U-1 「上杉秋良の日報より抜粋1」
7月9日 曇/雨
早朝、管内で多重衝突事故が発生。交通課だけでは処理しきれず、応援に駆り出される。現場は惨状。始業前から消耗。
昼食は車中でパン2個。
14:45、110番。「自宅で人が亡くなっている」との通報。第一臨場の地域課から応援要請あり。現着すると、すでに鑑識の山口が入っていた。
「上ちゃん、これ見てくれ」
ベッドの上で死亡していたのは若い女。外見上は自然死に見えたが、右手の指──示指・中指・環指──が黒く変色していた。
「アザですか? 火傷?」と聞くと、山口の答えは「壊死にしか見えん」。理解不能。
『第一の事案?』※8月1日付で追記。
17:30、署に戻り報告書作成。その後、帰宅。
夕食はカレー。妻はいつも通り里芋を入れていた。
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7月11日 晴/酷く暑い
午前、署内で書類整理。前日の報告書の加筆修正に時間を取られる。
10:30、地域課からの依頼で行方不明届の受理立会い。大きな動きはなし。
昼は署食。うどん定食。味は平凡。
午後は所轄内を巡回。特に事件性ある事案なし。
16:00から会議。事故処理の件で交通課と調整。長引く。
本日、目立った案件なし。
19:00過ぎ帰宅。
夕食は焼き魚。妻が大根おろしを山盛りにしていた。
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7月12日 晴/曇
午前中、署内で通常業務。前日の書類処理の続き。
昼は同僚と弁当。
14:10、110番通報。「アパートで住人が倒れている」との内容。地域課が先行して臨場。応援要請あり現着。
室内で倒れていたのは中年男性。すでに死亡確認。外見は病死に見えたが、右大腿部が黒く変色。第一の事案に酷似。
鑑識の山口も現場入り。
「偶然とは思えないな」と一言。私も同感。
自然死とするには不自然。身体の一部、壊死──理由不明。
『第二の事案?』※8月1日付で追記。
16:30署に戻り、上司へ口頭報告。捜査本部設置の可能性が議論される。
19:00帰宅。夕食は冷やし中華。妻は錦糸卵を厚めに切る。
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……何者かに手を掴まれる。
握られたのは、人差し指と中指と薬指だった。
腕を取り、肩を決めようとしたが、まるで手応えがなく、何者かは闇に消えた。──そんな夢を見た。
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7月14日 晴/時々曇
午前、雑務。庶務課との打合せ。
昼は署食でカレー。味は前回と変わらず。
15:20、通報。「自宅で男性が倒れている」との件。地域課と共に臨場。
現場は一人暮らしの高齢者宅。布団の上で死亡確認。生活環境からして病死と判断される。
身体に外傷なし。指先も異常なし。壊死所見は確認されず。第一、第二の事案との関連は現時点で見られない。通常の案件として処理。
17:00署に戻り、簡易報告作成。
18:30退庁。
夕食は親子丼。妻が玉ねぎを少し焦がしていた。
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7月16日 曇
午前、通常業務。書類整理。
10:00頃から署内がざわつき始める。生活安全課主導のイベント『職場のお父さんお母さんを見てみよう』が本日開催。職員の家族を署内に招く催し。
子供らが廊下を走り回り、受付前で歓声。刑事課も例外ではなく、机の上を慌てて片づける者あり。
鑑識の山口は「見せられる仕事じゃないぞ」とぼやきながらも、指紋採取を子供向けに実演して拍手を浴びていた。
書類を片付けていると、小野寺巡査長に腕を引かれる。「刑事さんの仕事が見たいってさ」
「……オノさんも刑事じゃないですか」
「俺は忙しいんだよ」
呆れる。「で? オノさんのご子息かご令嬢が来てるんですか?」
「俺は独り者だよ。そっちにいるのは、副署長のお孫さんと課長の息子」
そう言い残して逃げた。すぐに面倒ごとを押し付ける。「事件は地道な記録から始まる」と話したが、子供らはすぐ飽きて去った。
午後は通常業務に戻る。事件性ある通報なし。
19:00退庁。
夕食は煮魚。妻は大葉を添えていた。
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7月17日 晴/暑い
午前、署内で事務作業。報告書の整理と押印回り。
10:00、生活安全課から相談依頼。近隣トラブルの仲裁案件。現場へ赴いたが、大声での口論止まり。刑事課として深追いの必要なし。
昼は署食。冷やしそば。味は平凡。
午後、管内を巡回。事件性ある事案なし。
「気をつけて帰れよー」
車道を歩く小学生の列に小野寺が声をかけた。意外と子供好き?
15:40、窃盗未遂で保護された若年者の取調べ補助。特に目立った供述なし。
壊死事案に関わる新しい情報なし。第一・第二の件は動きなし。
18:00退庁。
夕食は豚の生姜焼き。妻はキャベツを山盛りにしていた。
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7月19日 曇/雨
午前、通常業務。報告書整理。
昼は署食。焼肉定食。味は濃い。
14:20、110番通報。「自宅で母親が倒れている」との件。地域課が先行臨場。応援要請があり現着。
現場は木造アパート二階。台所で倒れていたのは四十代女性。すでに死亡確認。外見は病死に見える。
山口(鑑識)は腕を組んで沈黙したまま、写真を撮り続けていた。
「どう説明すればいいのか分からん」
「と言うと?」
「この頸部な──」
頸部には帯状の暗色変化が確認された。チョーカーのような形状で、表皮は黒褐色に壊死しており、下層の真皮に達している可能性がある。第一、第二の事案と酷似している。
さらに肉眼で観察した限り、顔面や頭部に著明な溢血点は認められない。壊死部の幅・形状は、人間の手で圧迫した場合に生じる範囲とほぼ一致しており、自然発生ではない可能性が高い──。
「人の手で圧迫された形跡があるにもかかわらず、通常の損傷や出血は見られない。口に出すのも嫌だが……これは──」
山口は小声で吐き捨てるように言った。
『第三の事案?』※8月1日付で追記。
16:30、署に戻り、上司へ報告。会議で「連続性を視野に入れるべき」との意見も出たが、却下された。事件性があるのかどうかさえ判断がつかない。
19:00退庁。
夕食は麻婆豆腐。妻は山椒を利かせすぎる。
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7月21日 夜勤/曇
17:30出勤。刑事課当直。机上に未処理の案件が積まれており、まずは整理。
19:00、近隣トラブルの通報。地域課と共に現場確認。小競り合いのみで収束。刑事課の介入は不要。
晩飯はカップ麺。外れ。小野寺が食べていた物がひどく美味しそうに見えた。
『焼きあごだし「潮騒」◎』期間限定だったようで、未だに見かけない。※9月12日付で追記。
21:30、万引き事案の聴取。相手は高校生。保護者を呼び、生活安全課へ引き継ぎ。
23:50、酔客が道端で倒れているとの通報。巡回中の交番員が対応。こちらは署で待機。
深夜帯、壊死事案に関する通報なし。「連続性を意識する必要あり」と課内で再度確認するが、反応薄し。
午前4:00、眠気と闘いながら記録作成。
6:30引き継ぎ。7:00退庁。
朝食は妻が作り置いてくれたおにぎり。梅干しが強烈に酸っぱい。
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夢を見ていた。
その実感はあるのだが、実体は朧げだった。悪夢だったのだろう。寝汗が酷かった。固い椅子の上で寝るからだ。
「──もう少し寝とけよ」
ソファから小野寺の声がした。こちらを見ていないはずなのに、耳ざとい人だ。
「オノさん」
「なんだよ」
「場所、変わってくれません?」
「ふざけんな。俺は腰が悪りーんだよ。椅子で寝るのは新人の仕事だ」
「オノさん、家近くじゃないですか?」
「帰ってる暇はねーよ。刑事は忙しいんだ」
早く寝ろ、と小野寺は言ったが、帰りたくない理由があるなと感じた。刑事の勘だ。
「なんで仮眠室は1個しかないんですかね?」
「知るか」
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7月25日 晴/暑い
午前、通常業務。机上の整理。壊死事案について新しい情報なし。
10:00、生活安全課主導の「交通安全フェア」開催。署前の広場にテント設営。近隣の子供や高齢者が集まった。
白バイ展示、シートベルト体験車、飲酒ゴーグルによる歩行体験。刑事課の出番は本来ないが、雑用として駆り出される。
小野寺がヘルメットをかぶせられて、白バイにまたがる子供らの補助役をしながら、「俺は白バイ隊員じゃねえぞ」とぼやいていた。
「お。上杉。いい所に来た!」
押し付けられてしまった。
昼は署で弁当。冷えた焼き鳥丼。
午後もイベント対応。交通課の説明にうなずくだけの時間が長い。署内全体が浮ついていた。
本日、事件性のある通報なし。
17:30退庁。
夕食は素麺。妻は氷を多めに入れていた。
次は「U-2」。




