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X-1 「xenos (異邦人)」



「ラビアンローズド・ファイヤーボルト!」


 黒い服を着た少年の手から、真っ赤な火の玉が飛び出し、亡者の集団が弾け飛んだ。

 遅れて来た轟音と熱風。

 シャオは顔の前で両腕を交差させたが、隙間からの風で側頭部に付けていたシニョンが外れ、長い黒髪が泣きぼくろをかすめて、舞った。


「うわっ。すげえ、すげー。オレ、つえー」


 少年が叫んだが、シャオは長いまつげを数回動かすだけだった。粉塵が弱まる。

 腕を下ろしたシャオの前に、少年が歩み寄った。


「なにこれ! もしかしてこれ、美少女チャイナ娘とのフラグシーンか? 異世界ファンタジーかと思ったら、そういう世界線かよ?」

「谢谢你帮我」

「うわっ、わかんね。シェーシェーはありがとうって意味だったよな。えーっと、自動翻訳ないのかよ! 異世界ファンタジーで、言葉がわからないのはちょっと困るな──啊、做好了」

「……出来た? 何が?」


 シャオがゆっくりとした、明瞭な発音で言った。


「言葉、わかるの?」

「お。わかるわかる! おケガはありませんか、キレイなお嬢さん。危ない所をカッコよく助けたオレに感謝してね」

「ありがとう。私はシャオ」


 そう言って頭を下げるシャオ。

 その頭上に白い文字列が現れたが、それは少年にしか見えていなかった。


『Xiao(18) 職業:道士 レベル:13


ステータス

 HP: 120 / 150

 MP: 80 / 100

 攻撃力: 18

 防御力: 12

 魔法攻撃: 25

 魔法防御: 15

 敏捷: 20

 運: 10



スキル

 符術(中級)

 魔力操作(精密)

 霊視

 回復符(初級)



装備

 武器: 木製の杖(攻撃力+3)

 防具: 道士服(防御力+5)

 アクセサリ: 陰陽石の首飾り(MP+5)……』


 その後に表示された他のアクセサリや身長、体重、スリーサイズまで視線を動かすと、少年は目を切り、シャオの頭から足先をゆっくり眺めた。

 その目の動きを見て、シャオは首を傾げた。


「名前、教えて」

「えーっとオレは、──ディディと呼んでくれ」


 そう男が名乗ると、シャオはきょとんとしたまま、しばし瞬きを繰り返した。数呼吸の後、ふと口元が固まり、瞳がぱっと見開かれる。

 みるみるうちに顔が目元から耳へかけて赤く染まった。


「うぉっ、あぶね!」


 繰り出されるシャオの拳を、ディディはしゃがんでかわした。反射神経は悪くないらしい。黒いローブのすそをひらひらとはためかせながら、次々と正拳突きや蹴りをよけ続ける。


「ふざけて、る」

「何が!」

「……シャオと、ディディ」

「意味わかんねーよ!」


 少年は口の中で何かを呟き、バッと開いた指先をシャオに向けた。少女の足元が一瞬にして泥状に変わり、自重でふくらはぎまでが沈んだ。目を見開くシャオ。


「あっぶねーな。今どき、暴力系ヒロインなんて、流行んねーぞ」


 ディディは殴られない距離まで飛びすさると、腕を組んでにらんだ。


「シャオってどういう意味だよ」

「……シャオ、は、『小さい』」


 それは見たまんまだな、とディディが呟いた。足が地中に埋まっていなかったとしても、シャオは小柄だった。18という年齢を考えても幼く見え、髪の長さを足してようやく、成人並みといったところだ。

 ディディはシャオの一部分を凝視していた。


「どこ、見てる?」


 シャオは胸を隠した。ディディがブンブンと首を左右に振った。


「じゃあ、ディディは?」

「ディディは弟弟と書く。『弟』のこと」


 実際にディディの年齢は16歳──シャオよりも2つ若い。


「『小さい』『弟』の、何がふざけてるって言うんだ?」

「続けて、言わない!」


 二人の名前を続けて口にすると、俗語で男性器を意味してしまう。

 シャオは腰の鞄から2枚の札を取り出した。その前で指先を動かして印を刻むと、一枚を空に、もう一枚を足元へ投げた。

 ふわり、とシャオの体が浮く。

 と同時に、足場の泥が一瞬にして硬度を取り戻した。投げたのは『浮遊』と『硬化』の札だった。

 ディディが驚きの声をあげる。シャオは大地に足を着き、再び殴りかかろうと踏み出した。


「……あれ」

「あぶね!」


 勢いがつき過ぎたのか、シャオがバランスを崩す。

 それを受け止めようとするディディ。二人はもつれ合うように大きな音を立てて地面に転んだ。


「……どこ、さわってる?」

「確かに──『小さい』だな」


 パァーン。

 シャオがディディの頬を叩く音が、山間の木々の隙間をぬうように響き渡った。



「イセカイ、テンセイ?」

「正確には違うんだけどな」

 ディディは頬を擦った。そこには紅葉のような手形が、くっきりと残っていた。


「──仮想現実、だな。くだらない、アホみたいな現実から、この世界にやってきた。この素晴らしきワールドに」

「素晴らしい?」

「そりゃそうさ。なんたって、魔法が使えるんだから!」


 ディディの掌に炎の玉が浮かんだ。続けて指を鳴らすと、氷の塊が現れる。シャオは怪訝な表情でそれを見つめていた。


「不思議」

「無いの、魔法? もしかしてこの世界で、オレだけしか使えないとか?」

「そんなこと、ない」

「じゃあやっぱ、秘められた魔力がケタ外れ、とかかな? さっき放ったラビアンローズド・ファイヤーボルトも、とんでもない威力だったしな」

「らびあ……?」

「そ。かっこいいだろ。とっさに思いついたにしちゃあいい出来だよな。ちゃんと韻も踏んでるし」

「いん?」


 二人は並んで農道を進んだ。少女は呼吸を整えながら歩き続け、少年は少し後ろをついていく。やがて日が傾き始め、影が長く伸びた。村までの距離はわずかだったが、背伸びしても家並みはまだ見えない。シャオは小さく息を吐いた。


「なあなあ。何が『不思議』なんだよ。オレの力には何かありそうなのか?」

「普通は……」


 そこまで口にしたところで、シャオの足が止まった。黒曜石のような瞳が真っ直ぐに向けられた先、村の空へ黒い煙が立ち昇っていた。

 少女は舌打ちし、地を蹴った。


「お、おい!」


 ディディが声を上げ、慌ててその背を追う。


「なあなあ。どこが不思議なんだよ」

「うるさい」


 少女の声音も表情も硬い。村に入ると、建物の影をすり抜けながら、彼女は一軒ごとに声をかけていった。名を呼び、戸口に近づく。だが、どの家からも応えはなかった。人の気配は欠片も感じられない。

 火の手が上がっていたのは村長の屋敷だった。木造の壁は激しく燃え、炎の勢いは留まるところを知らない。返事がなかったのを確かめると、シャオはためらうことなく崩れかけた扉を押し開き、炎の中へ身を投じた。

 後に残されたディディは、掌を広げて冷気を操った。氷の風が地上から巻き上がり、上空へ流れ込む。炎は呼吸を奪われたように勢いを落とし、延焼は収まっていった。


「おい、シャオ! 大丈夫か」

「……私は、大丈夫」


 地面に座り込んだシャオは、黒い塊を抱えていた。シャオの体の半分ほどの大きさの炭だった。枝のように垂れ下がった一部に、緑の石がついた腕輪があった。それを見て、ディディは目を見開いた。死体だと気付いたようだ。


「そ、それ……」

「シーユェ。昨晩は、一緒に寝た。人懐っこい性格で、布団の中に、潜り込んできた」


 抱きかかえて外に運び出すと、シャオは草むらの上にそっと村長の娘を置いた。口内で念仏を唱える。


 2人は村の中をくまなく探し回ったが、住民は誰もいなかった。シャオはぺたんと地面に腰を落とした。肩が震えている。

 ディディは手を動かし、シャオに近づき、何かを言いかけ、視線をそらし、手を下ろすと、結局何もしなかった。


 辺りはすっかり夜の領域だった。蛍のように2人の周りを飛び回る光の玉は、ディディが魔法で生み出した物だった。

 その1つをシャオのそばに残して、ディディは村を見回る。どこに目を向けても残骸ばかりだった。1番まともそうな廃墟を選ぶと、その中に入った。

残された寝具にディディは座った。


「……なんだよこれ」


 ディディは頭を抱え、眉間に皺を寄せた。


「いきなり、ハードな展開すぎる。こんな異世界物、絶対きつすぎる……設定、間違えたかな」


 視線はあらぬ方向へ彷徨い、ブツブツと独り言を漏らす。眼前の洋服棚は視界に入っていないようで、代わりに何かを目で追っていた。


 そのとき、か細い声が耳に届いた。

 ディディは反射的に立ち上がり、『感知』の魔法を発動させる。透明な球が彼の体を包み、その領域は加速しながら空間に広がっていった。


「……見つけた」


 ディディは右手を開いたまま魔法を維持し、動きを止める。ブン、と音を立て、空中にステータス画面が浮かび上がった。


『DD(14) 職業:暗黒魔法師 レベル:1


ステータス

 HP: 90 / 100

 MP: 254 / 255

 攻撃力: 7

 防御力: 8

 魔法攻撃: 255

 魔法防御: 255

 敏捷: 9

 運: 2



スキル

 暗黒魔法

 炎魔法

 氷魔法

 風魔法

 水魔法

 土魔法

 空魔法……』


「違う、何かないのかよ!」


 ディディは取得魔法一覧をスクロールさせたが、適当な魔法は見つからなかった。苛立ちをあらわに、近くの椅子を蹴飛ばし、眉間に皺を寄せながら自らの頭部を殴った。


「落ち着けオレ、落ち着け……こういう時は主人公らしく、クールで画期的なアイデアを思いつくもんだ。思い付けオレ、思い付け」


 その瞬間、シャオが部屋に飛び込んできた。村を覆う感知魔法に触れ、何事かと駆けつけたのだ。


「何が、あった?」


 しかし、ディディは口を開こうとしたまま絶句した。感知魔法が捉えていた生存反応が、突然消えたのだ。井戸に投げ込まれ、災禍を逃れたはずの5歳の少女──『運命の子』ユェ──は、石壁の隙間を流され、はるか地下で絶命していた。


 ディディは「う、うう」と呻き声を漏らした。


「うー、うー、うー、うー、うー、うー……なんだよこれ。なんなんだよこれ。こっちの世界ではオレつえーで、楽勝なハッピーライフを送れると思っていたのによー。なんだこれなんだこれ、とんでもない鬱展開じゃねーか。トラウマエンドじゃねーか、うー、うーうー、うーうーうーうーうー」


 声をかけようと手を伸ばしたまま、シャオは固まった。その視線の先で、ディディの姿は突然消えていたのだ。


「……夢?」


 間近で起こった異常な現象に、シャオは目を大きく見開き、口を開けたまま動きを止める。差し伸べた手は宙を掴んだまま、何もつかめずに揺れていた。静寂だけが、辺りに残された。


 ──ッ ブツッ。──


次は「S-3」。

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