A-1「あなたの夢を見る方法」
プロジェクトタイトル
『告白できない僕が、DDAで未来を変える物語』
●はじめに
はじめまして。朝日燈真と申します。
僕は今、人生で1番大切な人に、どうしても伝えたい言葉があります。
でも、勇気が出なくて、何度やろうとしても、あと1歩が踏み出せないでいます。
そんな僕の背中を押してくれるかもしれない、1つの技術に出会いました。
それが、夢を自在にコントロールできる装置、DDA(Dream Dive Adapter)です。
このプロジェクトでは、DDAを使って、告白が成功するまで夢を何度も繰り返し、現実の自分に自信をつけるまでの過程を、皆さんにお見せしたいと思っています。
●僕がDDAで叶えたいこと
告白の練習: 夢の中で、理想的なシチュエーションで告白の練習をします。
自分自身の克服: 夢の中で完璧な自分になることで、現実の臆病な自分を克服します。
物語の共有: この挑戦が、僕と同じように悩んでいる誰かの勇気になることを願っています。
●ご支援いただいた皆さんへのリターン
僕がDDAで見た夢は、成功も失敗もすべてログとして記録します。この挑戦を応援してくれる皆さんのために、その夢の記録を共有することにしました。
『夢のログ』:僕の夢を記録したテキストデータ。
『夢のスケッチ』:夢の中で見た風景のイラスト。
『夢のリクエスト』:皆さんが見たい夢を僕にリクエスト。
●最後に
もし、僕の挑戦が成功し、DDAがきっかけで告白できたなら、それは僕個人の勝利ではなく、僕を応援してくれた皆さんとの共同作業の勝利だと思っています。
この夢の物語に、どうか力を貸してください。
応援、よろしくお願いいたします。
*
僕は今日も告白する。
ミサキ先輩に。
夢の中で。
*
ベッドに横たわると、僕は枕元に転がしていたヘッドギアを手に取った。被ると、額に冷たい金属と、柔らかなシリコンの感触が伝わる。少し重みを感じるが、不快ではない。
「DDA、起動」
声に出すと、額に当たった金属プレートが駆動音とともに微かに振動した。冷たいのか熱いのか判別できない、「変化」としか言いようのない刺激が肌に伝わる。その直後、眼前のモニターに起動画面が浮かび上がってきた。
半透明の画面越しに見る、見慣れた天井。古びた電灯。石膏ボードの壁。絵本が並べられた本棚。そんな現実の景色が、ゆっくりとノイズにまみれていく。
『DDA SYSTEM:START UP』
無機質な砂嵐の世界に、青い光が弧を描き、数本のコードが接続されるアイコンが点滅する。それは、僕の脳と、現実ではないどこかにある世界とを結びつける、儀式のようだった。
一瞬の静寂の後、目の前がまばゆい光に包まれる。眼球の奥まで響くような不思議な感覚。まぶしいと感じるけれど、目に優しくないわけでもない。ただただ、白。自分がいつしか目を閉じていることさえ分からなくなる。
『DDA SYSTEM:AUTHENTICATION』
網膜のスキャンが終わると、今度はログインだ。世界はすっかり白く変わっている。もう僕の部屋の輪郭すらない、静寂の世界。僕は耳元の窪みに人差し指を押し当て、頭の中で自分で決めたルシッドネームを名乗った。
「夢のまた夢太郎」
チャットや深夜ラジオにありそうな名前を選んだけれど、果たして正解だったかは分からない。毎回名乗らされるのだから、もっと簡単な名前にしておけばよかったと後悔する。
『DDA SYSTEM:LOGIN COMPLETE』
指紋と思考認証が終わると、耳元で柔らかな女性の声が響いた。
「認証しました。おかえりなさい、夢のまた夢太郎様。本日のご使用可能時間は残り2時間です」
半透明のインターフェースが現れる。その左端には「DIVE」という文字。視線を動かして選択すると、点滅を始めた。
「夢の構成を開始します。ご希望のシチュエーションを想像してください」
頭に浮かべたのは、夕焼けに染まる放課後の部室。窓から差し込む夕日が、先輩の横顔を照らしている。完璧にセッティングされた、夢の舞台だ。僕はOKの合図をDDAに送る。
「……DIVE」
優しい声が聞こえると同時に、僕の意識は掃除機に吸い込まれるような、水流に飲み込まれるような、引っ張られる感覚を覚える。
ねじれる。
はじける。
混沌。
静寂。
あたたかい光。
心地いい。
全身をぎゅっと握りつぶされる感覚。
何が僕で、どこが僕なのか。
──!──
*
大学のメインエリアから山を下るように10分ほど歩くと、サークルハウスがある。そこにはインドア系の集団が多数収容されているけれど、僕が入っている児童文学研究サークルもそこの1室を根城にしている。
昔は離れ校舎だったのだろうか。窓だけはやたら多い、いかにも学校然とした佇まいだ。壁は歴史の分だけ薄汚れている。
中央に玄関があり、そこで靴を適当に脱ぎ散らかすと、正面の階段を2階へと上がった。3階がどうなっているかは知らない。僕の記憶が曖昧な部分のディテールを気にしないことにしている。
階段から左へ2つ目の扉。プレートには「心理学研究会」とあるが、ドア自体に画用紙で手書きの「児童文学研究サークル」という看板が貼られている。誰が描いたかわからないウサギの絵は、元々はピンクだったのだろうが、今ではすっかり野うさぎの色に日焼けしている。
扉を開く。
窓側の机の奥には、唯一の3年生のハヤシ部長がいた。いつものように児童文学の素晴らしさを滔々と語っている。
その隣には、僕と同じクラスのサヤカさんが座り、何度も聞かされたであろう演説を楽しそうに聴いている。きっとサヤカさんはハヤシ部長が好きなのだろう。
黒板にはヒラシマ先輩が謎の絵を描き、それに対して社会学科のカジタくんが文句をつけている。「アンタの絵は子どもの心を掴まない」と後輩に言われても先輩はどこ吹く風だ。いつものやり取り。ただじゃれあっているだけだ。
キクチ先輩とトモコ先輩とアベくんは来ていないみたいだ。遅れて来るのだろう。
「ハヤシ部長」「サヤカさん」「ヒラシマ先輩」「カジタくん」「キクチ先輩」「トモコ先輩」「アベくん」
僕はサークルの仲間の名前を心の中で呼んだ。
「──消えて」
途端、彼らの姿が消えた。存在そのものが消え、喧騒すら消え失せた。少しリアルに想像してしまったがゆえに生まれた彼らは、もうこの夢には出てこない。必要もない。
残ったのはただ1人。
唯一。
ミサキ先輩が立っていた。
窓からは夕焼けの半分だけが容赦なく本棚を焼き、背が日に焼け、すっかり題名が読めなくなった本は、けれどその価値を失わない。
その中の1冊をミサキ先輩は手に取った。本を開きかけ、それが幾度となく読み込んだ物であることを思い出したかのように手を止めると、再び本棚に戻した。そのままゆっくりと振り返る。
いつもぶっきらぼうな現実のミサキ先輩とは違い、夢の中の先輩は、柔らかく微笑んでいた。
夕焼けの光を浴びた、ショートボブの茶髪が顎先を隠すようにふわりと揺れる。ゆるくウェーブがかかった前髪の隙間から覗く大きな瞳が、僕を真っ直ぐに見つめた。
「……で?」
身長は僕より少しだけ低く、細身の体躯には、シンプルな白のTシャツと、ダメージ加工のデニムがよく似合っていた。
服から覗く手足は華奢に見えて、実は格闘技を習っているんだと言われても深く納得してしまいそうな、猫みたいなしなやかさを感じさせた。
不意に、先輩がくすりと笑う。八重歯が見える独特の笑い方。
「まさか先輩を呼び出すなんて、お前も偉くなったもんだな。びっくりしたよ」
言葉の内容ほどにはトゲがない声色。むしろ楽しそうな雰囲気さえある。先輩の物言いはいつだってシニカルだ。
「で、要件はなんだい?」
この部屋にミサキ先輩を呼び出した理由は1つしかない。僕がこんな奇妙な機械を頭に被って寝ている理由。夢を見続ける理由。
「あ、あ、あの、」
マゴマゴする僕。言葉はいつだって出てこない。胸の辺りでぐるぐる迷子で、喉を通って出るのは「あ」だの「う」だの。幼児か。
「また、ぼーっとしてるのか?」
唐突にミサキ先輩が言った。「そんなんじゃ、いつまで経っても告白できないだろ?」
その声は現実の先輩と同じ、少しハスキーでクールな響きなのに、僕の心を蕩けさせるほど優しかった。
背中を押された気がした。いや、背中どころか、その声は僕の心に貫通して、胸の辺りから天をつく勢いで持ち上げてきた。
詰まっていた言葉を。
積み上げてきた想いを。
「せ、先輩のことが、すっ、好きなんです。付き合ってください」
僕の言葉を聞いて、ミサキ先輩は一瞬だけ目を見開いた。驚かせてしまった。長いまつ毛がバサバサと動く音が消えないうちに、先輩はゆっくりと目を伏せる。
「……ごめん」
そして、口元を歪ませた。笑うようにも、悲しそうにも見えた。ミサキ先輩は、ゲームの結末を告げるように言った。
「一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし」
──ッ ブツッ。──
*
僕は夢から覚めた。
身体中を巡っていた熱が、急速に冷めていく。残されたのは、シーツの肌触りと、枕に染み付いた僕の汗の匂いだけ。
夢の中で完璧に存在していたミサキ先輩は、もうどこにもいなかった。
ただ、天井の白い壁だけが、無機質に僕を見下ろしていた。
僕はDDAを外す前に、今日の夢の記録データを確認する。たった1分の、幸せな妄想。
DDAのAIが今日の成果を編集し、支援者へと送信していく。失敗に終わった今の告白、「放課後の部室に呼び出してみた」編を、いろんな人に見られるのは、恥ずかしいやら、苦々しいやら、なんとも言えない気持ちになるけれど、仕方ない。そういうリターンにしたのは、僕自身だ。
それに、僕の素性は夢の中で鏡に映らない限りはわからないし、ミサキ先輩の姿も現実とは変えてある。身元バレはまずない。
汗で湿ったTシャツを洗濯機に放り込み、さっとシャワーを浴びると、僕は大学に向かった。夢の中のミサキ先輩に引っ張られて、似たような服装を選んだけれど、靴は茶色いモカシンだ。
足取りが軽くなりすぎているのを自覚したので、少しセーブ。僕は踵を鳴らしてピロティの地下へと降っていった。
反射で中が見えないガラス戸を押し開くと、通路に大きな扉が2つ並んでいる。それらに貼られた防音用の布は、絵本に出てくる王様のマントに似ていたが、劣化のせいか馬鹿な学生の悪戯か、あちこちがほころんでいた。力いっぱい押してもゆっくりとしか開かないドアは、どこか古い映画館を思わせる。第3号館講堂。
国文学科で児童文学研究サークルに所属している身として、この講義は外せない。──日本語学。
講師はオッサン先生で、低音ボイスは眠りを誘うし、テキストも意味不明。このご時世にOHPを使用するから、見にくくて仕方がない。でも、毎週この講義に出るのには理由があった。
「おはよう、少年」
講堂に入った僕を目ざとく見つけると、ミサキ先輩は座ったままで手を振った。机の上にはモスグリーンのヘルメットだけ置いてあり、いつもと同じでテキスト類はどこにも見当たらない。
「お前、真面目だよな。ちゃんと講義に出てきて偉い。超偉い」
「あ、いえ。その、あ、あの……」
言葉が出てこない。どもる癖なんてないはずなのに、僕はミサキ先輩の前ではまったくの役立たずになってしまう。
そんな僕を見て、ミサキ先輩は笑うでもなく、呆れるでもなく、怒るでもなく、ただ薄い唇の端だけで笑った。
「こっち座りなよ」
そう手招きする。国文学科で児童文学研究サークルに所属しているのに、去年この講義を落としたミサキ先輩は、知り合いがいないのが寂しいのか、必ず僕を呼ぶ。
いつもの、1番後ろの左端。先輩の前の席が僕の定位置だ。隣に座るのはさすがに憚られるし、居心地も悪い。
なんでもないそぶりで挨拶だけして座った僕の背中を、バンと叩いた。
「どうかしたのか? 顔色悪いぞ。また徹夜でもしたか?」
「あ、い、いえ、そ、そんな、こ、と……」
「……夢見が悪かった、とか?」
それに答えず、──応えず僕はただ前を向いた。先生が講堂に入ってきたから。
入ってきたからだ。
次は「A-2」。