この優しさ、現実ですか?(7)
座右の銘? そんなことを真面目に言う人に初めて会った。
彼の口から飛び出した言葉に私は首を傾げるしかない。そんな私の様子を気にすることもなく、彼はのほほんとした笑顔のまま話を続けた。
「もしくは、一日一善。一日に1つ良いことをすれば、俺にも1つ良いことが返ってくる。良いことがあれば、その日あった嫌なことを帳消しにして、明日も頑張ろう! って、そう思えるじゃないですか。だから俺は、俺のために、できるだけ人助けしようと思っているんです」
そう言って彼は笑った。あまりにも真っ直ぐなその言葉と笑顔に私は唖然として声も出ない。
尊い。尊すぎる。もしかして……からかっている? いやしかし、そんな悪ふざけをする人には見えない。彼が私をからかう理由などどこにもないし。ということは、本気で言っているのか? 座右の銘が話題に出たのなんて、就職活動以来だ。それを初対面の相手に恥ずかしげもなく言ってしまえるなんて、すごい。すごすぎる。彼はよほど真っ直ぐな人なんだな。
感心すると同時に、勝手に警戒しまくっていたことがおかしくて、私は思わず吹き出した。突然笑い出した私に、今度は彼がきょとんとする番だった。
一しきり笑った後、私は目尻の涙を拭いながら頭を下げた。
「ごめんなさい。笑ったりして。あまりにも真っ直ぐな答えだったもので、つい……」
私の言葉に彼は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに照れくさそうに頬をかいた。
さっきまで警戒して疑っていたはずなのに、現金な私はもうそんな事など忘れて彼の笑顔に心を溶かされている。
「それで、今日の善行の見返りはありそうですか?」
「どうでしょうか。でも今日は比較的穏やかに過ごせたし、美味しいコーヒーも飲めたので、それで十分です。だから、今日の分は善行の貯金ということにしておきます」
彼は冗談めかして答えると、コーヒーを満足そうに飲む。思いもよらなかった答えに、私はまたもぽかんとしてしまう。
きっと彼は、誰に対してもこうして真っ直ぐな心で接する。それが彼の美点であり魅力なのだろう。そんな彼の真っ直ぐさは私には無いものだ。羨ましい。
素直にそう感じた。
いつの間にか警戒心が溶け切った私は、補強の終わった鞄を机から下ろすと、彼と同じようにカップに口をつけた。そして、その味に驚いた。いつも飲んでいるコーヒーとは全く別物だ。思わず目を見開いてしまうほど美味しい。
私の反応に気がついたのか、彼が嬉しそうに微笑んだ。