この優しさ、現実ですか?(6)
「いいですか? ここをこうして……」
結局、机の上に載せた鞄を私が押さえて防犯対策をした上で、持ち手だけを彼の方へ向けるという状態で応急処置をしてもらった。彼は私の鞄の亀裂部分に、買ったばかりのハンカチを押しあてた。そしてそれを器用にぐるぐると巻きつけていく。訳が分からず呆然としている私に構わず、手早く作業を終わらせると、彼はよしっと小さくつぶやいた。亀裂が入り弱くなっていた持ち手の部分は、ハンカチでぐるぐるに固定されている。
なるほど。これならば、帰宅途中に持ち手がちぎれて、鞄の中身を再度ぶちまけるという心配はなさそうだ。しかし……。
私はチラリと彼を見る。
どうして見ず知らずの私なんかにここまでしてくれるのか。
彼の笑顔はあまりにも無邪気で、とても裏があるようには思えない。だが、人は見かけでは判断できない。もしかしたら、何か企んでいるのかもしれない。
私が疑いの目を向けていることに気がついたのだろうか。彼は少し困ったように眉尻を下げた。
「見栄えが悪くて嫌でした?」
「……いえ……大丈夫、です……」
子犬のように見つめてくる彼に、私は思わずそう答えてしまった。彼は嬉しそうに微笑む。その笑顔に、私の警戒心が緩む。
駄目だ。こんな邪気のない笑顔を見せられて疑うなんてできない。ここは素直に感謝しよう。
私は小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます……」
お礼の言葉を言ってはみたものの、その後が続かない。結局、私は彼の善意を信じきれていないのだ。彼はそんな私の葛藤に気づかず、にっこりと微笑んだ。その笑顔があまりにも眩しかったものだから、思わず俯いてしまった。
なんて濁りのない笑顔。この笑顔の下に悪意が隠されているのだとしたら、とんでもない名演技。
そんなふうに、私は見ず知らずの彼のことを、気持ちの上では肯定的に捉えたいと思っていながら、口から出てきたのは疑念の言葉だった。
「どうして、私にここまでしてくれるんですか?」
彼が善意で行動してくれていることは分かっている。分かってはいるが、彼の真意が分からない以上、感謝よりも警戒心が先立ってしまうのだ。
私の問いに対して彼はしばしキョトンとした顔をしたあと、小首を傾げてみせた。まるで、そんな質問が来るとは思わなかったかのように。少しの沈黙の後、彼はさも当たり前のことだと言わんばかりに、さらりと答えを口にした。
「俺の座右の銘は『情けは人の為ならず』なんです」




