動し、空間を切り替えるようにシャオは自宅へと移動した。
ゆっくりと膝を折り、シャオは床に座り込む。抱えたユェが、穏やかに寝息を立てているのを確かめると、大きく息を吐いた。その頬を伝う涙がひと筋落ちた。泣きぼくろを通過するように次々と溢れて、両目から零れ落ちる。
唇を噛むと、シャオは静かに涙を拭った。
──ッ ブツッ。──
*
*
「言っておくが」
シャオの声には冷淡な響きがあった。「こんな幼な子の前で不埒な事を企てる男を、私は心底軽蔑する」
ディディは大人しく1人でベッドに潜る。
その気配に──表情は一瞬止まり、シャオの視線が何かを思い出すかのように動いた。部屋には暗黒魔法師の少年。強大な魔力を持ち、多彩な術を使う存在だ。「ちょっと、スケベすぎる、けど」と呟き──シャオは小さく笑った。
その日は静かな夜を過ごした。
明るくなる頃に目を覚ますと、シャオとディディは再度、周囲を捜索した。誰の姿もなかった。
「どこに行ったんだ?」
「わから、ない」
道士として旅をしているシャオが、この村を訪れたのは2日前の事だった。30人ほどの小規模な村であった。「軒先を貸してほしい」と挨拶に寄っただけのシャオを、村長一家は半ば強引に家に招き入れた。
善人だったか、シャオがまだ幼いとも言える年齢なのを心配したのか、あるいは「道士」であるという自己紹介が作用したかは、シャオにはわからない。
10日ほど前から、近隣に『僵尸』と呼ばれる亡者の群れが発生していた。家畜が数匹と、死者が1人出たという。
「そのサンシーってのが連れてったんじゃねーの?」
「僵尸が、人を連れ去る事は、考えられない」
その場で食らいつくだけだ、とシャオが続けるのを聞き、「うえっ」とディディが声を出した。
亡者が大陸に出現したのは、2年ほど前の事だった。人を襲い、その肉を喰らって増える。熱に弱いが、篝火程度では消滅する事はない。各地で被害は増えている現状だった。
「目を覚ますのを待つしかねーか」
ディディの視線の先には、毛布にくるまれたまま眠るユェの姿があった。顔の血色もよくなったが、一向に目を覚まそうとしない。
ディディが再びユェのステータスを見る。
『ステータス
HP: 13 / 60
MP: 12 / 145
攻撃力: 8
防御力: 5
魔法攻撃: 7
魔法防御: 13
敏捷: 11
運: 3
装備
武器: なし
防具: 布の服(防御力+1)
アクセサリ: 勉鈴
状態
正常』
「呪いや病気みたいな、バッドステータスは特にねーな」
「それは、何が見える?」
「見えねーの?」
「見えない」
「見えるのはHPとかMPとか、能力値とか装備品とか」
「装備って……」
シャオが体を手で隠した。「下着、とかも?」
「ないないないない! そんなの分かんないって。安心してよ」
ディディは手を振って否定したが、スリーサイズが表記されている事は口にしない。赤い顔を両手で挟み、息を大きく吐き出すシャオ。「なら、いい」
ディディは宙に浮かぶ『職業:運命の子』という文字を見つめていた。
シャオは村のそばの見晴らしがいい高台を選ぶと、そこに小さな石を立てた。その下にはシーユェが眠っている。確実に遺体があったのは彼女だけだったので、墓も一つだけだ。
ディディが食料を調達しているが、ろくな物がない、とぼやいた。あらかた僵尸に喰われているのだという。シャオが片眉を上げた。
二人は1番近い街を目指すと決めた。一つの村の住民が消えたのだ。県尉に報告するためにシャオとディディは村を後にした。
背中におぶったユェの寝顔を確認してから、シャオは歩き出す。その後ろをディディがついていく。後頭部に手をやり、退屈そうな表情を浮かべているが、視線が周囲を探っている。
太陽はすでに中天にかかっていた。陽の光を嫌う僵尸を避ける策だった。夜はディディが結界魔法を張った。大樹の影で野営をとる。
「……そういう事は、しない」
「ちぇっ」
毛布に潜り込んできたディディの手を叩き、シャオは腕の中のユェを見た。絞った果汁を口に流すと嚥下するので、栄養不足は脱したようだ。頬の血色もいい。
だが目覚めない。背負ったままで山を登り、丘から飛び降りても、少女は一向に目を覚まそうとしなかった。猪を狩ろうとしたディディが山腹に大穴を作った際には、爆風で舞い上がった小石が降り注いだが、パラパラと頭に刺激を受けてもユェに反応はなかった。
ディディが再びユェのステータスを確認したが、特記事項はなかった。二人は首を傾げた。
「もう一つ、気になった事がある」
「私も、ある」
二人は揃って顔を向けた。
白目を剥いた僵尸が、歯を見せていた立っている。何度も繰り返して手を突き出すが、結界に阻まれている。防音のため二人にはわからないが、引っ掻く音と呻き声で森の野生動物が逃げ出すほどだった。シャオは30まで数えて、やめた。
ディディがユェを子猫にする扱いで引き抜くと、10歩ほど歩いた。僵尸の群れがついて行く。戻ってきた。群れも戻ってくる。
「どう考えても、ユェ狙いだよな?」
ディディから奪い返すように受け取り、シャオはユェの体を抱きしめた。荷物扱いをされてもやはり目覚める気配はない。ユェが安らかな寝息を立てるのを見て、その頬をシャオは撫でた。
出会って2日目の夜だった。
次は「G-1」。全年齢版をアップし、通常版がミッドナイトへ。




