この優しさ、現実ですか?(1)
肩から荷物がずり落ちそうになる。明日までに読み込んでおかなければならない書類の束とノートパソコンの入った鞄が、とてつもなく重い。その重みに耐えかねて、私は足を止めた。駅が近づくにつれて人の流れが多くなる。
ふと、横を通り過ぎた女性の鞄に目が留まった。彼女の歩くテンポに合わせて左右に揺れる鞄。その揺れに合わせて見覚えのあるアクリルキーホルダーが揺れている。それを目にして、私は思わず声を上げた。
「しまった。今日、当落発表!」
引越しのバタバタと新しい部署の仕事に追われ、すっかり失念していた。慌てて鞄からスマホを取りだし、メールをチェックする。しかし、メールはまだ来ていない。それならばとSNSをチェックすれば、案の定、当選を喜ぶファンたちのつぶやきで溢れていた。歓喜の声と共に、落選を嘆き悲しむ声もちらほらと見受けられる。
メールは当選者にしか届かない。だから、この時点で自身の落選を知っている彼女たちは、わざわざファンクラブのサイトにて自身の当落を確認した鋼のメンタルの持ち主ということになる。ファンクラブサイトには落選の二文字もしっかりと表示されるのだ。しかし、私には自ら地獄へ突き落とされに行くような勇気はない。だから、まだそこは開かない。毎回当選メールには時差がある。就寝前にメールが届いたことだってある。私への連絡はまだこれから来るのだ。そんな淡い期待を抱き私はスマホを握りしめる。
このところライブ参戦は出来ていない。最後に参戦したのはいつだろう。Scorpioに会いたい。当選したら何が何でも仕事を休む。新しい職場だろうが知ったことか。今の私にはScorpio成分が必要なんだ。
そう強く決心した時だった。ドンと衝撃を受けた。後ろから来た男性が追い越しざまに私の鞄にぶつかったのだ。反動で、ふらついた私の肩から鞄が滑り落ちる。書類が散らばり、ノートパソコンが地面へと飛び出した。やばい。会社から貸与されているノートパソコンが。踏まれる前にと私は急いでしゃがむ。素早く鞄とノートパソコンを手繰り寄せた。幸い、通行人たちは私を迷惑そうに避けて通ってくれている。荷物を蹴飛ばされずに済んだことに、ほっと胸をなで下ろす。
その時だ。私の目の前に紙の束が差し出された。顔を上げると、見知らぬ青年の顔がすぐ近くにあった。彼は私の目の前にしゃがみ込み、書類の束を差し出しながら心配そうに私の顔を覗き込んできた。