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U-3 「上杉秋良の日報から抜粋3」



 翌8月1日 雨が降ってきた


 0:00、日付が変わる頃。机に向かい、これまでつけてきた日報を読み返す。

 人体壊死事案──いったい、いつ頃から始まったのか。別所の心臓は壊死していた。検視では判別できない内部の壊死があった場合、当然自然死として処理される。だが、それでも、過去のいくつかの死は不自然であったことに違いない。

 共通点はあるのか。資料を確認しても、手掛かりは何も出てこなかった。

 署内は深夜の静けさ。思考を整理し、記録を積み重ねるしかない。


 1:35、過去の日報を読み返していて「DDA」という単語を見つける。別所事案の際、伊達夏芽の証言から出てきた言葉。詳しい者に確認したところ、夢を見る機械であることは間違いなく、それ以上でも以下でもないとのこと。

 2:05、夜食にカップ麺。休憩室で小野寺と合流。うどんをすすっている。

 雑談の中で「夢が現実に影響する可能性」について問いかけたところ、小野寺は「洪水の夢を見たらおねしょした、みたいな話か」と軽く返す。

 鑑識・山口が口にこそ出さなかったが──壊死という異常現象が人智を超えたものである可能性が脳裏を離れない。夢でならば成立する理屈。そして、もし夢に見たものが現実になるとすれば──「DDAを確かめなければ」と独り言。小野寺に聞かれてしまった。

 2:07、繁華街にて酔客同士の喧嘩発生の通報。怪我人あり。小野寺と共に現場へ向かう。

 車中、小野寺が「DDAはこの間の別所の件だな。伊達夏芽はシロだ」と発言。理由を尋ねたところ、「遠藤萌々香がそばにいたから」と。遠藤は小野寺昭の娘であるとのこと。初耳だった。

 運転中、驚きで一瞬ハンドル操作を誤り、電柱に接触しかける。「公務災害は始末書だけじゃ済まねーぞ」と小野寺に叱責される。

「遠藤はオノさんの娘なんですか?」

「そうだよ。お前、捜査資料読んでねーな。俺に似ず、いい女だろ?」

 だから大学で、聴取の時に席を外したのか。「独り者だ」と以前言っていたが、どうやら事情があるらしい。窓外を見ながら「お前もそうならないように気をつけろ」と言われ、不快な余韻が残った。


 2:21、現着。繁華街路上にて酔客2名による口論からの殴打事案。騒擾状態となっていたため、周囲の人垣を整理しつつ双方を引き離す。

 その際、加害側が手近にあった一升瓶を振り回し、破砕。破片飛散により被害側の頭部に裂傷あり。流血を確認。救急隊を要請済みで、到着後に連携し負傷者搬送。

 加害側は泥酔により錯乱していたが、制止後は落ち着きを取り戻した。現場保存を図りつつ、破片の散乱状況を鑑識に引き継ぎ。聞き込みの必要性は軽度。

 2:50、署へ戻る途中、無線にて「隣室騒音トラブル」の苦情通報あり。現場が近距離であったため直行。双方の主張を確認し、仲裁。厳重注意を行い、その場は収束。

 処理終了と同時に次事案の発生報。こういう時に限って重なるものだ。

 本日の思考整理はここまでとする。

 7:10、帰宅。

 台所にラップをかけた握り飯。妻に感謝しつつ口に運ぶ。冷めていても旨い。


     *

     *


 8月27日 晴/曇


 09:10 駅構内にて高校生同士の小競り合い発生。制止介入中、相手の腕が当たり顎を打撲。感情的に声を荒げ、大人気ない対応をしてしまった。反省を要する。

 人体壊死事案については、山口より特段の異常は確認されていないとの情報あり。件の現象は、夏の終わりとともに鳴りを潜めた模様。

「……何か悩んでるのか」

「特にありません」

 しかし実際には、事案の突然の収束に消化不良を覚えている。

 業務中、苛立ちから声を荒げた案件が2件。

 11:25 駅前交差点にて、自転車の無灯火運転を注意。本人は「まだ明るいからいいだろ」と反発。必要以上に強い言葉で叱責し、相手を萎縮させてしまった。

 13:40 商店街裏にて、騒音苦情対応。若者グループが音楽を流していたが、軽微な状況であったにもかかわらず、「署に連れていくぞ」と強めに警告。場は収束したが、後味の悪さが残った。

 いずれも本来であれば冷静に対処すべき案件であり、感情の持ち込みを反省。気持ちの整理を要する。『◎』※9月3日付で追記。

 昼は菓子パンを1つ。

 夜はもつ鍋だった。残暑厳しいのに、と問いに妻は「秋くんの好物でしょ」との返答。妻なりの気遣い。この時間だけが癒しだ。


     *

     *


 8月30日 雨


 7:00、出勤。署内は雨音で静か。鑑識の山口が声をかけてきた。手には例のDDA。聞けば押収した物とのこと。「使ってみるか?」

 刑事課・生活経済係が追っていた詐欺グループの情報交換にDDAが使われていたらしい。誰かが中に入って確認する必要があり、人員を募っていたとのこと。迷わず志願。これが正しい選択かどうかは別として、確認しておくべき事態だろう。

 7:15、準備開始。DDAの操作方法を山口から説明してもらう。高額機材に手を触れる緊張感と、未知の機器を扱う興奮が入り混じる。

 8:10、管内で2箇所同時に、自動車同士の衝突事故発生。雨の日は視界が悪い上に、急な制動で滑りやすい。交通課の応援。

 昼は署食でカレー。雨に濡れた体を温める。

 午後は操作開始前の待機。署内には静けさが戻るが、心臓は少し早鐘を打っている。


 13:10 確認作業は空いていた取調室にて。刑事課だけでなく、庶務課の面々まで集まる。鑑識課ならまだしも、その他は完全に野次馬状態。

 小野寺が「SFマンガの主人公みてーだな」と言うが無視し、電源を入れる。

 装置の起動音が室内に響く。心臓が少し早くなるのを感じながら、操作開始。


 13:15、取調室でDDAを装着。額にヘッドギアを被せ、電源投入。微振動と冷感を感じる。眼前に半透明の起動画面が表示され、網膜スキャンおよび指紋認証を実施。

『ルシッドネーム』と呼ばれるIDはしばし考え、『川路利良』と名乗った。周囲から吹き出す声。初代警察庁長官の名前は警察官なら誰でも知っている。設定を続ける。ログイン完了。

 13:20、意識が仮想空間に移行。視界は白一色、耳元に女性音声。「使用可能時間は残り2時間」との案内あり。

 13:25、指示されていたログ格納庫を見つけるが、対象らしき物はなし。『夢の欠片』と呼ばれる夢の記録データは『NO DATA』となっていた。一度ログアウトして今後の指示を仰ぐ。軽い酩酊感。


「別ユーザーじゃあ駄目か」

 山口、舌打ちと共に不満を漏らす。「では、どうすれば……」

「たぶんログの交換機能を使って」

 鑑識課連中と課長が話しながら部屋を出て行った。取り残される。わずかな頭痛。

「おつかれさん」

 小野寺が肩を叩いた。


 午後は大きな出動もなく、溜まっていた書類整理に追われた。

 18:15、帰宅する。

 夕食はからあげ。少し胃が重い。


     *

     *


 9月1日 小雨


 09:00、二度目のDDA装着。事前に別デバイスから送信されたログを取り出し、確認ボタンを押す。圧縮情報が脳内に流入。生活安全係が明後日に予定しているガサ入れの詳細(日時、場所、参加者、人数、対象、目的、理由、失敗時の対応策3パターン)を取得。

 09:10、DDAログアウト後、内容を報告。鑑識・山口は色めき、実験は成功との判断。異常感覚や健康影響は特記なし。

 昼食は署のカレー。いつも通りの味。


 13:00、生活安全係の刑事同行で、DDA開発元日本支店訪問。大規模ビル内に研究施設あり。対応は能面のような表情の女性。美形だが感情の読み取り困難。別所の妻、玲であることを確認。

 挨拶の後、早速本題。生活安全係は被疑者が使用するDDAの内部情報へのアクセス手段を探すも、完全1オーナー製で不可能との回答。

「夢は自分だけの物でしょう」との玲の言葉に同感。刑事課で唯一DDA経験のある身として同行したが、確認したいことは一つだけ。

「夢が現実に影響を及ぼす可能性は?」

「あらあら」

 玲は微細な眼球運動を伴い、明確に否定。

「あり得ません」


 15:30、署へ戻る途中、小野寺から携帯着信。

「すぐ戻れ! 回転灯鳴らせ。俺が許可する」

「落ち着いてください。いったい何が……」

「奥さんが暴漢に襲われた!」

 ──思考が停止し、言葉が飲み込まれる。運転中の刑事がアクセルを踏み込み、私は「安全運転で」と呟くのみ。車窓を濡らす小ぶりの雨が続く。


次は「X-1」。

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