この優しさ、現実ですか?(3)
もしかして、書類を拾った謝礼を寄越せとか? 新手のタカリ? 財布にいくらかは入っていたと思うけど、たかが書類を拾ってもらっただけのこと。人の親切を軽んじるわけじゃないけど、そんなことくらいで金銭要求とかはさすがにあり得ないだろう。もしもそんな事をしてきたら警察へ突き出してやる。いや、ダッシュで逃げた方が賢明か。
そんなことを考えながら私は相手からじりじりと距離をとる。警戒心丸出しの私に、彼は慌てたように首を横に振った。
「何もしません。大丈夫です。安心してください。ただ」
誰が信じるものかと怪訝な表情を浮かべている私に向かい、彼は苦笑しつつも私の鞄を指さす。
「そのままでは、また鞄を落とすことになると思って」
「え?」
その言葉に私は自分の鞄を見た。持ち手の部分に亀裂が入っている。確かにこのまま持ち歩けば、鞄の重みでいずれ千切れかねない。私は慌てて亀裂部分を握り、鞄を抱え直した。彼が指摘してくれなければ、気がつかずに書類をまた路上にばら撒いていたかもしれない。私が鞄を抱え直したことで、彼はホッとした表情を見せた。
なんだ、やっぱりいい人じゃないか。心配してわざわざ声をかけてくれたのか。それをスリや変なナンパかと警戒するなんて、私ったらなんて失礼なことを。
「ありがとうございます。全然気がつきませんでした」
今度は丁寧に礼を述べた。彼はにこやかに笑って首を振る。
「偶然気がついただけですから。でも、そのままじゃいつ切れるか気が気じゃないですよね」
そう言うと、彼はキョロキョロと辺りを見回し始めた。そして、目当てのものを見つけたのか嬉しそうに小さな声を上げた。
「あった! ちょっとここで待っていてください」
有無を言わさぬ勢いでそう告げると、彼は足早にどこかへ駆けていった。私はしばし唖然としてその場に立ち尽くす。しかし、すぐにハッと我に返った。
一体何なんだ? この隙に逃げた方が良いのではないか。いやでも、ここから走り去ろうにも荷物が重すぎる。それにあの笑顔。どう見たって悪い人には見えない。親切に助けてくれた人なのだ。だがしかし、見ず知らずの人。さすがに手放しで信頼するわけにはいかない。でも……。
頭の中で堂々巡りを繰り返していると、不意に彼の笑顔が頭を過ぎる。まるでひまわりのような明るい笑顔。そういえば、あの笑顔に似た笑顔を何処かで見た気がする。もしかして、彼とは以前にも何処かで会った事があっただろうか。