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U-2 「上杉秋良の日報より抜粋2」


7月27日 曇


 早朝、大学構内で倒れている人物発見との通報。死亡確認済み。地域課からの報告で署内がざわつく。

「行くぞ上杉」

 そう張り切っていた小野寺だったが、現場である大学名を聞いた途端に「おや?」と首を傾げた。

「どうしたんですか」

「いや、まあ。その、な」と、やけに歯切れが悪い。

 7:10、駐車場に車を止め現場へ。場所は研究室棟の一室。遺体は別所博、49歳、言語学担当。髪は多く年齢の割に若く見える。現場確認では外傷・壊死ともに見られず。

「第一発見者はこの大学の警備員です。研究室の灯りが点いていたので、様子を伺ったところ、ソファの上に座っていた別所を発見。寝ているものと思い、揺すった際に衣服に触れています」

「防犯カメラは──」

「もう精査に回した」

 小野寺がやってきた。どこで道草を食っているのかと思えば、仕事が早い。

「ちょーっと見てみたけど、このセンセ──」

冷めた視線を遺体に向ける。「昨晩、女子大生を連れ込んでたぞ」

 ホレ、と言ってスマホを見せる。モニターを直接撮影した荒い画像で──時間は20時。学生は黒髪、眼鏡、薄色シャツに長いスカート、身長160cm前後。

「ちょっくら聞き込みに行ってくる」

「オノさん! あまり大っぴらには」

「分かってるって」

 小野寺と入れ替わりに、鑑識の山口到着。青いツナギにマスク姿。目が合うと露骨に眉をしかめる。

「上ちゃんいると、嫌な予感しかしねーな」

 現場には長い頭髪と使用済みカップが2つ。学生の関係者かは断定できず。いかなる痕跡も見逃さない構え。

 山口は黒いヘルメットを指差しながら、別所のバイク通勤の有無を確認。「そんな風には見えないな。日焼けの跡もない」とのこと。


 8:30、屋外の騒がしさに気付き外に出る。保全テープの外に人垣が形成されていた。早い学生は登校中。

 遠くから走ってくる人物を確認。長い茶色の髪、短いスカート、健康的な脚。額には汗、眉は凛々しく、瞳は光を反射していた。外見の整い方が尋常でないため、現場では目立つ。別の女性と会話した後、共に物陰へ消える。

 山口鑑識から呼ばれる。現場再確認。明らかな外傷や出血はなく、顔色変化も軽度。腫脹・溢血点なし。壊死部位もなし。「事件性は無い。持病の有無だけ確認」との判断。

 小野寺が戻ったため、一旦車へ。上司に報告。他殺可能性は低いと伝え、署に戻る。昼食はコンビニおにぎり。小野寺は唐揚げを追加購入。

 13:30、カメラ精査の結果が出る。先ほどの画像の女子が、別所と最後に接触した人物で間違いなし。

「国文学科1年の伊達夏芽って言うらしいぞ」

「どこで聞いたんですか」

「娘の友達を探してるって言って、な」

「……独り身じゃなかったんですか?」

「そんなの言わなきゃわかんねーだろ」


 14:00、学生課を訪問。対応した職員は今朝見かけた女子と一緒にいた佐倉。伊達への連絡を依頼。30分ほどで到着予定のため、応接室を借りて待機。

 小野寺が煙草から戻り、慌てた様子で「聞き込みに行ってくる!」と消える。また面倒ごとが回ってきた。

 14:45、応接室に伊達夏芽到着。同行者は遠藤萌々香。今朝見かけた美人だ。伊達が緊張・混乱して話せないため、遠藤が通訳役。

「それに、婦警さんもいないみたいですし」

「……お話を伺いたいだけなのですが」

「それとも、そこのドアを開放しておきますか? 先ほど案内してくれた、学生課の佐倉さんに臨席していただいてもかまいませんが?」

 顔の良さに相反して性格が悪い。遠藤は警察手帳を注視。男性しかいない密室での安全配慮も兼ねている。


 15:00、事情聴取開始。

 遠藤証言によると:

 昨夕、伊達は17:50に駅前公園で別所と待ち合わせ。遠藤も同席。



伊達はタクシーで大学へ、別所は徒歩(大学まで15分程度)。



伊達の研究は当日終わらず、翌日へ持ち越し。



伊達夏芽が研究室を出たのは22:30頃。遠藤は20分後に合流、居酒屋へ。解散は23:40頃。



 時間軸は防犯カメラや居酒屋レシートで概ね確認可能。公園では上り電車の出発時刻と一致。終電にも間に合う時間で解散。伊達が研究室を出た際も学内カメラで確認可能。

 伊達本人にも時間の記憶を確認する予定だったが、遠藤によると「DDA」という装置で記録されているらしい。夢を自在に見られる機械とのこと。要確認事項。

 事情聴取は遠藤の体調悪化により終了。事件性は現段階で低いと判断。

 16:10、車に戻る。小野寺は仮眠中。

「どこ行ってたんですか?」

「聞き込み」

「……DDAって知ってます?」

「知らん」

 17:10、署に戻り報告書作成。その後、帰宅。

 夕食はうなぎまぶしおにぎり。美味。


     *

     *


 7月28日 晴/酷く暑い


 午前、前日の大学構内死亡事案について続報。

 検視官は「死因が即断できない」と判断し、遺体は司法解剖に回されることになった。事件性は明確に確認されていないものの、急死事案であり年齢も若い。自然死と断じるには材料が不足しているためとのこと。

 8:30、遺族へ説明。検視官が立ち会い、「死因特定のため解剖が必要」と伝達。遺族は動揺していたが了承。遺体は大学病院の法医学教室に搬送された。

 11:00、署内で報告書作成。小野寺は「通夜や葬式はどうなんだ?」と聞いてきた。「解剖が済んで遺体が戻るまでは出来ないですから。早くても明後日でしょう」と答える。「俺らも行くか……」と露骨に嫌そうな顔をしていた。

 昼はコンビニ飯。唐揚げ弁当。小野寺はまた自分の分だけプリンを買っていた。

午後、大学側から問い合わせ。学生が動揺しているため、なるべく早く説明をしてほしいとの要請。上司は「死因判明を待ってから対応」との方針を示す。

 16:00、解剖開始との連絡が入る。結果判明は今夜か明朝との見込み。

 19:00退庁。

 夕食は鯖の味噌煮。妻は生姜を効かせていた。


     *

     *


 7月29日 曇/雨


 午前8:30、司法解剖の結果報告。死因は「心筋梗塞」。外傷による窒息や外因死の痕跡は否定された。

「やっぱり事件じゃなかったな」

 小野寺はそう言って大きく欠伸をした。昨夜は遅かったらしい。

 10:00、遺族に説明。妻の別所玲は大きく感情を動かす事なく、無言で頭を下げた。「明日通夜、明後日告別式」と決まった。警察からは署長名義の供花が出される。

 11:30、大学へ報告。学生課の佐倉が応対。

「学生たちがざわついていて……」

 事件ではないと告げると、少し肩を撫で下ろした様子だった。

 昼は立ち食い蕎麦。小野寺はカツ丼も付けていた。

 午後、遠藤萌々香から署に電話。伊達夏芽が気分を崩しており、調書を取るのは葬儀が終わってからにしてほしいとのこと。上司も了承。「夢の機械」──DDAの件は気になるが、今は静観するしかない。

 18:00退庁。帰宅途中に雨脚が強まる。傘は持っていなかった。びしょ濡れで帰宅。

 夕食は冷しゃぶ。妻に呆れられる。


     *


 夢。

 線香の匂い。

 白い花に囲まれて、誰かが笑っている。

 目を凝らしても顔は見えなかった。


     *


 7月31日 夜勤/曇


 17:30、出勤すると、山口に自販機の陰まで引きずられた。顔色が良くない。話を聞くと、先日大学で死亡が確認された別所の解剖結果がおかしかったらしい。

「あったみたいだぞ、壊死」

 心臓に壊死が確認されていたという。真っ黒に変色した心筋──医学的には極めて異常だが、誰にもできる芸当ではない。警察としても事件性は認められず、行政判断として処理されたとのことだった。


 夜勤の机に向かいながら、頭の片隅で異常な解剖結果を意識する。記録を整理し、巡回を行い、いつも通りの夜を過ごすしかない。

 それでも、心のどこかで、この異常は頭から離れなかった。

次は「S-1」。

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